「まだ日は落ちていない……DIOの肉体、否、ジョナサンおじいさんの肉体を、外に出そう。……百年越しに、太陽の光を浴びせてやろう……」 そしてジョセフさん、承太郎さん、その仲間たちは。ジョジョさんの肉体を太陽の元へ晒した。 ジョースターの末裔が見守る中。夕日の下でジョジョさんの肉体は塵となり、カイロの空へと飛び立っていったらしい。 日光の元に出られない私は、それを見守ることはできなかったけど。でも、これで良かったのだと思う。寂しい気持ちはあるが、それでも。 百年前のあるべき姿に、戻ってきただけなのだから。 ようやく、ジョジョさんの肉体を、返すことができた。ジョースターの血統に、エリナさんに、スピードワゴンさんに、……ジョースター卿に。 「ジョジョさん……」 彼らは何と言うだろう。決して、許してはもらえないだろうけれど。 「このDIOが……このDIOがッ……! 永遠を生き、望む場所に行くべきこのDIOが、再びこのような情けなき姿になるなど……!」 ジョジョさんの肉体が外に出され、塵になっただろう頃から、首だけになったディオさんは攻撃の手を止めていた。そして、歯噛みしている。 だが、抜け目なく観察している。何か隙はないか、と。隙があれば、彼はすぐにでも行動を起こすだろう。 「ディオさん」 そうはさせない、と。ディオさんの首を、私はひたすら、抱き締め続けた。 攻撃させないように。 離さないように。 「ずっと一緒ですよ、ディオさん。私はもう、ディオさんを失くしません。ジョジョさんの、ジョースターの血統のことも、死なせません。あなたを、一人にはしません」 そしてひとこと。私は、ずっと言えなかったことを言った。 主人と使用人の、最後の一線を、超えた。 「私はあなたのことを、愛しています」 それから―― まず、ジョセフさんの元に連絡が入った。高熱を出して倒れていた空条ホリィが、先ほど急激に回復したと。あと数日の命という中で、信じられないほど回復したと。 「良かった……!」 安心して歓声を上げるジョースターたちを見つつ、私も安堵する。 ジョジョさんの子孫が誰一人欠けることなく生き残ったことへの喜びと、そして。 ……空条ホリィの命が助かり、仲間たちも誰も欠けず、DIOを無力化し、ジョジョさんの肉体もジョースターの子孫に『返した』今となっては。彼らがディオさんの命を積極的に奪う必要性が、かなり薄くなったから。 そして私とディオさんは、スピードワゴン財団の輸送車で運ばれることに決まった。 身体を失くしたディオさんは、スタンドも充分に出せない。そして私は、抵抗しない。少々手間取ったものの、スピードワゴン財団の技術力は高く、ディオさんの血管針攻撃や目から放つ体液の攻撃くらいは難なく凌げるガラスケースの中に、ディオさんは入れられた。 ディオさんが、先に運ばれることになる直前。私は、ガラスケースの中のディオさんと引き離される。私は彼のことを見つめ続けていたが、ディオさんはもう、こちらを見なかった。 これからの私たちの処遇がどうなるかは、まだ分からない。 だけど、これで良かったのだと思う。私と彼が生きている限りは、再び会うこともあるだろう。 今回の私は、それを素直に信じることができた。 百年前のようには、もうならないだろう、と。 ディオさんの脅威がなくなった以上、一番の脅威はヴァニラ・アイスだろう。万が一のときに盾になるため私は、ジョースターたちとを率いて、全員で警戒態勢を作り、館の中をくまなく探した。 だが、見当たらない。ヴァニラも、館に残っているはずのヌケサクも。 館の中にいたのは、ディオさんの食糧としての女たち(死体も含む)と、ケニーGだけだった。ケニーに幻覚を完全に解除させ、私たちは再び館を探す。 「これは……」 アヴドゥルが気がついた。既に日は落ちていたので、私も見ることができた。 館の外に繋がる壁に、丸い穴が開いていた。 