2.好きか嫌いか

 あの告白から、数日後。  私とカムクラ君が会話することは少し増えたし、彼のトレーニングを見学する機会や、彼に勉強を教えてもらうこともあった。  でもやっぱり、二人きりで会話する機会は、ほとんどない。今日もみんなに誘われて、海でみんなで遊んたけれど、二人だけの会話というものは特になかった。  このままだったら、何も変わらない。このままでは、意味がない――そう思った私は、一歩踏み出すことにした。  水着を着替えて普段着に戻った私は、カムクラ君を捕まえて、ひとつ、小さな勇気を出した。 「ねえ、カムクラ君。今日、一緒にご飯食べない?」  交際する、なんて言ってみたけど、私達の関係はあまり変わった気がしない。なら、私から変わりに行こうと、そう思ったのだ。 「……別に、構いませんよ」  私がやや緊張しながら誘った文句も、彼はいつもどおり、無表情のまま受けるだけだった。それでも、誘いを受けてくれたのが、とても嬉しかった。  彼の表情からは、相変わらず、何を考えているのかなんてさっぱりわからなかったけれど。今はそれでもいいのかなと、そう思った。 「カムクラ君って、私のこと、好きでも嫌いでもないって言ってたけど……。じゃあ、他の人のことはどうなの? 好きな人とか嫌いな人とか、特別な人っていないの?」  モノクマーズの海の家のレストランで、食事を口に運びながら会話を試みる。今まではなかなか踏み込めなかった、しかし彼に聞いてみたかったことを、この機会に質問してみようと思ったのだ。  ちなみに、料理は二人揃ってオムライスを頼んでみた。カムクラ君は、栄養価のあるものならなんでもいいなんて言ったから、私の好物を頼ませてみたのだ。無表情で料理を口にする彼が、それを美味しいと思っているかはわからないけど。 「そういった対象は特にありません。周囲の人間やロボットに対して、好き嫌いはありませんよ」 「……三年間同じクラスだった人も? 家族とかは?」 「そうですね、クラスメイトもそうでない人も、特に好き嫌いはありません。それに僕には、あなたの思うような親族はいませんよ」  親族がいない、とはどういうことなのだろう。狛枝君ともまた空気が違う気がするけれど、この件に関しては迂闊に踏み込めそうになくて、一瞬口を噤んでしまう。  だから、気を取り直して、別の方向からアプローチしてみた。  彼は、私がとても美味しいと思っているこのオムライスのことも、好きでも嫌いでもない、なんて言い出すのだろうか。 「じゃあ、人間以外は? そう、例えばこの、超高校級の卵ふわとろオムライスは?」 「……オムライス、好きなんですね」 「さすが超高校級の希望、それくらいはお見通しだね」 「今の会話なら、僕じゃなくてもわかるでしょう」  そして、淡々と料理を口にしながら、彼は静かに言った。 「完璧に近い料理だと思います。誰もが認め、賞賛するでしょうね」 「……そうじゃなくてさ、カムクラ君の好みはどうなの?」  この質問に対しても、そんなものは特にない、と答えるのだろうか。それはなんだか、寂しいような気もするけど。  そう思いながら、彼の答えを待っていたが―― 「やあ、苗字さん、カムクラくん。今日は来てくれてありがとう。今日の特別製ドレス・ド・オムライスのお味はいかがかな?」  彼が何かを答える前に、私達の近くから別の声が割り込んできた。 「花村君」  私達は、声がした方に顔を向けた。  そこにいたのは、このレストランでの料理人……自称・シェフで、カムクラ君と同じクラスの花村君だった。 「うん、すっごく美味しいよ! 私も本科生だったら今までもっと花村君の料理を食べれたのになって思うと、ちょっと惜しいくらい」 「ンフフ、お褒めに預かり光栄だよ。だったらさ、この合宿中、今までの分を取り返す勢いでいつでも料理を食べにおいでよ。苗字さんなら大歓迎だよ? お望みなら苗字さんも、ぼくなしで生きていけない身体にしてあげるからさ!」 「うーん、その言い回しはちょっとやめてほしいかな……」  そう言いつつも、花村君の料理は本当に美味しいから、つい口に運んでしまう。  だけど――カムクラ君にとっては、どうなのだろう。私と花村君が話している間も、無言で料理を口に運ぶだけで、それに伴って彼の感情が動いているようには見えない。 「それにしても、今日は二人なんだ? 珍しいね、カムクラくんと苗字さんが二人なんて。ひょっとすると、お忍びでデートかな?」  