▼ナランチャの入団試験捏造 私は、緊張していた。 つい先程、私はギャングになるために、刑務所内にいる幹部に会いに行った。その際に、ポルポと言う名のありえないほどの巨漢に、こう言われたのだ。 『君は、「組織」に入るために面接を受けた。だが実は、今日たまたま、「組織」に入りたいという少年がもう一人いてね』 『「組織」に入るための入団試験は、君と彼と、同時にすることにしよう。そうだな――君はこれを持って、指定された場所に行って待っているといい。試験が終わったら、明日のこの時間に、またわたしに会いに来なさい』 『いいかね、今から君が持つ「これ」は、「組織」から預かったものだ。その意味が、わからないことはないだろう?』 ポルポに指定された場所――彼のいる刑務所近くにある、教会の裏。私はそこで人目を避けつつも、ポルポの言葉を思い返しながら、手に持った「それ」を握りしめる。 刑務所から出る時に、なんとか刑務官の監視から逃れて持ち出した、『鍵のかかったとても小さな箱』を。 私がギャングに入るためには、その「今日たまたま同じ組織に入りたいと願った少年」と同時に行う試験をクリアしなければならない。 私自身は、この「手のひらに収まるほどの小さな箱」を持ちながら、「同じ組織に入りたいと願った少年」を、この場で待つようにしか言われていない。試験の内容も、少年の顔と名前も、何もかも知らされていないのだ。一体私たちはどんな試験をやらされるのかも、何をすれば試験に合格できるのかも、何もかも。 否応なく、緊張が高まる。この試験で、私のこれからの人生が決まるのだから。 そして、待たされること三十分ほど過ぎた。周囲を警戒しながら様子を見ていると、突如状況が変わった。 ゆっくりとこちらに向かってくる、黒く跳ねた髪を持つ少年。その顔立ちは、ギャングというイメージからはかけ離れた、幼いとも呼べるものであった。私と同じくらいの年代だろうか? 身長や全体の雰囲気から見て、十五歳ほどか、もっと下か―― だが彼は確実に、私の方に向かってきている。ゆっくりと、だが確実に。 そして。彼は私の目の前に立つ。 少しの沈黙。それから彼は、おもむろに口を開いた。 「えっと、そのォ……君が、ナマエ?」 「……そうだけど」 私はまだ、警戒は解けなかった。だが彼は、驚きの表情を隠さずに、素直に感情を示す。 「えーッ、マジかよ!? こんな小さな女の子が、オレの入団試験を担当する試験官なのかッ!?」 「……私、そんなに小さな女の子じゃないわ。あなたと同じくらい……今年でもう十五よ」 「ウソだろッ!? 君、オレと同い年なのかよ――ッ! こんな女の子も、ギャングにいるもんなのか……?」 こちらから見れば、この少年のほうが、よほどこの場には似つかわしくないように見えた。十五というには幼く見えるし、ギャングというイメージには、やはりほど遠い。 彼にも、何か事情があってこの場にいるのだろう。だが、今の私には関係のないことだ。そう思い、まずは話を進めようとする。 「それより、あなた、名前は? きっとあなたも、刑務所の中の彼に言われてここに来たんでしょうけど」 「あ、そっか。オレ、ナランチャ。ナランチャ・ギルガ。えーっとなんだっけ……そうそう、あのポルポとかいうヤツに、君に会いに行けって言われたんだ」 そこで、ナランチャと名乗った少年は無邪気に笑う。やっぱりこの人はこの場にはふさわしくないなと、漠然とそう思った。 「……で、あなたは彼になんて言われてきたの?」 「え? ナマエがオレの試験を担当してくれる試験官なんじゃないのか?」 「えっ……?」 なんだか話が噛み合わない。試験を進めようと彼から話を聞こうとしたが、どうにもお互いの認識に齟齬があるようだ。 彼に見えないように、一旦例の箱をポケットの中に隠す。 そして私は、彼に慎重に質問を投げかけた。 「ねえ、ナランチャ。あなたがポルポになんて言われたか、良かったら教えてくれない?」 「えっ? えーっと……『この教会の裏に行け』だろ? 