「あれ? スイッチ、ひとり?」 『ああ』 スケット団の部室を開くと、カタカタ、とキーボードの音を鳴らし合成音声で喋る彼が出迎える。今日はスイッチひとりらしい。 『ボッスンとヒメコは買い出しに行った、オレは用事があると言った手前帰る』 「買い出しかー……」 スイッチはいつもどおり無表情だが、心なしかイキイキしているように見えた。その様子を見てなんとなく事情を察する。 「あれだよね、スイッチは別に急ぎの用事があるわけでもないけど、ボッスンとヒメコちゃんを二人きりで出かけさせたかっただけでしょ?」 『さすが苗字さん鋭いな』 「それほどでも」 ヒメコちゃんがボッスンに、無意識に好意を抱いていることはなんとなく分かる。ボッスン側の気持ちはあんまり分からないけど、少なくとも悪くは思ってなさそう。 だが、それ以上に、二人の、三人の間にある絆というものは、どこか入り難く感じるときがある。 一友人として、少し寂しい気持ちになることもある……が。 「二人がどんなデートしてるか気になるな。二人でお出かけなんて、もうデートみたいなものだよね」 『そうだなw』 この気持ちの方が勝った。二人の関係性の揺らぎには、正直興味がある。完全に野次馬根性である。 「ねえスイッチ、一緒にボッスンとヒメコちゃん尾行しない? ちょっと野次馬……じゃなくて、見守りに行こうよ」 私の提案に、スイッチの手が一瞬止まる。どうしたのかと首を傾げていると、 『そうするか』 やがて、いつもの無表情のまま、口を動かさずに彼は言った。 いつものタイピングの、合成音声で。 スケット団は私にとって、一番の友達、というか。帰宅部の私は、暇なときいつもスケット団の部室に行ってしまう。 三人の絆に入り込めないな、と思うことは時々あるけれど。それでもいいと思っている。三人が仲良くしているのは、見てるだけでも楽しいし。 そして、いつかヒメコちゃんの気持ちが通じたらどんなにいいだろうか。そう思っちゃうのは、さすがにお節介すぎるか。 「お、いたいた」 スイッチに教えられたお店に、スイッチと共に行く。ショッピングモールに向かって何をするのかと思ったら、彼らは百均に入ったようだ。 視線の先に、確かにいた。何も気にした様子のないボッスンと、少し落ち着かない様子でちらちらボッスンのことを見ているヒメコちゃんが。 「……って、何を買いに行ったのかと思ったら百均の折り紙なんだ」 『何を言う! 折り紙はスケット団の必須アイテムだぞ!!』 「確かに、いつも折り紙してるイメージはあるけど」 というかここの百均、異常に折り紙が多いな。そんなことを考えながらボッスンたちにバレないように二人でこそこそ覗き見していると、向こうの声が少し聞こえてきた。 「前から思ってたけどここの百均折り紙多いよなー。誰がこんなに買うってんだよ、かっかっかっ」 「うるさいアホ。折り紙が多くて何があかんねん。それだけ買う人がおるってだけやろ」 「なんで今オレ怒られたの!?」 ヒメコちゃんは顔を赤くしながらボッスンにツッコミを入れている。彼女のツッコミにしてはやや外れてる……が。 「照れてる」 『照れてるな』 ヒメコちゃんかわいっ。 「というかあの二人、折り紙だけを買いに来たの? せっかくだからいろいろ遊びに行ったらいいのに」 『確かにな』 スイッチは短く首肯したかと思ったら、勢い良くタイピングを打ち始めた。どうしたのかと思ったら、向こうからヒメコちゃんの声が聞こえてきた。 「あいつ……何っやねん!」 「おいおい急にキレたぞどうした!? なんかあったのか!?」 「なんでもないわ! スイッチからのメールや!」 やっぱりヒメコちゃんは、顔を赤くして落ち着かない様子だ。 「メールって……何送ったの?」 『これを送っただけだが』 スイッチのパソコンを覗き見ると、こんな文面だった。 ―― 折り紙を買い終わったらファミレスに行ったらどうですか(・∀・)ニヤニヤ 今日はカップル限定スイーツがあるそうですよ(・∀・)ニヤニヤ 二人でどうですか(・∀・)ニヤニヤ せっかくのデートなんですから(・∀・)ニヤニヤ ―― 「めっちゃニヤニヤしてる……」 『オレはずっとニヤニヤしてるぞ(・∀・)』 無表情、だが彼が面白がってることは伝わってきた。 『苗字さんもそうなんじゃないか』 「あはは、うん、そうだね」 そう言いながらボッスンとヒメコちゃんの二人に目を向けると、軽く小競り合いをしていた。