▼ED後捏造/修学旅行で死亡した少女を覚醒日向が目覚めさせに行く 私は、この修学旅行で、死んだ。そのはずだった。 殺したか殺されたかは覚えていない。もしかしたら校則違反で殺されたのだったかもしれない。 なんだっていい。この絶望から逃れられるなら、死んだ方がマシって、そう思っていた気持ちは否定できない。だったら、もしかしたら自殺したのかも。……まあ、死んでしまった今となってはどうだっていいけど。 死の間際の私は、そう思っていたはずなのに。 なのに、何故、あなたはそんな顔をしてそこに立っているの? そもそもどうして、私、意識があるの? 「というか、あなた……誰?」 白い髪を逆立てて、赤い瞳を光らせたその人は。 わかっている。同じくコロシアイ修学旅行に巻き込まれた少年ということはわかっている。一人だけ才能の詳細がわからなかった少年、それでもみんなに溶け込んで、絶望的な真実に、一生懸命立ち向かっていた少年であると。その姿に、私が密かに憧れを抱いていた、あの少年であると。 それなのに、何故か、私の知らない人のように思えて――怖かった。 この人は本当に、私があの修学旅行で憧憬の念を抱いた、あの人なのだろうか、と。 「ごめんな、苗字。びっくりさせたか?」 「びっくりっていうか……わけわかんないよ」 本当にそうだった。死ぬ間際のことは、あまり覚えてないけれど。それでも私が死んだはずだったのは、間違いないのに。 彼の雰囲気があまりに私の知る彼から離れているように感じて、ここは死後の世界なのではないかと、ふと思った。 「えっと、何から話したもんかな。修学旅行のことは、覚えてるか? ……コロシアイ修学旅行のこと」 「……それは、覚えてるけど」 覚えている。忘れるはずがない。それなのに、記憶が曖昧な私がいる。 ただ、はっきりと覚えているものはあった。……彼の姿。裁判場で、苦しみながらも真実に向き合っていく、日向の姿だ。 ……その日向の姿と、今の彼の姿が、どうにも重ならない。白く見える髪と、赤い瞳だけが理由ではないと思う。 得体の知れない、何か。私が彼から感じた感覚は、それが一番近かった。 「そっか。良かったって言っていいのかわからないけど、良かったよ。お前が、俺の知ってる苗字で」 なんだか引っかかる言い回しだ。けど、私の前にいる彼が私の知る日向のように見えなかったこともあって、頷くこともできない。 ……あなたは本当に、私の知っている日向なの? 「じゃあ、ここがどこかは、わかるか?」 なぜ、急にこんなことを言ったのだろう、と首を傾げる。 しかし、今まで私は、ここがどこなのかを認識してなかったらしい。そのことに、今更気がついた。 「ここが、どこか……」 そう言って、辺りを見回すと――突如、視界が開けた。 今までも、私はそこに立っていたのだろう。だけど、それを認識できていなかった。彼の姿しか、見えていなかった。それなのに、急にここがどこなのか、私がどこに立っているのかが、分かるようになった。 ……ああ。裁判場だ。 あの学級裁判より幾分か、殺風景にも見えたけれど。 裁判の席に立っているのは、たった一人、私だけ。本来ならあと十数人、この場にいたはずなのに。 彼は、裁判長席に座っていた。本来ならあそこに座っていたのは、……誰だったっけ。 「じゃあ、苗字。……どこまで、覚えてる?」 「……最後の記憶は、あの変な建物に閉じ込められたところ、かな」 言葉に出すことで、自分の状況を自覚していく。覚えている限りの記憶が、脳内を錯綜する。 希望ヶ峰学園にスカウトされたから、入学式に参加しようとしていたのに、なぜか急に南国に連れて行かれたこと。コロシアイゲームに巻き込まれたこと。三回事件が起きて、七人が死んだこと。それから、ドッキリハウスとかいう場所に閉じ込められて、食事もままならなくなってしまったこと。 それから、それから……それから? 「……そうだ。あの状況をなんとかしたくて、こっそりファイナルデッドルームに向かったんだ。特典があるって聞いてたから、その特典の内容を知れば、ここから出る情報が、手に入るのかもって」 私は焦っていた。空腹でおかしくなりそうだった、否、もうおかしくなっていたのだろう。手に入る情報は外に出る情報じゃないなんてことは知らされていたはずなのに、あの場所に向かってしまった。 しかし、その時の私には、それ以上に知りたいことがあったらしい。記憶の中の私に、少しずつ近づいていく。 「だけど……そうだ。日向の才能のことを知ることができて、教えてあげられれば、日向、喜んでくれるかなって、そう思って……欲張っちゃったのかな」 「……え」 黙って私の話を聞いていた彼が、そこで小さく声を漏らした。そんな彼に反応を返す余裕もなく、私は思考を進めていく。 あのときの日向は、焦っているように見えた。