『そこにナマエという女がいる』だろ? 『そこで試験が行われる』『試験が終わったら明日のこの時間にまたわたしに会いに来なさい』くらいだったかな」 「…………」 彼の言葉に、私は思わず黙り込んでしまった。 おかしい。 彼がポルポに言われた言葉と、私がポルポに言われた言葉を合わせても、このままだと絶対に、試験は始められない―― 「あのね、ナランチャ聞いて。私はあなたと同じで、『組織』に入団することを希望しているの。私は、あなたの試験官じゃあないわ」 「そうなのか? じゃあ、オレはどうやって試験を受ければいいのか、ナマエは知ってるのかよ?」 私も当初は、ナランチャに対して同じ期待を持っていた。しかし、それは打ち砕かれてしまった。 だが、私やナランチャのどちらかが悪いという話ではないのだろう。きっとこの状況には、何か意味があるはずだ。 「あのね、私がポルポに言われたのは――『私が組織に入るための入団試験は、ナランチャと共にすること』『私はあるものを持って、この教会の裏で待っていろ』ということだけ。それ以外のことは、ほとんど何も聞いてないの」 「それ、本当かよ!? じゃあオレたち、これからどうやって試験を受ければいいんだよッ!?」 焦った顔をして慌てる彼。そんな彼を見ながら、私はふと、思ったことを口にした。 「ちょっと待って、ナランチャ。もしかしてあなた、ポルポに、他にも何か言われているんじゃない? 例えば――組織から何か預かっている、とか」 「えっ? そ、そういえば……でも、なんでそんなこと分かったんだよ?」 きょとんとした顔で、今思い出したというように答えるナランチャ。そんな彼を見て、私は確信する。 「やっぱりね。あなたが預かったものは、今は出さなくていいわ。ナランチャ……実は、私も持っているのよ。『組織』から預かった、あるものを……」 ようやく、ポルポの目的が見えてきた。 そして、私は察する。この『入団試験』は、私が想像していた以上に厄介なものであると―― 「ナランチャ。きっと私たちは、試されている」 「……何をだよ?」 「既に『入団試験』は、もう行われているのよ――」 ポケットに仕舞った例の箱のことを考えながら、私は言う。ナランチャもどこかに、組織から預かった何かを隠し持っているはずだと、そう思いながら。 「私が組織から預かっているものと、あなたが組織から預かっているもの。それが『入団試験』に、何か関係があるのかもしれない」 「……?」 ナランチャは、呆けたような顔をしてこちらを見ている。そんな彼の様子に一抹の不安を覚えつつも、私は続けた。 「私とあなたで、この『入団試験』を、なんとかクリアしなくてはならない。そうじゃないと、私たちは二人揃って失格だわ」 「じゃあさ、ナマエとオレとのを交換しようぜ! 『組織』から預かったものを見せ合えば、何かわかるかもしれないじゃあないか」 「それなんだけど、ナランチャ」 彼が無邪気にそう言うだろうことは、なんとなく予想できていた。 だが、それだけではいけない気がする。そう思い、ナランチャに探りを入れてみた。 「それをする前に、あなたがポルポに言われたことを、もう少し詳しく教えてくれない? 例えば、その『何か』を受け取ったとき、もう少し何か言われなかった?」 「え? そういえば……」 ナランチャは一呼吸おいて、ポルポの言葉を復唱した。 「『これは、組織から君が預かったものだ。その意味はわかるな?』とか言ってたぜ。これ、どういうことなんだろうな?」 「やっぱり……」 不思議そうな顔をしているナランチャ。そんな彼に、私は告げる。 「ナランチャ。私たちは、少なくとも今は、組織から預かったものを見せ合わないほうがいいと思う」 きっと、これこそが『入団試験』の答えなんだろうなと、そう思いながら。 「えっ……? どういうことだよ?」 怪訝そうな顔をしながら彼は言う。私は、静かにそれに答えた。 「私が預かったものは、私が預かったもの。