素直になれないながらボッスンを誘いたいヒメコちゃんと、鈍感すぎていまいち伝わっていないけど悪くは思ってなさそうなボッスン。やがて二人は、そのファミレスに行くことに決めたらしい。 「行くみたい。私たちも行こっか」 『……そうだな』 「何その間?」 三点リーダーが用いられたスイッチの台詞にはちょっと含みを感じなくもない……が。ボッスンとヒメコちゃんを見失いたくないので、彼らの後をつけることを優先する。スキップしながら歩く私の後ろから、スイッチの合成音声が聞こえてきた。 『やれやれだ』 「それ、何かのアニメの主人公の声真似?」 ファミレスに入り、ボッスンとヒメコちゃんからはちょっと離れた席で、だけど二人の様子がある程度見える席につく。 タダで席に着くわけにはいかないので、もちろん私たちも何か注文することになる。何にしようかな、とメニューとにらめっこしていると、ニコニコした店員さんが声をかけてきた。 「本日はこちらの限定スイーツがおすすめですよ」 店員さんの声につられてそのメニューを見ると、二人で食べるとちょうど良さそうなサイズの、ふわふわなパンケーキがあった。 「へー、美味しそうじゃない? 一緒に食べようよスイッチ」 『……………………ああ』 「なにその間?」 スイッチがこんなに三点リーダーを多用しているのなんて初めて見た、気がする。気がするだけ。……なんなんだろう? ひとつの食べ物をシェアするのなんて、別に気にするような人でもないと思うんだけど。 そう思いながらもボッスンとヒメコちゃんの様子を見ると、こんな声が聞こえてきた。 「なんでアタシらがカップル限定スイーツなんて食べなあかんねん! こういうのはちゃんとしたカップルが食べるべきやろ!」 「痛って! なんでオレ叩かれたの!?」 わいわいはしゃいでいる二人を、私はくすくす笑いながら見る。 「あはは、傍から見るとボッスンもヒメコちゃんも、カップルにしか見えないのにね」 『ああ。ボッスンはいまいち分かっていないがヒメコは気付いているだろう。くそっ、じれってーな……俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!』 「しないで?」 ノリノリでタイピングするスイッチ。やらしい雰囲気にされるのはさすがに困る。まあ、冗談なのは分かってるけど。何かの漫画かアニメのネタなのかな。 とにかく、スイッチはさすが、ボッスンとヒメコちゃんを一番近くで見てきただけある。面白がってるだけとも言えるが。 少し待つと、注文してたパンケーキと、飲み物が届いた。私が頼んだのはりんごジュースだ。 おいしそー、とナイフとフォークを手に取り切り分ける。そうしながらボッスンとヒメコちゃんの方をちらりと見ると、彼らの席にも同じパンケーキが見えた。 「あれ? ボッスンとヒメコちゃんも、私たちと同じの頼んでるね」 『結局あの二人も頼んだのか。ヒメコも素直じゃないな』 「うん?」 なんでそうなるのだろう。私たちとたまたま同じものを頼んだだけなのに。 まあいっか。パンケーキ美味しそうだし。あの二人を見守るのもいいけど、私も私で楽しもう。付き合ってくれるスイッチも一緒に。 「んー、美味しい! スイッチも早く食べなよ」 口いっぱいに頬張るパンケーキは本当に美味しい。おいしー、と口にしつつ食べる。今はボッスンとヒメコちゃんのことは忘れて、自分が楽しもう、と。 スイッチは最初、無言で食べていた。その後、彼は口を開いては……いないが、合成音声で言葉を発した。神妙な様子で。 『……………………苗字さん、ずっと言いたかったんだがな』 「何?」 『そのパンケーキ、例のカップル限定スイーツだぞ』 「はい?」 『あと。オレと君も、相当カップルに見えてると思うぞ』 なんですと? 思わず目を瞬かせる。スイッチ、今なんて言った? 『無意識だったのか? 恐ろしい女だ』 「待っ、待って」 こんなことを言いつつも、私はじわじわと、全てを理解していった。 今までの私が、どれだけのことをやらかしていたのかを。 どうして、どうして――気付かなかったのだろうか? 混乱する私に追い打ちをかけるように、スイッチは畳み掛ける。ご丁寧に、合成音声で私の声色を再現しながら。 『「二人でお出かけなんて、もうデートみたいなものだよね」』 「ちょ」 『「傍から見るとボッスンもヒメコちゃんも、カップルにしか見えない」……なら、オレたちはどうなんだ?』 「あの」 『しまいには勧められるがままに限定スイーツを頼んだな。