裏切り者ではないかと疑われ、それとなく孤立していったようにも見えた。 私含め、彼のことを本気で疑ってかかっている人なんて、そんなにいなかったと思うけど―― だから、ファイナルデッドルームに行って特典を得れば、彼のことを知れるのではないかと、そう思ったのだろう。彼が裏切り者なんかではないと証明できるのではないかと、そう信じたのだろう。 弾丸一発では、日向やそれ以外のみんなのプロフィールは手に入らないと、あの忌々しいヌイグルミはそう言った。だから、私は――もう二発、弾丸を追加して、こめかみに当てた。 ……けど、私も結局、彼のことを疑っていたのではないだろうか。だって、本当に彼のことを信じていたのなら、そんなことをする必要はなかった。私は日向を信じてるって、そう口に出して彼に伝えればいいだけだった。 私は、私が死ぬ理由に、彼のことを言い訳にしただけではないだろうか。 「……馬鹿だなあ、私」 私の才能は、幸運ではない。私があの場に挑んで、あの状況を変えたいと本当に思っていたのなら、せめて込める弾丸は六分の一であるべきだった。……私の場合、それですら死にそうなのが怖いところだけど。死んでもいいなんて思いながら挑んだから、本当に死んでしまったのかもしれない。 でも、六分の一だったら、特典も手に入らないか。なら、私にはどうしようもなかったのではないかと、そう思ってならない。 「……その……ごめんな、苗字。そんなことで、お前が……」 目の前の彼が気まずそうな顔でそんなことを言ったものだから、私は慌ててそれを否定する。 「あ、えっと。馬鹿だったのは私の方だしね、気にしないでよ。お腹がすいてておかしくなっちゃったっていうのもあると思うし」 あのときの私は、誰が見ても普通ではなかったと思う。あのときはみんな、大なり小なり空腹でおかしくなっていたような気もするけど。 「……じゃあ、お前の心残りは、その、俺……や、みんなのプロフィールを得られなかったってことでいいか?」 「心残り?」 言われてみればそうかもしれない、と思った。日向の才能がなんだったのか、少なからず気になっていた。……彼が見せた輝きのようなものは、どこから発せられるのだろうと、そう思っている私も、存在していたから。それを知ることができずに死んでしまったことは、少なからず心残りと言っていいようなものなのだろう。 「そうかもね。でも、なんでそんなこと聞くの?」 そもそも、ここはどこで、私と彼はどうしてここに立っているのだろう。自分の信じる世界すら崩壊しそうな狂った世界の中で、信じられるのはこの世界でも、私自身でもなく――目の前の少年だけなのかもしれない、なんて思った。 「……ひとりひとりに、目覚めない理由は、あるはずなんだ。心残り、後悔、絶望。けど、それを取り払えるのなら、取り払ってやりたい。俺は、みんなを、救いたい。俺は、俺達は、もう一度みんなに会いたくて、ここに来ているんだ。お前にもう一度会いたくて、俺はここに来た」 彼の言っていることのすべてが理解できたわけではないけど――真顔でそんなことを言われて、さすがに照れた。 「……日向って、超高校級の人たらしだったりする?」 照れを隠すように、茶化すようにそう言ってみる。半分冗談ではあったけど、本心でもあった。 だけど。彼は困ったような顔をして、こう言うだけだった。 「え、そんなことはないぞ。俺に――才能なんて、なかったから」 その言葉は、少なからず衝撃ではあった。……だけど。 意外にも、すとんと私の中に落ちてきた事実でもあった。 その言葉を皮切りに、少年は少しずつ、私に話してくれた。 私が死んだあとに起きた事件。予備学科。裏切り者の正体。未来機関。新世界プログラム、希望更生プログラム。この世界がプログラムであること、外の世界では本当に数年間の時が過ぎていること。荒廃した外の世界のこと。 外の世界の私達は、絶望していたということ。 そして――希望ヶ峰学園に脳を弄られて、人工の希望・カムクライズルとなった日向創が、モノクマウイルスを新世界プログラムに投入したこと。 外の世界は、いつの間にか数年間経っていて。絶望に満ちていて、でも少しの希望も育ってきていて。 死亡したはずの私は、生きていた。死んだと思いこんでいたから、目覚めなかっただけで。 私より先に死んだ人たちも、私より後に死んでしまった人も、しっかり生きている。 プログラム内に散らばった、破壊されたと思われていたアバターの残骸をかき集めることで、死んだみんなが目覚める目処が経ち――実際、既に何人か目覚めているらしい。 そんな風に、彼から一通り話を聞いた、私の感想は―― 「うーん、わけわかんない」 これに尽きた。言っていることは理解できるのに、全然納得できなくて、信じられないような、信じたくないような話ばっかりだった。 