あなたが預かったものは、あなたが預かったもの。強大な組織、『パッショーネ』から――それを勝手に他人に見せることは、許されないことだわ。それがたとえ、同じ組織の人間であってもね」 この国のギャングは目立つことを嫌う。たとえ仲間であっても、秘密は漏らさない。そして、上のことは詮索しない―― 地獄の底にいた私を救ってくれて、なんとか生きていく道を示してくれた恩人――ブチャラティは、確かにそう言っていた。 つまり私たちは、『組織』から預かったものを見せ合うわけにはいかない。試験の答えは、おそらくそういうことだ。 「ナランチャ。ポルポは、あなたにも『試験が終わったら、明日のこの時間に来なさい』って言ってたのよね。私も、そう言われたのだけど」 「ああ、そうだけど」 「なら、私達がすることはただ一つ――『何もせずに、組織から預かったものを守り抜いて、そのまま指定された時間にポルポに再び会いに行く』ことよ。それ以外に、私達がやることはないわ」 普通の試験なら、本当のところをここで上司に確認すべきなのだろうか。だが、これは普通の試験ではない。ギャングの入団試験なのだ。 ポルポの課した試験の答えは、これが最適解なのだろう。秘密を探られることを嫌い、組織から預かったものの秘密を守り抜くことを見抜くための、ギャング組織『パッショーネ』の出した入団試験の答えは。もしこの箱の中身を開いてしまったら、私達は始末されてしまうのかもしれない――そんな危険すら孕んでいるのだ。 ナランチャは黙っている。それを肯定だと受け取った私は、小さく息を吐いた。 「だから私たちは、丸一日これを守り抜き、そして明日ポルポに会いに行く。だから、私達がもうこの場にいる必要は、ないわ。それでいい?」 そして、彼の返事を待つ。彼がそれを了承すれば、今すぐにでも家に戻り、例の箱を厳重に保管しようと、そう思いながら。 だけど。 「オレは反対だぜ」 ナランチャは、私の意に反することを、あくまで静かな声で言った。 「……何が?」 思わず面食らう。こんな聞き方をしてしまったが、彼が言いたいことは察していた。その上で、彼の考えは理解できなかったけれど。 「オレは、中身を確認した方がいいと思う」 「どうして?」 「……オレの持っているものが、鍵だから。じゃあ、ナマエが持っているものは――鍵のかかった『何か』なんじゃないか?」 予想できたことではあった。 ナランチャが持っているものは、私が持っている箱の鍵。だが、探るべきではないと、意図的に頭から追い出していた。 「……そうよ。でも、もし中身を見ることが間違いだったら? リスクが大きすぎる」 「でもさァ――ナマエが持っているそれの中に、試験の問題があるかもしれないだろ? わざわざ二つのものを持っているオレたちを、ポルポは引き合わせたんだ。じゃあ、『何か』あるかもしれないじゃあねーか」 ナランチャは、案外自信ありそうに言った。それを受けて、私はもう一度考えてみる。 もし箱の中に、本当の正解があるのなら。私の出した結論は間違いだったことになる。 確かにこの中身は、確認すべきものなのかもしれない。 『今から君が持つこれは、「組織」から預かったものだ。その意味が、わからないことはないだろう?』 これが、私の解釈した意味とは、真逆の意図が含まれたものだったら? 組織から預かったこれを、隅々まで調べ尽くすのが正解という可能性も、確かにある。もし組織に、この箱の調査を命じられていたとするなら、この箱と鍵について調べることが本当の『入団試験』なのかもしれない。そこで彼は、私たちの調査能力を見ようとしているのかもしれない―― もしかしたら、箱の中身を見るのが正解なのかもしれない。しかし、箱の中身を見るのは間違いな可能性だって、今でもある。私たちは、一体どうしたら。 迷った末、私はナランチャの顔を見た。 実際の年齢より幼く見えていたと思いこんでいた少年の顔は、思いの外真剣な表情をしていて――それは確かに、大人になりかけている男の姿だと、そう思った。 