17.戦闘

 ※流血表現? 「ナランチャッ! どこ――ッ!?」  そう叫び走り回るけれど、返事はない。だけどさっき、確かにナランチャが敵と戦っているような音が聞こえたのだ。  少し離れたレストランにいるはずのナランチャが、何故ここにいるのか? 敵は何故ここで戦っている? 何故? どうして?  疑問は尽きないが、深く考えることが出来ず、とりあえずナランチャを探して走り回った。そうするしかなかった。  かなり走り回ったので、そろそろ息が切れてくる。もう既に、ホテルからはかなり遠い所まで来てしまった。  もしかして、反対方向へ来てしまったのか? もしかして、ナランチャを追うつもりで離れてしまったのだろうか……?  冷や汗が額から流れ落ちる。こんなことをしているうちに、ナランチャは苦戦しているのかもしれない。もしかしたら、大怪我を負っているのかもしれない―― 「ナランチャ、どこッ!?」  不安な気持ちを振り払うように、私は走った。ホテルの近くでナランチャの声がしたから、もしかしたらナランチャはホテルに行ったのかもしれない。そう思ってのことだった。  だけど。 「てめ――ッ! ブッ殺してやるッ!」  その時、少し高めの聞き覚えのある声が、確かに近くで聞こえた。 「ナランチャ!? 近くにいるの? どこなのッ!」  本当にナランチャは、この近くで戦っているのか? 何故ここに? 考えを巡らせても走り疲れた頭では上手く考えられず、答えは出てこなかった。 「……! あそこか!」  物音がしたので、私は後ろを振り向いた。そこには、建物に囲まれた、暗くて狭い路地裏があった。  そう考えると、ナランチャの声は、そこから響いてきた気がしてくる。人の気配のようなものも感じる――  そこに目掛けて、急いで走った。荒い息がヒュウヒュウ飛び出てかなり苦しかったけど、自分の体調に構っている暇はなかった。ただナランチャのことが心配だったし、私も力になりたかった。 「ナランチャ?」  その路地裏に入っても、ナランチャはいなかった。それどころか、人は誰もいない。  さっき感じた人の気配は、気のせいだったのか。――ここじゃなかった。  不安と焦りの感情が、私の脳を支配する。全身からどっ、と嫌な汗が吹き出てきた。 「早く、早くナランチャを見つけなきゃッ!」 「その必要はないね」  突然、聞き慣れない低い男の声が、頭上から降り掛かってきた。  驚き、思考が一瞬止まる。ひっ、と声にならない悲鳴が飛び出て、同時に呼吸を忘れてしまった。  だが、できる限り落ち着いて正気を取り戻そうとする。深呼吸を一つしたあと、その声の主を探した。 「……あなた、何? どこにいるの? そして、ナランチャはどこなの」  注意深く路地裏を見渡すも、人の姿はどこにもない。  確かに、声は私に向けられていた。誰かがここにいることは確実だった。  だけど、どこにもいないのだ。前を見る。いない。後ろを見る。いない。右を見る。いない。左を見る。――いない。  嫌な予感が全身を包む。最大限に緊張し、警戒して辺りをゆっくり見回していた、その時。 「僕は、ここさ!」  その声の出処は――私の頭上からだった。バッ、と視線を向けると、その男が持つ、やけに目立つ、派手で色鮮やかな頭髪が真っ先に目に付いた。  故に、気づくのに少し遅れてしまった。その男が、ナイフを持っていたことに。その男が、建物の三階くらいから飛び降り、私にナイフを向けて落ちてきたことに。 「気の毒だけど、死んでくれッ!」  イカれた男が、笑いながら落ちてくる。この異常な事態について落ち着いて対処する余裕もなく、ただ反射的に『イン・シンク』を呼び出した。 「『イン・シンク』ッ!」  私が『イン・シンク』に命令するよりも早く、『彼女』は男とナイフを弾き飛ばしていた。男が落下する音が響いたと思ったら、一瞬の後路地裏に静寂が訪れる。  なんとか無傷でいられた。対して男は、勢いよく吹っ飛ばされた。この調子だったら、骨の何本かは持っていかれただろう。――私の命の危険は、とりあえず去った?  そう思って男の方を見たが、彼は何事も無かったかのように起き上がった。その刹那、私の身体は得体の知れない何かに対しての恐怖に包まれる。  考えるまでもない。……こいつ、ヤバい。 「……あなた、何なの? 三階から落ちてもピンピンしてるなんて。しかも私を殺そうとして。敵?」 「……」  男は答えない。彼は余裕綽々な表情をしている。 「まあでも、あんたのことはどうだっていい。ナランチャはどこなの? ナランチャは確かに叫んでいた筈なのに、どこにもいないじゃない。どこなの? 言わなければこの『イン・シンク』で攻撃するッ!」 「僕を攻撃したところで意味は無いよ」  男は答えた。それは私の望んでいた答えではなかった。私は苛立ち、眉を顰める。 「どういう意味?」 「君、スタンド使いなのかい?」 「質問を質問で返さないでッ! 