30.百年後もあなたと二人で

 私たちは、久方ぶりに外の世界の空気を吸っていた。それはもちろん夜のことであり、そして監視付きであったが。 「行くぜ、ナマエ、DIO」 「はい、承太郎さん」 「……チッ」  十年経ち、承太郎さんに連れられ、私たちは日本にやってきた。  私の腕の中にいるガラスケースの中、首だけになったディオさんは、苦々しげに舌打ちした。  あれから十年。スピードワゴン財団の施設から出たのは、今日が初めてだ。  ディオさんの首の入っているガラスケースは、スピードワゴン財団の特殊製である。  首だけになりスタンドの出せないディオさんの、血管針や、目から体液を放出する技ではとても歯が立たないようだ。今のところ、大人しくしている。  曰く、この技術は、石仮面を作った吸血鬼の上位存在、柱の男に対抗した当時に相当する技術であるそうだ。首だけになったディオさんでは歯が立たないのも無理はない。  そして、そんなディオさんの首をガラス越しに私が抱えて、承太郎さんの厳しい監視がある中で。本当に久しぶりに、私たちは外の空気を吸った。  最も、私たちが外に出られた理由は、観光などでは全くない。  ディオさんの残した負の痕跡の精算のために、私はこの地に降り立った。  承太郎さんの故郷だという、日本に。  日本という国が承太郎さんの故郷だったとして、この街は承太郎さんの住んだことのある街ではないらしい。  杜王町という名の町。ここには、ジョセフさんの隠し子がいるらしい、とか。 「何してるんですかジョセフさんは」 「全くだ。ジョナサンなら決して浮気などしなかっただろう」 「てめーらが言うな」  私とディオさんの言葉を承太郎さんがばっさり切り捨てる。  確かに。ジョジョさんの身体を使って好き勝手していたディオさんの言えることではないし、私も同罪だ。 「で、ここに何があるんですか? 私、まだ何も聞いていないんですけど」  ともかく、本題に入る。ディオさんと外に出られたことは嬉しいのだが、私たちがどうしてこの国に来たのかは聞いていない。  承太郎さんは少し沈黙したあと、苦々しげに呟いた。 「DIO、てめーが残したモンだ」  曰く、この国には。  スタンド能力を目覚めさせる弓と矢――私のスタンド能力も目覚めさせたものだ――のうち、一本があったらしい。  そして、ディオさんのかつての部下も。 「知らんな」  承太郎さんの話を聞いても、ディオさんは白を切る。私は本当に何も知らないので、黙って話を聞く。 「虹村億泰、虹村形兆の父親。DIO、てめーの部下だ……肉の芽を埋め込まれ、変わり果てた姿となっている」  曰く、虹村という男は。ディオさんが身体を失ってから、肉の芽と融合し、化け物のような姿になっているらしい。 「それで、元凶であるディオさんの力なら元に戻せるかもしれない、ということですか?」 「……ハナから期待しちゃいねーがな」  やれやれだぜ、と承太郎さんはため息をつく。ディオさんは何食わぬ顔で、そっぽを向いていた。あまり興味はなさそうだ。  こんな調子で、ディオさんをこの国に連れてきた意味があったのだろうか。せっかく外に出してもらえたのだ、私としては承太郎さんに報いたいとは思っているのだが。 「それと」  と。そんなことを思っていたら、承太郎さんは衝撃的な発言をした。 「DIO、てめーに隠し子がいる可能性が浮上している……この国の話じゃねーがな」 「えっ」 「ほほう?」  私が絶句する中、ディオさんは興味を引かれたようで承太郎さんの方を見る。そして彼は、不敵に言った。 「フフ……あまり期待はしていなかったが。このDIOの子ならば、天国への道標にもなるやもしれんな」 「てめー……何を企んでやがる」 「何のことだ? おれは今、このような姿……きさまが危惧するようなことなど何も起こしはしない」  そう言いつつもディオさんは余裕そうな表情を見せている。彼はまだ目的のために諦めていない……ということか。その目的が何なのかは、私は未だに知らないのだが。 「ディオさんの子供……ですか」  なんとも複雑な気持ちである。それがジョジョさんの肉体となればなおさらそうだ。  だけど。  ジョセフさんの隠し子に、ディオさんの隠し子。DIOの子ということはつまり、ジョジョさんの血を引いている。承太郎さんにも、幼い娘がいるらしい。  ジョースターの血統は続いていく。ディオさんにとっては忌まわしい事実だったとしても、私にとっては、喜ばしいことだった。  まだ見ぬジョースターの子孫たちの姿を想像し、私は、そっと微笑んだ。  まだ、分からないことは多い。隠し子、弓と矢、肉の芽が暴走したかつての部下、数多くのスタンド使い。それに対し、私たちがどう対応すべきか。これから私たちが、どうなるのかも。やるべきことは多くあるのだろう。だけど。 「まあまあ承太郎さん。ひとまず、明日にしません? 今日くらい、ディオさんとゆっくりしたいです」  まずは、外に出られたという事実を、ディオさんと共に味わいたかった。  異国の地でも、ふたりでいられることを、感じていたかった。 「仕方ねーな……明日からは覚悟しておけ」 「分かっていますよ」  そして私は少女のように駆け出した。承太郎さんの元から離れて、ディオさんと二人きりで。  月の下、海のそば。ディオさんを抱えながら歩く異国の地は、やけに幻想的に感じた。  そして、海際をゆっくり歩く。そうしていると、ふたり並んで歩いているような錯覚を覚える。  実際は、私がディオさんの首をガラスケース越しに抱えながら歩いているのだけど。  波の音が、静かに響く。 「ディオさん」 「……何だ」 「私はもう、……あなたのことは、怖くないですから」  そして私は静かに目を閉じる。腕の中のディオさんは何も言わなかったが、小さく笑った気がした。  私たちの百年の月日に、終わりは来ない。  こうして二人、永遠を共にすることができるだろう。  もう私の淹れた紅茶は飲んでもらえないけど、それでも。  百年後のその先まで。 「ディオさん。私はあなたのことを、永遠に愛します」  私がこう言っても、ディオさんはいつも、何も言わない。 「ナマエ」  ただ、私の名前を呼ぶだけ。穏やかに、愛を錯覚する、そんな声色で。  それだけで、充分だった。 「ナマエ。おれは――永遠を生きる。おまえも、おれと共に永遠を生きると言うのなら……好きにするといい」 「はい。ずっと一緒ですよ、ディオさん」  もう、何も怖くない。だから私は、永遠の生を歩み続ける。  私の大事な人たちと共に。  願わくばそれは、世界が滅ぶその日まで。

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