カップル限定スイーツがあるという話は最初からしていたのに。ボッスンとヒメコも相当カップルにしか見えないが――オレたちも変わらないぞ』 「えっと」 私は思わず目を白黒させる。何から言えばいいのだろうか。反論しようとしても、上手く反論できない。 何故、気が付かなかったのか。 男女で二人で出かけるという行為、カップル限定スイーツ。 私たちも相当、カップルにしか見えない。 ボッスンとヒメコちゃんを面白がるつもりが――面白がられるのは、私たちの方だったのかもしれない。 ……というか。というか、さ。 「むしろ、スイッチが私のことを面白がってるよね!?」 『ばれたか』 かっこつけた様子のスイッチに、拍子抜けした。 私はこんなに恥ずかしい思いをしているのに、むしろスイッチだけが私のことを面白がってる。 この男、なかなかドSである。知ってたけど。 人の気も知らないで。 赤くなった顔を誤魔化すように、私は飲み物に口を付けた。ただのりんごジュースなのに、砂糖でも大量に入れたのかというくらい甘く感じる。 「ボッスンとヒメコちゃんの二人を観察するのに夢中すぎて、自分のこと全然考えてなかった……」 『www』 「草だけ生やすのやめなよ」 『苗字さんも意外とオタクだな』 「それ今言う!?」 全くもう。スイッチが何を考えているのか全然分からない。変に気まずくならないのはいいけど、私は彼に意識されてないのだろうか。 そう思うとちょっと凹む。照れてるのは私だけで、スイッチはただ、私をからかうだけか。 そうやって、スイッチ相手に騒いでいると――ふと、声がした。 すっかり存在を忘れていた、彼らの声。 「スイッチに名前ちゃんやん。アンタら何してるん?」 ヒメコちゃんだ。私たち、そういえばボッスンとヒメコちゃんを尾行しているつもりだったんだった。彼女はきょとんとした顔で、こちらに近づいてくる。 そりゃあこんだけ騒げば向こうにも見つかるか。……うーん、なんて誤魔化そう。 「えっと、奇遇だね……?」 『奇遇だな』 結局私たちが言ったのはこんな言葉。我ながら白々しい。 「奇遇だなって感じちゃうやろ! 何なん? スイッチの用事ってこれだったん!?」 ヒメコちゃんはじとっとした目でこちらを見ている。……私たちが二人を尾行してたこと、バレたかな。ごめんヒメコちゃん。 「んだよ、スイッチと名前じゃねーか。用事って何かと思ってたら……お前ら付き合ってんのか?」 「ちょっ」 なお、後から来たボッスンにはバレてないどころかこんなことを言い出す。瞬間的に顔が熱くなるのを感じた。 ヒメコちゃんの前で、むしろお前らが付き合ってるみたいなもんだろ!とは、言い返せなかったけど。 『むしろお前らが付き合ってるみたいなもんだろ』 と思ってたらその通りのことをスイッチが言い返した。私の心読んだ? 「は~? 何言ってんだお前」 でも、ボッスンには全然響いていないみたい。鼻をほじりながら変な顔をしている。デリカシーないな。 全く、他人のことばかり気にして、自分のことには鈍感な男だ。……もしかして、人のこと言えないのか? 私も。 そんなことを思いながら、ちらっとヒメコちゃんの顔を見る。彼女はスイッチの言葉を聞いてから、しばらくフリーズした後、 「な、ななな、何やねん~!!」 顔を赤くして、絶叫を響かせた。 「うおっ、お前うるさっ。んだよ、ハラでも壊したか?」 「何がやねん!! 全部アンタのせいや!!」 「何で!? オレなんかした!?」 そして、ボッスンとヒメコちゃんは漫才を始めた。ちょっとヒメコちゃんのツッコミが強すぎる気もするけど、通常運転だ。 これ、もう、カップルにしか見えない二人の尾行どころの話じゃないなあ。 お店の人、うるさくしてごめんなさい。全部ボッスンのせいということにしておいてください。 そして、二人の漫才を見ていたスイッチがこんな一言。 『全く、苗字さんとボッスンの鈍感さは折り紙つきだな』 「上手いこと言って締めないで」 全く、折り紙を買いにいくボッスンとヒメコちゃんを尾行するだけのつもりだったのに、何でこんなことに。 私もスイッチにからかわれて恥ずかしかったし、二人にはバレちゃうし。 まあ、でも、それも彼ららしいし、私らしいのかも。 そう思いながら騒がしいボッスンとヒメコちゃんを、スイッチの隣で見守る。そんなある日の、いつも通りの出来事だった。
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