質問してるのは私の方よ」  私が睨みつけると、男は笑った。それはまるで気の合う友人に話しかけているような、穏やかな微笑みだった。 「僕はスタンド使いではないんだ。三階から落ちても怪我をしないのは、スタンド能力なんかじゃあなくて僕の身体能力だよ。さらに、君が聞いた『ナランチャ』の声は、残念ながら僕の声真似さ。得意なんだ、声真似」  この男、どこかキレてる部分があるのは性格だけではなく、身体能力もらしい。  しかし、これは質問に答えたことにはならない。私が一番聞きたいことを、まだ聞けていない。段々イライラしてくる。 「……ナランチャは、どこなの」  私が端的に聞くと、男はもう一度笑った。気に食わない気持ちが加速する。 「『ナランチャ』は今頃、僕の仲間と戦っている。君は騙されたんだよ。つまり、僕は僕の仲間の負担を減らすための、ただの捨て駒さ。よって、君が僕を攻撃することに意味は無い。僕を攻撃した所で『ナランチャ』が助かるわけでもないんだからね。というかそもそも、『ナランチャ』は攻撃を受けていない」  若干回りくどい言い方をする男の言葉に、一瞬詰まる。そして、少し考えた後に、私はこう言った。 「それってつまり……あなたは、ナランチャの声で私をおびき寄せて、フーゴを一人にして、楽に警護を突破しようとした? 目的は私じゃなくて、あのホテル?」 「『フーゴ』……あのホテルを警護している君の仲間のことを言っているのかい? そういうことさ。百点満点だ」  親しげな微笑みの中には、確かに小馬鹿にした感情が含まれていた。この男と話していると苛立つのは、そういう事だった。  そしてこの場合、私は一体どうすればいいのだろう? この男が言ったことが本当なら、ナランチャとブチャラティは無事で、フーゴが敵スタンド使いと戦っているということになる。この男は捨て駒だから放っておいて、ホテルに戻りフーゴに加勢するべきだろうか?  でもどこか、この男が言うことは信用ならなかった。 「……でも、あなたを倒さないと、あなたは私がフーゴを助けに行くことを許さないんじゃあないの?」 「そうとは言ってないさ。つまり、僕の役目は、君をここまでおびき寄せて、君の仲間を一人にすることなんだからな。よって、君が戻る頃には勝ちであれ負けであれ、決着がついているはずだ」  男は、最後まで微笑みながらそう言った。その若干回りくどい、小馬鹿にしたような言葉に、私は今までにないくらい苛立ってしまった。 「……つまりとかよってとかすなわちとか、数学の証明みたいな言い回しするんじゃあないわよ! 本当にあなたはナランチャのことを知らないのね? 本当にあなたは捨て駒であって、手薄になったフーゴは今、あの客の来ない何のために警護しているかわからないようなホテルの前であなたの仲間と戦っているのね?」  そう言った直後に私は、『イン・シンク』を男の元へと飛ばした。  男は「くどいな」と言いかけたらしいが、『イン・シンク』のスピードは彼の言葉よりも早い。彼が驚いた様に目を見開いたが、防御することは出来なかったようだ。 「『イン・シンク』を見て驚いたってことは……こいつ、『スタンド使いだ』ッ!」  そして私は、急いで彼が今考えている事柄から『ナランチャ』『フーゴ』に関連するものを全て奪う。しかし、『フーゴ』に関する記憶は殆どなかった。  『イン・シンク』が殴った人間は、少しの時間昏睡状態になるが、すぐに起き上がってしまう。三階から落ちても大丈夫なような男なら尚更早いだろう。  あらかじめナランチャについての質問をしたので、彼はナランチャのことを頭に思い浮かべたらしい。一番取り出しやすいところに『ナランチャ』の記憶があった。『イン・シンク』はそれを、白い箱のようなものにして取り出す。  今まで私はその記憶を奪い、壊すだけだったが、できるんじゃないかと思うことがある。――記憶を覗き見することが、できるのではないか? 「『イン・シンク』……箱を開けて」  私が言い終わる前に、『彼女』は箱を開けた。  瞬間、男の記憶が、断片的ではあるが私の脳内で入り乱れた。 「……うわッ!」  目の前に、男の記憶の映像が走り出し、視界がチカチカする。耳の奥で、男が聞いた音さえ聞こえてくる――  ――ナランチャと、大量の虫みたいなものが戦っているシーン ――ナランチャが『ブッ殺す』と叫んでいるシーン ――虫みたいなものがそのナランチャの叫びを『録音』し、本体であるこの男の近くにもいる虫からナランチャの声を『再生』して、私のことをおびき寄せるシーン ――ナランチャの『スタンド』が滅茶苦茶に虫みたいなものを攻撃するので、命中率は低いものの、本体のこの男は確実にダメージを受ける。だけど頑丈な本体には致命的な傷はない。それでも受ける、痛みの記憶――  スタンド使いではないというのは嘘だった。映像の中に見えた虫みたいな大軍が、男のスタンドだった。  