そして私は、ふと笑った。――彼のことを、信じることにしたのだ。 「わかった。ナランチャを信じる」 「えっ? い、いいのか?」 「うん」 意外そうな顔をする彼。そんなナランチャに、私は、笑って言った。 「あなたに、託してみたくなった。もしその選択肢が間違っていても、私はあなたを恨まないよ」 「そうか? じゃあ、ナマエの持ってるものの鍵、開けてみようぜッ!」 ナランチャは、嬉しそうに顔を輝かせた。そんな彼を見て、なんとなく気が緩んだ。彼となら、なんとかなる気がする。根拠はないけど、そう思ったのだ。 そして、私は箱を取り出す。飾り気のない、鍵のかかった、木でできた小さな箱。軽くも重くもないし、何が入っているのかもよくわからない。私が箱を取り出したのを見て、ナランチャも自身のポケットから小さな鍵を取り出した。 「……開けるぞ」 「う、うん」 私とナランチャは、箱の蓋が開くのを二人で覗き込む。 そしてナランチャが箱の鍵穴に鍵を差し込み、解錠して蓋をそっと開けた瞬間――異変が起きた。 箱の中から、矢のようなものが、勢いよく飛び出してきたのだ。 「えっ!? な、なんだァ――ッ!?」 「ナランチャッ! 今すぐ蓋を閉じて! 鍵を、閉めてッ!!」 私の言葉が届いた故かは定かではないが、彼は急いで箱の蓋を閉じ、鍵を閉めた。矢は箱の中に仕舞われた、そのはずだった。 それなのに。矢はまるで宙に浮いて、意思を持つようにナランチャの方向へ向かっていく。 こんな小さな箱から、充分人を傷つけられそうなほどの大きさの矢が出てきたのは、どう考えてもおかしい。呆然としながらも、ナランチャに向かって攻撃しようとする矢を止めようと、なんとか引き留めようとする。 だが、矢には万力のような力が確実にかかっていて、私の力では全く抵抗できなかった。矢は確実に、ナランチャの首元に向かっていく。 『鍵を、開けたな?』 どこからか、声が聞こえたような気がする。私が矢を止めようとしても、ナランチャが矢から身を守ろうとしても、矢は止まることなく――ナランチャの首筋に、無情にも突き刺さった。 「ナランチャ……そんな……」 私はその様子を、呆然と見ている。 防げなかった。私のせいだ。この箱を――開けるべきでは、なかった! ナランチャが、白目を向いて倒れている。痙攣する彼を心配して必死に揺さぶるが、まだ息はあるものの、彼が息を引き取るのも時間の問題のように見えた。私が彼の名を呼んでも、ナランチャは、何も答えてくれなかった。 絶望。その言葉が、私の脳に過った。 その時―― ナランチャの首元から、あれだけ強い力で刺されていて全く抜けそうになかった矢が、あっさりと抜けた。 そして、矢がひとりでに動き、私の方向に向かってくる。ゆっくりと、だが確実に。 「イヤ――ッ、な、何するのッ!?」 私は必死で矢から身を守ろうともがく。無我夢中で、何も考えられず、矢が私の首元に向かっているのを防ごうとした。 だが、矢は相変わらず、強大な力で私を刺してくる。腕に力が入らなくなってきて、限界だった。 ――せっかく、せっかくここでやり直すチャンスを手に入れたんだ。こんなところで、諦めてたまるか! だが、そんな思いもむなしく、矢は私の首元にあっけなく刺さった。首の痛みと、頭が真っ白になる感覚に、力が抜けていく。 その瞬間のことだった。 「テメェ――ッ、ナマエに何してやがる!」 そうやって急激に意識が遠のいていく中――私は、確かに見た。 「チクショー、オレたちをこんな目に遭わせやがって! ブッ殺す、ブッ殺す、ブッ殺してやるッ!」 倒れていたはずの少年は、殺意を秘めた瞳で、見えない敵の方向を向いている。 しっかりと立ち上がっているナランチャの傍に、オモチャの飛行機のようなものが浮いていて。私の首に刺さる矢に向かって、機銃が攻撃したのを、確かに見た。
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