特別な時間

 ニ〇〇〇年五月二十日。  この日は、ナランチャの――私のヒーローの、誕生日である! 「誕生日おめでとう、ナランチャ」  夜ふかしして、時計の針を二人でじっと見守って。日付が変わった瞬間――五月二十日になった瞬間に、私は言った。 「ああ、グラッツェ! ナマエ」  そしてナランチャも嬉しそうに言う。私たちは顔を見合わせて、そして笑った。  私が『組織』に所属し、ブチャラティチームに正式に加わり数ヶ月。私は相変わらず、ナランチャと共に暮らしている。彼の部屋で私たちは、並んで座っていた。  そして、今日という日は。私とナランチャが出会ってからの、ナランチャの初めての誕生日だった。 「ナランチャ、十七歳になったんだよね」 「そうだなァ……なんか実感ないけどな」 「そうなの?」  隣にいるナランチャの気配を感じながら、ぽつぽつ話をする。一年に一度の特別な日を、彼と共に過ごせることに、喜びを感じながら。 「オレの誕生日を祝ってくれる人がいるっていうのが、新鮮っていうか。うーん、上手く言えねーけど」  その言葉に、以前聞いたナランチャの過去のことを思い出す。――母親の死後、悪い仲間とつるんだり、少年院に入れられたりした、と。そんな中で、彼が自分の誕生日を心から祝われたことは、どれだけあったのだろうか。 「去年も、ブチャラティとフーゴが祝ってくれたんだけどよォー、……でもやっぱり、実感沸かねーぜ」 「少し分かるかも。自分の誕生日が特別な感じが、あんまりないのって」 「ああ、そんな感じかもな」  ナランチャはそうして、上に視線を逸らした。どこか、物思いにふけっているようだ。 「でも、私にとっては。ナランチャの誕生日は、特別な日だよ」  私は静かに言った。それは、どうしても伝えたいことだった。  ナランチャが生まれた日。私のヒーローが、好きな人が、生まれた日。  彼がいなければ、今の私はいないから。彼が生まれてきたことに感謝したい。それが、誕生日というものだと思う。  この特別な日を迎えた瞬間を、こうして共に過ごせること。それに、私は感謝したい。 「――ありがとな、ナマエ」  ナランチャは一瞬目を瞬かせた後に、照れくさそうに言った。 「オレにとっても、ナマエの生まれた日は、特別な日だよ」  そんなことを言われて、私も照れくさくなってしまう。  普通じゃない人生を歩んできた私たちだけど。誕生日くらいは、普通に祝うことができること。それが、なんだかたまらなく嬉しかった。 「今は、二人きりだけど……朝になったら、みんなにも祝ってもらえるよね」 「へへっ、そうだな」  今は深夜。これから眠り、目が覚めたら、またギャングとしての仕事が待っている。  だけど、その後に。仲間たちが、ナランチャのことを祝ってくれるだろう。今の彼にとって、私たちにとって、大事な仲間が。  チームの仲間たちがナランチャのことを祝い、彼が幸せそうに笑うことを想像して、思わず笑みがこぼれる。ナランチャの幸せが、私の幸せだ。  ――だけど。 「でも、今は……二人きりで、ナランチャの誕生日を祝えて、嬉しい」  そう、これも本心だ。日付が変わった瞬間に、一番にこの気持ちを伝えられたこと。二人きりで過ごすことができるこの時間のこと。それも私にとっての大きな幸せであるということは、確かだった。 「ナランチャ、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう」 「……おう」  そして私たちは見つめ合う。真剣そうな眼差し、黒い髪、少し赤い頬。彼のすべてが、印象的だ。 「一緒に、素敵な一年を過ごそうね」 「当たり前だろ? オレはナマエと一緒だったら、いつでも楽しいぜ」  そしてナランチャは屈託なく笑う。そんな彼を見て、私もまた、頬を緩めた。 「ねえ、ナランチャ。来年も、二人で一緒に祝えたらいいね」  そろそろ眠くなってきた。二人きりで過ごすことのできる時間、ナランチャの誕生日という大事な時間を睡眠に費やすのは勿体ない気もするけれど、朝になったら仕事がある。 「……ああ、そうだな……ふわァ」  ナランチャも欠伸をしている。あんまり夜ふかしせずに、もう眠った方が良さそうだ。 「もう寝ようか。誕生日の続きは、起きたらだね」 「えー、まだ寝たくねえよォ……」  ナランチャは渋っている。私だって、二人きりの特別な時間が惜しいという気持ちはあるけれど。 「気持ちは分かるけど。日中眠くなっちゃうのも、それはそれで勿体ないよ? ほら、みんなにも、誕生日祝ってもらわないといけないだからさ」 「んー……、分かったよ」  結局、眠たそうに頷いた彼を見て、思わず笑ってしまった。  そう。少し、眠ったら。仲間たちと共にナランチャのことを祝おう。用意した誕生日プレゼントも、改めて渡さないとな。 「じゃあ、おやすみナランチャ」 「ああ、おやすみナマエ」  そして私たちはそれぞれのベッドに潜り込んだ。そして、幸せな気分で目を閉じる。  だけど、今日という日は。ナランチャの誕生日という特別な日は――まだ、始まったばかりだ。

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