「レギュラスって、学生時代に好きな子とかいた?」 クリスマス休暇、ほとんどの学生が家に帰ってしまったから、スリザリンの談話室にいるのは私だけ。 肖像画の中の、レギュラスと二人きり。しかも、夜にこっこり会いに行くんじゃなくて、昼間からレギュラスと話ができる。 なんだか、ドキドキする。いつもは他のスリザリン生には見られないように夜か早朝にレギュラスと話しているけど、休暇中ならいつでもレギュラスと話せる。レギュラスは気難しいから、私以外の人の影が見えるとすぐ寝たふりをしてしまうのだ。 「……ナマエ、何度言ったら分かるんだ。僕はレギュラス・ブラックの肖像画であり本人ではない。知らないよ、そんなこと」 私の質問に対して、レギュラスは相変わらずつれなかった。結構勇気を出して聞いたのに、この答えは少しがっかりしてしまう。 「レギュラスは、『生前の自分のこと』もあまり知らないの?」 「知らない。僕が『僕』について知っていることは、せいぜい、君たちが本を読めば分かることよりは少し詳しいってくらいだよ」 そしてレギュラスは再び説明してくれた。曰く、魔法画家が知っている知識から発せられるイメージで、魔法肖像画は描かれている、とのこと。 「まあ……僕の肖像画を描くにあたって、何人かの監修はあったそうだけどね」 「レギュラスの肖像画を、監修した人?」 単純な私は、魔法肖像画の仕組みよりも、レギュラスの学生時代の好きな人の話よりも、そっちに興味を引かれたけど。 「どんな人が監修したの?」 「生前の僕を知っている人なんて、限られているからね。ほとんどが、死んだか、アズカバンに投獄されたかのどちらかだ。それ以外なら、僕を教えた教師くらいだ」 「せ、世知辛い……」 「生前の僕を知っているような元死喰い人でありながら、今も普通に生きているのはルシウスくらいのものさ。ルシウス・マルフォイ。まあ、彼は僕の肖像画の監修はしていないだろうけど」 「ああ、スコーピウスのおじいちゃんの……」 魔法界の戦争は、私にとっては遠いものだと思っていたけれど。……こうして話を聞いていると、深く暗い闇であると思わされる。 私が知らないだけで、全てが片付いた問題ではないんだろうな、きっと。 「だから、やっぱり。『レギュラス・ブラック』の肖像画の監修なんてできる生きた存在は。……クリーチャーだけだ」 そして肖像画の中にいるレギュラス・ブラックは、少しだけ寂しそうに笑った。 「『僕』の肖像画をスリザリンの談話室に飾る話を出したのは、あのハリー・ポッターだったわけだが。彼が、あの兄から僕のことをどう聞いていたかなんて想像もしたくないが――もちろん彼も、僕のことを直接知っているわけではない。クリーチャーから話を聞いただけだ」 生前のレギュラス・ブラックのことを知っている人は、本当に数少ないらしい。まして、私と同じようにホグワーツに通っていた、ただの学生としてのレギュラス・ブラックのことを知っている人なんて、ほとんどどこにもいないのかもしれない。 「……なんか、寂しいね」 「ナマエ、君はそう思うのかもしれないけどね。何度も言うように、僕には、肖像画には、感情なんてないんだよ」 そうやってつっぱねる肖像画のレギュラスは、私には、何故かどこか寂しそうに見えた。 「そうだよ、ナマエ。生前の『僕』のことだって、『レギュラス』のことだって、知っている人はいずれいなくなる。そんな中で肖像画は、ただ、動いて喋るだけの虚像として残り続ける。イメージとしてね」 急に。本当に急に、全然聞いたことのない声が聞こえてきた。 誰だろう。いつの間に、レギュラスが描かれた肖像画の中に、レギュラス以外の知らない人がいた。 黒いくしゃくしゃな髪に、眼鏡、ハシバミ色の瞳。二十代くらいだろうか、レギュラスよりも歳上に見える。 ……そう、アルバスとジェームズ兄弟と似ている男性が―― 「……ジェームズ・ポッター。何故あなたがここにいるんです」 そしてレギュラスはその名を呼ぶ。 