無限ループは終わらない

※アイランドに見せかけて。鬱  謎のぬいぐるみに拉致され、南国生活が始まって、一ヶ月と少しが過ぎた。  最初こそみんな戸惑い、揉めたことも少なからずあったけど。でも、今となっては、この島は平和そのものだ。  争いのない、暴力もない、平和な世界。  永遠と錯覚したくなるほどの、穏やかな世界。  大好きなひとも、大嫌いなひとも、みんなみんなで笑い合う、永久の楽園――  その日の私はコテージでひとり、ベッドで寝転んでいた。みんなと話すことは楽しいけれど、必ずしも、常に誰かと一緒にいる必要はないのだ。  私はそうやって、しばらくごろごろする。茹だるような暑さも、今となってはなんだか心地よい。何か忘れている気もするけど、このまま暑さに当てられて馬鹿になるのも、悪くはない気がする。  日向は元気かな。寝っ転がりながらも私は、ぼんやりそんなことを考えていた。私がこの島で心惹かれた人。悩み苦しみ、時に涙を流しながら、懸命に生きようとする姿。誰よりも強そうに見えて、弱いところもある、ひとりの少年の姿――  ――あれ? 暴力も何もない世界で、どうして彼が苦しむことがあるのだろう。おかしいな。  ふと脳内に湧き出た疑問が頭を埋めつくしたけど、どうでもいいことか、と途中で遮断した。  どうせ、修学旅行はまだまだ続く。何かを深く考える理由なんて、無いのだから。  そうしていると、ピンポーンと間の抜けたチャイムが鳴った。誰だろう?  億劫な身体を引きずるようにベッドから立ち上がり、扉を開けた。  そうしたら、いつの間にか――辺りの景色が、最初の砂浜に変わっていた。 「……あれ?」  思わず独りごちる。雲ひとつない青空、輝く海、白い砂浜、高いヤシの木。作り物のような南国の姿に、なんだか違和感を覚えた。  ――ここ、どこだっけ?  思わず首を傾げる。すると。 「なあ、苗字」  聞き覚えのある声が背後から聞こえて、思わず驚いてしまった。少し高い、少年の声だ。  振り向くと、いつのまにか私の好きな人――日向創が、そこに立っていた。  その表情はいつもの凛々しい顔だったのに、何故かぼやけて見える。一瞬不思議だな、と思ったけど、すぐにその原因には思い立った。  何も、私の目がおかしくなったわけではない。  そうだ。この世界がおかしいのだ。  でも、まあいいかと思った。そんなことはどうだっていい。世界が崩壊しようと、世界がどうなろうと、もうどうなったっても構わない。  今重要なのは、日向が私の目の前で、深刻そうな声色で私に話しかけたということだけなのだ。 「日向、どうかしたの?」  意外と背の高い彼の顔を見上げる。だけどやっぱり、その表情はよく窺えない。 「俺は、俺だよな?」  唐突なそのセリフに、一瞬言葉が詰まる。  彼が言いたいことはわかった。――カムクライズル。  あれ? カムクライズルって誰だっけ?  まあ、いいか。そんなことは、どうだっていい。  私たちには、関係ない。 「うん。日向は、日向だよ。左右田も、ソニアも、九頭龍も、終里も、みんなそうだよ」  だから、すぐに返答した。外の世界がどうとか、そんなことは知らない。私たちは、今ここにいる私たちでしかないのだ。 「もちろん、私も、わたしだよ」  これは、自分自身に言い聞かせた言葉だけど。  日向の顔はしっかり見えているのに、何故か表情がわからない。 「苗字は、俺の前から、いなくならないよな?」  彼がこう言った途端、そこでようやく、その顔が見えた。  十一人に置いていかれた少年は、自分が消えるか世界を見捨てるかの選択肢を突きつけられた少年は、虚ろな瞳でこちらを見る。  だから、私も彼のことを見つめ返した。  希望も絶望も選べなかった私達は、今の自分たちのまま、永遠を生きることを選んだ。 「いなくならないよ。私は、日向の傍にいるよ」  だから私は、そっと、彼の手を握った。  この身体も結局、アバターにしか過ぎないのだけれど。でも、しっかりと温かかった。 「じゃあ、戻ろう」  日向が顔を上げた途端、その表情に、思わずぞっとした。  笑顔だ。そう、笑顔だった。  しかし、この修学旅行内ではあまり見ることのできなかった、屈託のない笑顔に、少しだけ胸が高鳴ってしまったのも、また事実だった。 「裁判場に、戻ろう」  そうだった。コテージになんて戻っていることができるはずなかった。裁判から抜け出すことは、できないはずだったのに。  ウィークポイントに反論することも、同意することも、何もない。ただひたすら、同じことの繰り返し。  ループする世界。ループする議論。ループする、砂浜裁判。  ゲームリセット。スタート。コンティニュー。  誰も死んでいない世界。誰も死ぬことのない世界。  ――誰も生きていない世界。  私達は、常夏の楽園から出ることはできない。  永遠の修学旅行、永遠に終わらない砂浜裁判。  でも、いいよね。こうやって、立ち止まっていても。  希望も絶望もどこにもない、灰色にくすんだ世界。  仲良く立ち止まって、みんな一緒で、永遠にループし続けよう。  希望は、絶望なんかに――  ――うぷぷ。うぷぷぷぷ。  希望と絶望の声は、聞こえない。  聞こえてくるのはただひとつ。永遠の楽園に響く、虚無の裁判場に響く、永遠に終わらない議論だけだった。

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