2.額縁の中で

「レギュラス、見て! 蛙チョコのカードに、レギュラスがいたの。シリウス・ブラックもいるよ」  レギュラスに喜んで貰えるかな、なんて。そんなことを考えながら肖像画の前で、カードを見せびらかしたけど。  彼はただ、冷ややかな目でこう言っただけだった。 「……嫌がらせかい?」  レギュラスの肖像画と初めて話した日から一ヶ月。私は時間を見つけては、レギュラスの肖像画の元に通っていた。彼は何だかんだ言っても親切、だと思う。高慢だし冷たい物言いをすることも多いが、レギュラス自身が言った通り、同胞のことは歓迎してくれているらしい。 「嫌がらせ……って。なんで? 蛙チョコのカードになるの、嬉しくないの?」 「僕とナマエの価値観が違うことがよく分かったよ」  はっきり言い切られる。私だったら、自分の行いが褒められたら嬉しいものだけど。  首を傾げた私の気持ちを察したのか、レギュラスはこう付け加えた。 「あのときの僕は、偉大になりたかったわけでも名声が欲しかったわけでも、有名になりたかったわけでもない。ただ……」  そこで口を噤んでしまった。……自分が死んだ理由について、あまり話したくなかったのだろうか。  こうして見ると、彼がただの肖像画とは思えなくなる。……生前のレギュラス・ブラックの知識や記憶を、本当に引き継いでいるのではないか、と思いたくなる。  本人は否定するだろうけどね。  咳払いをした後に、レギュラスは兄の名を出した。 「……それに。僕はシリウスとは不仲だったよ。家系で唯一グリフィンドールに組み分けされた、家系図から抹消された、あの兄とはね」 「シリウス・ブラック……」  その名前が刻まれたカードを読む。ハリー・ポッターの後見人、無実の罪でアズカバンに投獄され、脱獄後、不死鳥の騎士団として戦った。  そういった経緯もあってか、写真のシリウスは多少やつれているが、かなりハンサムだった。さすがはレギュラスの兄、といったところか。レギュラスが大人になったとしたらこんな感じの大人になっていたのかな。……レギュラスよりもハンサムに見えるのが、少し悔しいけど。 「……ナマエ、何を考えているんだ君は」 「えっ、私の心読んだ!?」 「肖像画には魔法は使えない。だけど、君が何を考えているかなんてだいたい分かる」  そして、絶対零度の視線を向けるレギュラス。そんな、私はレギュラスの顔の方が好きなのに! レギュラスとこうして話している時間が、私にとって一番楽しいのに!  そんなことを思いつつも、口に出すことはできなかった。 「そういえば。ジェームズから、グリフィンドールの談話室にはシリウス・ブラックの肖像画があるって聞いたよ」  私は露骨に話を逸らした。この空気を修正する方法は、これ以外思い付かなかった。  レギュラスは、訝しげに眉を顰めた。 「……ジェームズ?」 「ジェームズ・ポッター。ハリー・ポッターのお父さんもその名前だけど、私が言ってるのは、ハリー・ポッターの息子、アルバスのお兄ちゃんのことだよ」 「ふうん」  そう、ジェームズ。正確に言うと、ジェームズから話を聞いたアルバスから聞いた。  グリフィンドールの談話室には、ハリーの父親のジェームズ・ポッターと、レギュラスの兄であるシリウス・ブラック、そして彼らの友人の肖像画があるらしいとか。 「ねえ、肖像画って、自分の絵から抜け出すこともできるんだよね? お兄さんと会ったりしないの?」  ふと、気になったことを聞いてみた。写真は、その当時の場面を切り取っただけだから、会話もできないけど。  肖像画なら、会えるではないか。再会することができるじゃないか。  だって私は。こうやって、レギュラスと話すことができている。 「……会いたくない」  しかしレギュラスは、不機嫌そうに頬杖をつきながら、ただそう言った。 「ジェームズ・ポッターにシリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、リリー・ポッター。そりゃあ僕みたいな元死喰い人が肖像画として飾られるくらいだ、彼らが肖像画にならないはずもないだろうが」  リーマス・ルーピンは狼人間でリリー・ポッターはハリーの母親……だったか。私はもっと、歴史を調べてみるべきなのかもしれない。それか、蛙チョコのカードをもっと集めるか。  レギュラスはため息をついた。 「……ホグワーツの肖像画は自分の肖像画だけでなく、ホグワーツ内の肖像画を自由に動ける。これは事実だ。だからといって、僕が自分の肖像画を出る理由はない。出たとしても、スリザリンの談話室を出ようとは思わないね」 「ええ? スリザリンの談話室も出たことないの?」 「無いよ。必要性を感じない」  そこまではっきり言い切られると取り付く島もない。だがレギュラスはそこで、ほんの少しだけ表情を緩めた。 「クリーチャーはたまに、僕のところに来てくれるけどね」  クリーチャー。ブラック家の屋敷しもべ妖精であり、彼のために『本物のレギュラス・ブラック』は、ヴォルデモートを裏切って死んだらしい。以前ブラック家のことと、レギュラスのことを調べたときに知ったことだ。  現在は、ホグワーツの厨房で働いているのだとか。 「レギュラスの方から、そのクリーチャーのいる厨房に行くことはないの? 自分の肖像画から出てさ」 「クリーチャーのためなら、そうしてもいいんだけど……彼が嫌がるだろうね。僕の手を煩わせるなんて、って」  苦笑しつつも、その表情からは慈しむような感情が感じられた。  大切に思っているんだな、と思う。  それはあくまで、虚像の姿なのかもしれないけど。やっぱり私には、そうは思えなかった。 「じゃあ、レギュラスは本当に、自分の肖像画から出ることはないんだね」 「そうだね。ホグワーツ以外でも、自分の肖像画があればホグワーツの外に出ることはできるけど。シリウスが、僕や家族の肖像画をみんな捨ててしまったからね。僕はブラック家には戻れない」  レギュラスは平然と言った。……肖像画を捨てられるなんて、本当に不仲だったんだな、と思う。 「悲しくないの? 家に帰れない、なんて」 「さあ。肖像画には感情はない。仮に悲しんでいるように見えていたとしても、全てまやかしだよ」  自分の肖像画から出て兄に会うこともなければ、家に帰ることもできない。スリザリンの談話室にしか居場所のないレギュラス・ブラックの肖像画に、私はなんだか、悲しさを感じた。  レギュラスが何を思っているかなんて、私には分からない。直接聞いたところで、肖像画である彼は「肖像画は何も思わない」と、そう言うだけだろう。  だけど。レギュラスはしれっと、こんなことを言い出したのだった。 「それに。僕がこの肖像画を抜け出したら、君が僕に話しかけることもできなくなるかもしれないけど。それはいいの?」  それは、なんというか……狡い言い方だ。 「……確かに。レギュラスがこの談話室にいなかったら、私は好きなときにレギュラスに話しかけられないよね」  ならば、レギュラスがこうしていつもこの場所にいるというのは、私にとっては嬉しいことなのかもしれない。こうして彼と話すことができる日々は、私にとっては、楽しい日々だ。  たとえ肖像画である彼は、この日々を何も感じていなかったのだとしても。 「全く……単純だな、ナマエは」 「え、何が?」 「そういうところだよ」  そう言ったレギュラスは。  額縁の中で、確かに、笑っていた。

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