「ヴァニラは……出ていってしまったのかもしれません」 後から分かったことなのだが、ヴァニラは私の知らないところで、ディオさんの手によって吸血鬼となっていたらしい。幻覚に閉じ込められ惑ったヴァニラは、自分が吸血鬼という自覚もなく手当り次第に空間を削り、館の外に出て、太陽の光に当たって塵になってしまったのだろう。ヌケサクも似たようなものなのではないだろうか。 残されたケニーGは状況が理解できないようで目を白黒させていたが、結局、スピードワゴン財団に捕獲されることになった。 心の中で、彼に対してはひっそり謝る。ケニーGのことは、完全に騙してしまっていた。 だけど、ケニーGが普通にDIOの館の刺客としていたとしたら。ジョースターたちに倒され、再起不能になる運命だっただろう。 彼のスタンドは強い。だがパワーはない。 だからこそ私は、ケニーGのことを利用したのだ。ジョースターとは戦わせずに命を助けたということにして、勘弁してもらいたい。それ以上のことは、私は知らない。 「ナマエ」 こうして、一通り全てのことが片付いた。 輸送車に入れられる前の私の名を呼んだのは、ジョジョさんの孫――ジョセフ・ジョースターだった。 その近くには承太郎さんもいる。私は彼らに、ジョースターの子孫たちに向き直った。 「おまえは……本当に、ナマエなのか?」 妙に確信めいた言い回しをするジョセフさん。それに対し、私は静かに返答した。 「ジョセフさん……私のことを、知っているのですか?」 そうなのだろう、とは思っていた。もしかしたら、彼らは私のことを知っているのかもしれない、と。 百年前の私という存在を知り、ジョセフしんに話す可能性がある相手。それはスピードワゴンさんくらいしか考えられない。 「思い出したよ。名前なんて、忘れておったわい。……スピードワゴンのじいさんが昔、教えてくれたんじゃ。生涯をDIOに仕えた、ナマエという女のことを」 スピードワゴンさんが財団を作り、ジョースターの子孫たちと協力している。知識としては知っていたが、実際に聞くと感慨深いものがあった。 「ジョセフさんは……気が付いていたのですね。私のことを」 「もしかしたら、とは思っとった。DIOの念写に度々写る女……ジョナサンおじいさんの肉体が、わしに向かって、何を伝えようとしているのか考えた時にな……」 そしてジョセフさんは目を伏せる。承太郎さんは話には加わってこなかったが、こちらのことを横目で見ていた。 そしてジョセフさんは、顔を上げる。 「わしらは……誰一人として欠けることはなかった。娘の命も、確かに助かった。DIO本人との戦いで、一般人を巻き込むこともなく、奴を無力化させることに成功した……じゃが。ここエジプトに来るまででは、DIOの刺客との戦いで、一般人を巻き込んでしまうこともあった……」 そう、彼らにとって、全てが上手くいったというわけでもないのだろう。 そもそも、誇り高きジョースターの血統のことだ。仲間を危険に晒すこと自体、本当はしたくなかったのかもしれない。 だがジョセフは、しっかり私の目を見て言った。 「じゃが。確かに、返してもらった。帰ってきたとは、言い難いかもしれないが……しかし。DIOの身体となったジョナサンおじいさんの身体は、あんたがいたから返してもらうことができた」 「そうですね。私にできることは、したつもりです。ディオさんが奪ってきたものを、返ってこないものを全てお返しすることはできませんでしたが……それでも」 そして、外を見る。もう既に日は落ちている。このカイロの夜空に、ジョジョさんはいるのだろうか。 エリナさんと、スピードワゴンさんと、仲間たち。そしてジョースター卿と共に、いるのだろうか。 「少なくとも、ジョジョさんの身体は、あなたたちジョースターの一族に弔ってもらうことができました。……そして、ディオさんの首がこうして監視されている状態であれば、あなたがたも、ディオさんを殺す理由はないのではないですか?」 