ハリー・ポッターの父親であり、ジェームズ二世とアルバスの祖父であるジェームズ・ポッターは、ニヤリと笑った。 「我ら悪戯仕掛人にできないことがあるはずないだろう? スリザリンの談話室なんて、学生時代の僕らにとってはベッドの次に親しみ深いところさ。できれば行きたくないけどね」 「スリザリンの談話室に他寮生が侵入したことはここ七世紀はなかったはずですが」 「おかしいな。実際僕は何度も入ったし、というか今も入ってるし、僕の息子や孫も何度か入ってるはずだけど?」 突然の登場に動揺しつつ、私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸する。 ……そう、ホグワーツの肖像画は自分の肖像画だけでなく、他の絵に移動することもできるという、それだけの話。グリフィンドールの談話室にいたジェームズ・ポッターの肖像画が、移動してここまで来たのだろう。 ……そう考えると。少なくとも、肖像画が移動したことを『他寮生が侵入した』とは言わないと思う。なんというか、突っ込みどころの多い人だ。 「ええと、ジェームズ? あのハリー・ポッターがスリザリン談話室に入ったことがあるかはともかく、アルバスはスリザリン生だから毎日談話室にいるけど……」 「……ナマエ。この人の言うことをあまり鵜呑みにするもんじゃない」 ジェームズ・ポッターの肖像画に向かって突っ込んでみたけど、レギュラスに止められた。 スリザリン生の私としては、他寮生が無断でこの談話室に侵入したという話はあまり快い気分にはなれないけど。真に受けないほうが良さそうだ。本当だったとしても、私に分かるはずもない。そして―― 「ああ、確かにそうさ。実際僕だって、『本物のジェームズ・ポッター』や僕の息子、孫が何をしていたかなんて、知らないよ。本当に知りたかったら、僕の息子と孫に聞いてみるといいさ」 「……ジェームズも、レギュラスと同じこと言うんだ」 「そりゃあそうさ。だって僕らは、同じ肖像画だからね!」 そしてジェームズは楽しそうに笑った。 そう、肖像画。 ……彼らは、肖像画なんだ。彼らが絵の中で再会したとしても、それは本人たちが再会したわけではないのだと、そう感じざるを得なかった。 とはいえ。レギュラスは少し嫌そうにしつつも、完全に拒んでいるわけではなさそうだった。 「ちなみに、誤解がないように付け加えておくと。校長室にある歴代校長の肖像画は別だ。それは、本人が自らの知識と考えについて吹き込み、魔法をかけるからね」 「私、校長室になんて入ったことないよ」 ついでと言わんばかりに、ジェームズは教えてくれた。校長室の肖像画はもっと高性能というか、限りなく本人に近い知識と感性を持っているらしい。……ここにいるジェームズやレギュラスとは、違うのだそうだ。 レギュラスは校長室の話題に、あまり興味がなさそうだった。 「ふうん。別に行く理由がないならそれでいいと思うけどね」 「僕はシリウスと一緒に何度も呼び出されたよ! あのアルバス・ダンブルドアと同じ名が、僕の孫の名に付く日が来るとは思ってなかったけどね。いや、それを言うならミドルネームにスネイプの名がついた方が意外か」 スネイプ前校長の名前を聞いたとき、レギュラスは少し反応したけど、特に何も言わなかった。彼も元死喰い人で、ヴォルデモートを裏切ったらしいと聞いたけど。レギュラスも何か、思うところがあるのだろうか? ジェームズは不敵に笑った。 「そうそう、僕の孫のアルバスが、スリザリンに入ったことは確かに事実だ。最も、彼だって僕の孫でありハリーの息子だ、今頃グリフィンドール寮に侵入しているかもよ?」 「アルバスはクリスマス休暇は家に帰っているはずだけど」 「そうかな? 僕の血を引いているんだ、クリスマス休暇にこっそりホグワーツに戻ってくるくらいならありそうなもんだけどね」 確かに、目の前のジェームズと、私の二つ上のジェームズ二世ならやりかねないけど。アルバスはそういうタイプに見えないけどな。 