だけど。この話を聞いて、目の前にいる少年が、確かに私が好きだった日向であると、そう確信することができた。 彼が何を見たか、何を知ったか。どのような選択肢をとったか。その上で、別人のように見えた彼の姿が、成長した日向の姿であるのだと、そう信じることができた。同時に、彼の話を信じたい、信じないといけないと、そう思うようにもなった。 「そりゃ、そうだよな。俺も最初知ったときは、どうしていいかわからなくて、投げ出しちゃったよ」 日向たち生還者は、強制シャットダウンをしても、記憶が消えなかったらしい。だけど、コロシアイの脱落者である私達は、目覚めることができたとしても、修学旅行の記憶を必ずしも思い出せるかはわからないそうだ。 私は、自分の目の前にあるパネルを見た。『卒業』と『留年』の文字が並んでいる。ここで卒業を選べば、私はここから出て、外の世界で目覚めることができるようになるらしい。 外の世界で生きたいという気持ちはある。変化が怖いという気持ちもある。だけど、一番怖いことは。 「……もしかしたら、修学旅行のことも、ここでも記憶も、忘れちゃうかもしれない、ってこと?」 日向は神妙な顔をしてうなずく。私はひとつひとつ、自分の心を整理するように、彼に言葉を投げかけていった。 「ねえ、聞きたいことがあるんだけど。私って、記憶を奪われた期間の数年間って、日向と会ったことって、ないんだよね?」 「……。ああ、俺は予備学科で、苗字たちは本科生だったから。カムクラになった後も、俺は本科生たちと直接会ったことはない。修学旅行に向かう船の中で顔を合わせたことは、あったかもしれないけど、それだけだ」 彼の言葉を脳内で反芻する。その事実を理解して気付く、残酷な真実。 「そっか。じゃあ、今の私が消えちゃったら、日向のことも忘れちゃうんだね。外の世界の、私は……」 「でも、忘れるとは限らない。今まで目覚めたみんなは、プログラムのことも、学園時代のことも、絶望してた頃のことも、大体は覚えている方が多いんだ。……ただ、忘れないとも限らない。俺は、そこを伏せて、無理やりお前を目覚めさせたいとも思えない。お互いに納得した上で、その上で、俺はみんなとの未来を創りたいって、そう思っているから」 それに、忘れてしまったとしても、無意味だったわけじゃない。 日向はそう言ってくれたけど。それでも、彼のことを忘れてしまうのは、やっぱり、一番怖いことだった。 「……日向は、この空間で私と話したことも、私と修学旅行に参加してたことも、忘れないんだよね?」 「ああ、それは間違いない。俺はお前のことを、忘れないよ」 彼は私のことをまっすぐに見つめてくれた。彼の瞳を見つめて、私も、一つの決意を決める。 「……私、消えてもいいと思ってるよ。自分が消えないことを恐れて、ここでひとりぼっちでいるよりは。自分が消えてしまったとしても、外の世界に戻って、日向……たちと一緒に、過ごしていきたいと、心から思ってるから」 「そう、か」 日向に向けて、私はしっかりと言葉を紡ぐ。彼は真剣な顔をして、まっすぐ頷いてくれた。 「でもね、日向。忘れてしまったとしても、今の気持ち、一つだけ伝えたいと思ってることがあるよ」 なんだ? と不思議そうに首を傾げる日向に、私は精一杯笑いかけながら――今まで言えなかった自分の気持ちを、彼に伝えた。 「日向、好きだよ、好きだったよ。……またね」 彼が息を呑むような音が聞こえた。 しかし私は、彼の返事を待たずに――目の前の『卒業』ボタンを、押した。 「――苗字っ!」 崩れていく世界で、彼の声が、聞こえたような気がした。 *** 「苗字。……気分は、どうだ?」 「日向、えっと、その……」 『絶望していた頃の苗字名前』は、日向創の存在のことを知らない。つまり、日向の姿を見て、彼が日向であると認識できたということは、彼女は修学旅行のことを覚えているということだ。……同時に、あの二人きりの裁判場で、彼女が彼に想いを伝えたことも。彼も、彼女も、忘れなかった。 あの出来事も、あの告白も。しっかりと、憶えていた。 あれからすぐに目覚めて、日向と再会するとは、彼女は思ってもみなかったらしい。装置にかけられた自らの身体を見回しながら、彼にどう声をかけたらいいのか、どんな顔をすればいいのかと、右往左往している。 そんな風に慌てふためく彼女の姿を見て、日向は軽く微笑んだかと思うと――そっと、彼女に手を差し伸べた。 「苗字。また会えて、嬉しいよ」 そうやって日向は、優しく、力強く、彼女を見つめる。彼女は頬を染めながら、彼の手をとった。 彼女は生きていた。希望も絶望も背負い、未来を創ると宣言した、彼に手を引かれて。 他の誰が否定したとしても。彼らは確かに、生きていた。
back