「確かに……吸血鬼の生体については、我々も研究したいところではあるのじゃが」 その言葉にほっとする。空条ホリィの命が助かっても、DIOは倒さなければならないと言われてしまえばどうしようもなかった。 研究のため、だとしても。彼が、私が、生き続けることができること。それだけが大事だった。 生きるために最低限の血液だけは与えられ、もちろんそのために人が死ぬようなことはない。 少なくとも、今は。それで充分だった。 「……それに、わしらは、あんたに借りがある。DIOと真っ向勝負をしていたら、仲間は死んでいたかもしれないし、大勢の一般人を巻き込む危険も確かにあった」 だから私へのその借りを返すために、ディオさんのことを始末しない。そんなニュアンスが込められている。 「じゃが……あんたは、それでいいのか?」 ジョセフさんのその言葉に、思うところがないわけではないけれど。 「私は、ディオさんにも、ジョジョさんの子孫にも、死んでほしくないだけですよ。私の、失ってばかりの人生を……ここで、止めたかったのです」 でも、はっきりと言った。 私にとって大事なその二つを両立させるには、この選択しかなかったから。 「ジョジョさんの子孫は、誰一人欠けずに生きています。ディオさんは、首だけになってしまいましたが――百年前の戦いの時の、あるべき姿に戻っただけです。ジョジョさんとの戦いで、ディオさんは既に、身体を失くしていたのですから」 そう。百年前から、こうであるべきだった。 ディオさんがジョジョさんの肉体を奪うことを、許容すべきではなかった。 ……それでも。 「もう、ディオさんが私に触れることはないこと、ディオさんはもう私の淹れた紅茶を飲むことがないこと。それだけが悲しいです」 ディオさんが肉体を得て、私の前に戻ってきてくれたこと。百年越しに紅茶を飲んでくれたこと。彼に、触れられたこと。……それは確かに、嬉しかったのだ。 「ですが、これでいいのです。私は彼と、永遠に共にいることさえできれば、それでいいのです」 そして、ジョースターの血族が続いていくことを、見守ることができれば。 百年前の、人間を裏切る前の、私の願い。 ジョジョさんとディオさんが、ジョースター家を繁栄させていくことを、ただ見守っていたい。 それは、完全な形では果たされないけれど、それでも。 「私は結局……一度も、『ディオさん』に触れられることは、ありませんでしたから。何も変わりません。何も……」 人間をやめて以来忘れかけていた、罪の意識。こうして全てが終わったことで、思い出しかけていた。 ディオさんの肉体はジョジョさんのものであると知りながら、彼の手に触れられていた。ジョジョさんにも、エリナさんにも、顔向けできない所業。 結局百年前、私はディオさん自身の手に触れられることはなかった。 遠い目をする私に、ジョセフさんは何も言わなかった。ただ、深々と帽子を被り、目を伏せた。 「おい、アマ」 そこで、今まで会話に加わってこなかった承太郎が口を開く。 「先祖の血とやらは、おれたちがてめーや、DIOに再び会うことを知っていた。……てめーらが今までやってきたことは、決して許されねーもんだ」 「そう、ですね」 その通りだ。私は人間のことを裏切っているし、吸血鬼として生きるために大勢の人の命を喰らった。……許されることでは、ないのだ。 「だが。てめーがDIOを討ったから、お袋の命は助かった。……そこについては、礼を言うぜ」 「…………」 何と言えばいいのか分からず、私は黙り込む。結局のところ、それがジョースターの血の出した結論なのではないかと、そう思いながら。 そして、私は。 スピードワゴン財団の輸送車に運ばれた。 これから私たちはどこに行くのか、どうなるのか、全く分からない。 だけど。少なくとも私は生きている。ディオさんも、首だけになっているとはいえ、生きている。 だから。今はこれでいい。 これで。