こうして、しばらくジェームズはスリザリン寮に居座っていたけど。 「……あの、ポッター。そろそろ帰ってもらえますか? 他のスリザリン生が戻って来るかもしれませんし」 レギュラスが、辟易したように言う。するとジェームズは、案外素直に引いた。 「そう? まあ、今日はこれくらいにしておこうかな。可愛い僕の孫がナマエのことを話していたから、少し気になって来ただけだしね」 そして肖像画のジェームズは笑った。その言葉に私は、思わず驚いてしまう。 ということは、つまり。アルバス経由で、ジェームズ(二世)に話が伝わり、肖像画のジェームズ(一世)に伝わったということだろうか。 要するに。……アルバスに見られていたのだろうか、レギュラスと話していること。そう思うと、少し恥ずかしい。 だが、そんな私の気持ちに気付くような人はここにはいなかったらしく、ジェームズは平然と別れを告げ始めた。 「じゃあね、レギュラス、ナマエ。今度シリウスも連れてくるから」 「来なくていいです。僕よりもセブルスにでも会いに行ったらどうですか?」 「はっは、ホグワーツ校長となった親愛なるスネイプ教授か、肖像画になったあいつにはどんな呪いが似合うだろうね?」 「……エバンスに呪われたらどうです?」 「残念! 今やリリーは僕とお揃いで、ポッターさ! それにリリーは、僕がリリーと付き合ってからも、スネイプと呪いを掛け合ってたことなんて知らないのさ」 そんな会話をして、ジェームズ・ポッターの肖像画は去っていった。肖像画と肖像画を歩き、スリザリンの談話室から出て行ったのだ。……あの調子だと、ホグワーツ中の肖像画を回るかもしれない。騒がしいけど、なかなか愉快な人だった。 「全く……自分の寮の談話室でシリウスと仲良くやってればいいものを」 静かになった談話室で、レギュラスはぼやく。そんな彼を見ていると、なんだか少しおかしくなってしまった。 「仲、良さそうだね」 「仲がいい? どこが?」 「そういうところが」 不機嫌そうなレギュラス。だが、彼が私以外の人物と話すことは珍しいため、見ていて楽しかった。レギュラスが話す相手といえば、私以外なら隣のホラス・スラグホーンの肖像画くらいである。 私はしばらく、くすくす笑っていたけど――ふと。こんなことを思ってしまった。 「あのジェームズ・ポッターも、虚像に、イメージに過ぎないんだよね」 ジェームズも、レギュラスも。額縁の向こう側にいる彼らは、イメージが投影されただけの存在。そこに、ジェームズの魂も、レギュラスの魂も、どこにも存在しない。 「その通りさ」 そしてレギュラスは肩をすくめる。 「ナマエ、君は今の僕と今のジェームズ・ポッターを見て、仲がいい、なんて評したけど。『本物の彼ら』はきっと、お世辞にもそうは見えなかっただろうね」 彼らが生きていた時代。グリフィンドールとスリザリンの対立、死喰い人と不死鳥の騎士団の対立。それは間違いなく戦争であり、戦争であった。 レギュラスだって。……最終的には裏切ったといえ、死喰い人の一員だった。 そんな彼は、きっと。罪のない人を殺したことも、あったのだろう。 そう言われても、正直に言えばあんまりピンとこない。 だって、目の前の、レギュラス・ブラックの肖像画は、誰も傷つける事はないから。 私とこうして話している、レギュラスは。 「本物に限りなく近かろうと、虚像は虚像だ。この僕だって、見た目以外は『本物』に似ても似つかないかもしれない、虚像。偽物なんだ」 「ねえ。……そんなこと言ってて、悲しくないの?」 「肖像画に感情は無い。感情があるように見えるだけ。それらしく動いているだけだ」 自分が偽物だと。そう認識する気持ちは、いったいどんなものなのだろう。感情がないと、そう言う気持ちは、どんなものなのだろう。それにすら、何も感じずに言っているだけなのだろうか。 それは、私には分かりそうもなかったけど。
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