私がついカムクラ君のことを見ていると、花村君はからかうようにこう声をかけてきた。その言葉に一瞬思考が停止して、身体が固まってしまう。 「……そうとも言えるし、そうとも言えない、かな」  なんとかその言葉を絞り出したが、平静を装うのに必死だった。  デート。カムクラ君と、デート。本当にそうだといいけど。……そもそも、カムクラ君はどう思っているのだろうか?  私がそれ以上何も言えずに黙っていると、ようやくカムクラ君は口を開いた。カムクラ君は花村君に対しても、相変わらずつれなかった。 「……あなたには関係ないでしょう」 「ん? カムクラくん、照れてるのかな? お赤飯が欲しかったらいつでも言ってよ」 「そういう訳ではありませんが」  いつもの調子で、彼は平坦に呟く。彼が私との関係をどう思っているのか、実際わからないことだらけだ。そう思うと複雑な気分になったけど、彼はそんな私に構う様子はない。  そしてカムクラ君は、スプーンを口に運びながら、感情の読み取れない瞳で言った。 「あなたの言っていた、料理のことですが。栄養価もあり、世界的に美味と言われる、誰もが称賛するような料理であることは分かっています。ですが、僕には関係ありません。好きも嫌いも、僕にはないのですから」 「あはは……相変わらずカムクラくんは手厳しいなあ。きみの笑顔が見たくてぼくも頑張ってるのに、なかなかこれっていう表情を見ることができないんだよね」  そんなカムクラ君のことを、花村君も苦笑いで見ていた。  花村君の料理でもそうなのか。超高校級と認められる彼の才能でも、カムクラ君の心を動かすことができていない。  それなら、何の才能もない私に、一体何ができると言うのだろう。目の前のオムライスを見つめながら、そんなことを考えてしまっていた。 「やっぱり、きみみたいなタイプには正攻法だけじゃなくて、変化球も投げてみるべきかな? 例えば、トクベツな味付けのおにぎりのプレゼントとか、どう?」 「ウサミに止められると思いますよ。それに、仮に僕がそのようなものを口にしたところで、僕にはその程度の身体コントロールくらい、容易にできます」  なんだか少し悪い顔をしている花村君にも、あくまでいつもどおりあしらうカムクラ君。花村君はそれでも、特に落ち込んだ様子もなく、けろりとこんなことを言った。 「そっかー、いい案だと思ったんだけどな」 「……トクベツな味付けのおにぎり? カムクラ君の表情を動かすことを期待できるほどの?」 「苗字さん、気になる? なら、今度きみにプレゼントしようか」  なんだか嫌な予感はするけど、気にならないと言ったら嘘になる。彼は一体、どれだけの隠し種を持っているのだろう。  そう思って、話だけでも聞いてみようと、花村君の方を見た――だけど。 「やめておいた方がいいですよ。あなたが自分の尊厳を捨てたいと言うのなら話は別ですが」  そんな私達に割り込むように、カムクラ君は私に向かって、静かにこう言った。彼のその言葉に、思わず驚いてしまう。  今、カムクラ君――私のこと、心配してくれた? 「ちょっとカムクラ君、人聞きの悪いこと言うのはやめてよ! ぼくはただ、みんなをぼくなしでは生きていけない身体にしたいだけなんだからさ! もちろん、きみも含めて、ね?」 「……ツマラナイ」  なんだかよくわからないけど、花村君がろくでもないことを考えていることだけはわかった。  トクベツな味付けのおにぎりについては、気にしないほうがいいのだろう。  触らぬ神に祟りなし。そう呟きながら、私はオムライスを口に運んだ。  それから花村君は、「じゃあ、ごゆっくり」なんて言って、厨房に戻っていった。  残された私は、ぼんやりとカムクラ君の方を見る。彼は、いつも通りの表情だったけど――それが今は、いつもと違って見えるような気がした。 「ねえ、カムクラ君」 「なんですか」 「さっき、私のこと心配してくれたの?」 「……別に。ここで彼を放っておくほうが、後々面倒なことになると判断しただけです」 「そっか。でも、それでも嬉しいよ。ありがとね」  カムクラ君が、理由はどうあれ、自分から私に忠告してくれた。それがなんだか少し嬉しくて、心が弾んだ。  少し冷めかけのオムライスが、ずっと美味しくなったような、そんな気がした。

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