視聴者Aの再会

 ――あ。  思わず声に出してしまいそうになるのを、必死で堪える。  視線の先には、私の見知った顔。だけど一方的に知っているだけであって、その少年は、私のことは知らない。  だって私は、画面越しに見ていただけなのだ。  ダンガンロンパというコロシアイを。  彼が、最原終一がそのコロシアイを、終わらせた瞬間を。  ちらり、と彼の様子を窺う。公園で本を読んでいるだけの姿。私のように遠巻きに彼を見ている人も多いが、誰も彼に声をかけない。じっと彼を見つめ続けたくなったが、あまりじろじろ見るわけにはいかないかと、密かに自嘲しながら目を逸らした。  私はコロシアイの中での彼が好きだった。所謂、探偵推しだった。たくさんの仲間の死を見ながらも、精一杯足掻いて、悩んで、苦しんで、それでも真実を見つけようとする姿が好きだった。弱い探偵が、成長していく姿を見ていくことが好きだった。  それが傲慢だったかもしれないと知ったのは、彼の言葉を聞いてからだったけど。彼の魂の叫びを、画面越しに聞いたときの話だったけれど。  最原終一が好きと言いながら私は、彼のことなんて何も考えていなかった。コロシアイに苦しむ彼の姿を、楽しみながら見ていた。  だけど私には、未だにこの感情への折り合いの付け方が分からない。今にでも彼に声をかけてしまいたい気持ちと、走って逃げ出したい気持ち、両方が私の中にある。  だって。やっぱり私は、彼のことが今でも好きなのだ。画面越しにでも彼に出会えて良かったと、今でもそう思っている。  だが、この気持ちを彼に伝える資格は、私にはないのだろう。ダンガンロンパは終わった。コロシアイは、終わった。現実の命を使った、最悪なエンターテイメントは。  好きだった。たとえ画面越しだったとしても。  だけど。私にできることは、彼らをそっとしておくことしかできないのだろう。何の因果か、あの最後のおしおきを生き延びた彼らを。好きだった人を街でたまたま見かけたとしても、何も言わないこと。それしか、私にできることはない。  名残惜しいような気持ちにもなったが、私はきっと、この場から離れる方がいい。そう思ってそこから離れようとした、その瞬間だった。 「あの……」  聞き違えるはずがない。少年の声。  息を呑んで、ゆっくりと振り返る。  するとそこに、最原終一がいた。見間違えるはずもなく、確かに最原終一だった。 「……はい。なんでしょうか」  声が震えないように、あくまで何気なく答える。何故。どうして。その想いを、必死で隠し通しながら。 「女の子を二人、見ませんでしたか? 髪の長い黒髪の子と、帽子を被った背の低い子なんですけど……」  誰のことを言っているかはすぐに分かった。春川魔姫と、夢野秘密子だ。 「……いいえ。見てないです」  私がなんとか平静を装いながら答えると、参ったな、なんて言いながら彼は時計を見る。待ち合わせでもしていたのだろうか。 「すみません、ありがとうございました」 「……いいえ、気にしないでください」  なんてことのない会話。何事もなかったかのように、彼は去っていった。去っていく彼の後ろ姿を、私はじっと見つめ続けていた。  本当に、ただそれだけの会話だった。なのに、未だに心臓が高鳴っている。  それから――なんだか私は、なんとなく救われたような気持ちになった。  コロシアイは終わった。世界は変わった。彼らによって変えられた。  それでも。私も彼も、普通の世界に生きている。普通に言葉を交わして、普通に別れる。世界は案外、変わっていないのかもしれない。  だけど、コロシアイの視聴者Aとコロシアイ参加者の一人が、普通に言葉を交わすことを許された。  それなら、それでいいと。彼と少しでも話せて良かったと、心からそう思った。 「……頑張ってね、最原君」  コロシアイを見ているときに、画面越しの少年に何度も呟いた言葉。今もこの言葉は、彼には届かない。  それでも私は、少年の後ろ姿をじっと見送る。  彼らの人生に何が待ち受けているかは分からない。それでも、彼の人生に幸あれと、そう願うことはきっと、世界も許してくれるだろう。私は密かに、そう願った。

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