捨て駒だということは本当だった。男は『本体』と『スタンド』を駆使して、私とナランチャをおびき寄せて、レストランを警備しているブチャラティ、ホテルを警備しているフーゴを一人にした。より、彼の仲間が楽になるように。  ナランチャが戦っていないというのは嘘だった。それは、この男が『スタンド使い』であること自体が嘘だった故の、付かざるを得ない嘘だった。 「フウ、」  思わずため息をついた。とりあえずはいろいろわかったけれど、私はどうすればいいのだろう?  男は昏睡状態からまだ目覚めない。――ナランチャとフーゴは、今も戦っている。だからこいつから『ナランチャ』と『フーゴ』の記憶をとりあえず奪っておけば、この男がナランチャに危害を加えることもないだろう。  ナランチャは大丈夫だ。フーゴの元に駆けつけなければ。そう思って、踵を返したその時のことだった。 「……えっ!?」  突然、男の肌に機銃に撃たれたような痕が、無数に現れた。そして、男から血が吹き出て、男の悪趣味な髪色は赤に染まる。  生暖かい血が、私の肌にかかった。酷く気分を害し、慌てて袖で顔を拭えば、服は赤い模様がついた。余計嫌な気分にさせられた。 「ナランチャが……飛行機みたいなスタンドで、この男を撃ったんだ……」  さっき見た、男の記憶を思い出す。ナランチャが、この男の虫みたいなスタンドを攻撃していたけれど、素早いからあまり当たっていなかったみたいだった。だけど――私が『イン・シンク』で男を昏睡状態にさせたから、この男の虫のスタンドは動きを止めたのだろう。だからきっと、ナランチャのスタンドは男のスタンドを、射抜くことが出来たのだろう。 「……死んでる」  男は既に息を引き取っていた。もうこの男が私を殺そうとすることも、ナランチャに攻撃することもない。それを確認すると私は、フーゴの元に急いだ。死体を見るのは二度目だったからなのか否かは分からないが、やけに冷静でいる自分がいたけれど、気付かないふりをした。  間に合いますように、と願いながら走った。とにかく走った。  土地勘がない場所で滅茶苦茶に走り回った後に例の裏路地に辿り着いたため――ホテルへ辿り着いたのが一時間後だったことは、ある意味当然のことだった。私は、間に合わなかった。  ホテルに着くと、フーゴはいなくて、代わりに、ナランチャが私のことを待っていた。ナランチャがここにいることに、私は正直かなり驚く。 「お~! ナマエ、遅かったじゃあねーか! 大丈夫だったか?」  ナランチャが無事にピンピンしている様子を見てどうしようもなくホッとすると同時に、その子供らしい笑顔がとても眩しかった。 「ナランチャ! 私は大丈夫だよ。それより、なんでここに……?」 「オレも敵のスタンドと戦ってたんだけどよォー、倒したからブチャラティの所に戻ったら、『任務は無事終了した、ナマエとフーゴを呼びに行ってくれ』って言われたから待ってたんだよ」 「ということは……ブチャラティも無事なんだ。よかった……」  私が呟くと、ナランチャはからから笑った。 「おうよ! ブチャラティはオレのヒーローだからな、そう簡単にくたばったりしねーよ!」 「それもそうだね。ところで、フーゴは? 無事……?」 「……ナマエ、遅かったですね。何をしてたんです?」  ナランチャが私の問いに答えようとしたところで、フーゴがホテルの中から出てきた。私は慌てて、畏まってこう言う。 「あ、えっと……敵と戦うのが長引いて、戻ろうとしたら道に迷いました」  私がそう言うと、フーゴは呆れたようにため息をついて、ナランチャは吹き出した。土地勘がない所で迷うな、という方が無茶な話だと思うんだけど。 「……ああ、そう。まあいいです。それより、ぼくらの任務も終了です。さっきホテルに確認しました」 「了解です。それよりフーゴ、大丈夫でしたか? 私と戦った敵が、ホテルが目当てみたいなこと言ってたんですけど」  私の言った言葉に、フーゴは顔を顰めた。まるで、人生で一番嫌いなものを見たかのような表情だった。 「……ああ。倒しましたよ。……ぼくの『スタンド』で。じゃ、ブチャラティが待ってる。行きましょう、ナマエ、ナランチャ」  フーゴは『ぼくのスタンド』という言葉を吐き捨てるように言った後で、やや強引に話を変えた。少し釈然としない気持ちになったけれど、とりあえずナランチャの隣に並んで歩く。  とにかく、無事に戻ってこれたことに、そしてナランチャとフーゴもほとんど怪我が無かったことに安堵した。  帰りのタクシーは、ナランチャが居たからか、行きのタクシー内に比べるとかなり和やかだった。ナランチャの笑顔は、人と人の距離を縮める効果でもあるのだろうか?  私はその笑顔を眩しく思いつつも、私たちはブチャラティの元へ急いだ。何か忘れているような気がしたけれど、忘れるってことは大したことじゃないんだな、とそのままタクシーに乗っていた。