26.再会

「――おまえは」  ジョセフ・ジョースターが私のことを睨んでいる。  無理もない。私の振る舞いは、吸血鬼の館に囚われて惑う哀れな女には見えないだろう。彼らからすれば、私はただの、館にいる敵のひとり。  彼らからすれば、そう見えるのだろうと思っていたのだが。 「てめー、念写の女だな」 「……念写?」  承太郎のその言葉は予想外だった。  一瞬首を傾げたが、すぐに思い当たる。  ディオさんは、承太郎とジョセフのことをよく念写していた。そのスタンドは本来、ジョジョさんの肉体に発現したものらしい。そして、ジョジョさんの子孫にも、念写の力はあるらしいのだ。  つまり彼らは。ディオさんのことを念写していたのだろう。その際に、私が写り込んだこともあった、ということなのだろうか。 「アヴドゥルさん、ポルナレフ、イギー。一体何をしているんだ? 何故、その女と共にいる? その女は、一体誰なんです?」  私のことが写り込んだ念写の存在を知らないのか、花京院は訝しげにこちらを見ている。  アヴドゥルたちが何か答える前に、私は言った。 「あなたたちにも、お伝えします」  五人と一匹、六枚のカードがこれで全員揃った。 「私はディオさんの味方ですが、あなたたちの敵でもない」  彼らと力を合わせることが、ディオさんを失わずに『世界』を砕く、最後の手段。 「何を言っておるんじゃ? 我々の目的はDIOを倒すこと――君がそれを妨害すると言うのなら、わしらは君を倒すしかない」 「いいえ。あなたたちの最重要の目的は、空条ホリィの命を救うこと、でしょう?」  先祖の名誉を取り戻すこと。  娘の、母の、命を救うこと。  それを、私は。ディオさんを殺さずに果たしてほしい。 「ジョセフ・ジョースター。私は、ディオさんにもあなたたちにも死んでほしくない。もちろん、空条ホリィの命を守った上で」 「不可能だ。DIOを倒さねばホリィの命は助からん。それに、DIOを倒さなくては多くの人間が死ぬ」 「それでも、あなたたちがディオさんと戦っている間、多くの人が巻き込まれて死ぬだろうと、そう思いませんか?」  ディオさんのスタンドの凄まじさは、私がよく知っている。身体能力だって、普通の人間のものではないのだ。  いくら彼らが強かろうと。全く犠牲を出さずに、あの吸血鬼を倒せるとは思えない。  ひとつ、深呼吸をした。 「私の力で、犠牲者は、出しません。ディオさんは無力化させますが、殺しません。あなたたちのことも死なせません。――空条ホリィのことも」 「……そんな方法があるとでも言うのか、てめーは」  承太郎の静かな言葉。その瞳は、私のことを見極めるように鋭い。 「……私が本当に守りたいのは、ディオさんと、ジョースターたちだけです」  私の本心はあくまでそれだ。それ以外の命のことは、重要視していない。……当たり前だ。私は人間をやめてから、人の血を吸って生きてきた。今更人類の味方ぶることはしない。 「だけどあなたたちは、一般人のことも助けたいのでしょう」  それでも。彼らの正義に訴えかけるため、一般人の命だって保証してみせる。これが、彼らと力を合わせる唯一の手段だと思うから。 「あなたたちを死なさず、空条ホリィを死なさず、そしてディオさんを死なさない。一般人も巻き込まない。……私はこの日が来ることを恐れていて、そして、ずっと『待って』いました」  私がずっと、もしかしたら百年前から、待ち続けていた終着点。  終わりは、近い。 「……あなたたちを、ディオ・ブランドーに会わせます。ヴァニラとあなたたちは戦わせません。ただ、私がディオさんに近付いたとしても、あなたたちは私には手出しするなと……それだけ、忠告したかったのです」  束の間の沈黙。私は彼らを攻撃しないし、彼らも私は攻撃しない。私は彼らをディオさんの元へ連れて行く。彼らがディオさんと出会ってからも、彼らは私には関わらない。  彼らと結ぶべき協定はこれだけだ。あとは私が、やるべきことをやるだけ。  少しの沈黙のあと、ジョセフが何かに気がついたように目を見開いた。 「おまえは、まさか、やはり――」  気付いただろうか。知っているのだろうか。私が百年前から、ディオさんに仕えている女であることを。  老いたスピードワゴンさんと若い頃のジョセフ・ジョースターは、面識がある可能性が高い。ならばスピードワゴンさんは、ジョセフ・ジョースターに話しただろうか。  彼は、ジョナサン・ジョースターの孫は、気付いただろうか。  ジョースターの命とディオさんの命をどちらも失わせまいとする、女の正体を。 「おい、アマ」  承太郎が私に声をかける。精悍な顔に浮かべた表情は仏頂面で、感情は読み取りにくい。 「おれはDIOのヤローを許すつもりはねぇ。てめーが何を企んでいるのかは知らねーが、おれはヤツを全力で潰すぜ」  彼ははっきりと言う。何者にも口を出させないような、そんな口ぶりで。 「……ただ、おれたちはてめーに手は出さねえ。それでいいな」  それが、何故か、ジョジョさんを思わされる意思の強さを感じた。  私は微笑んだ。 「それでもいいですよ。その前に、片を付けますから」  承太郎の言葉もあってか、私がディオさんの元へ連れて行くことを、彼らはひとまず信用したらしい。  無言で、ただ歩く。誰かと遭遇することもあるかと思ったが、そういうわけもなく。ディオさんが眠る場所の元へ。 「ディオさんのお部屋は……ここです」  そして立ち止まる。あまり近付くと、ディオさんの射程内に入ってしまう。それはまだ、避けなければ。 「私は一旦、ここで姿を消します。……心配しないでください、あなたたちに危害は加えません」  彼らの顔を見渡す。五人と一匹は、それぞれ想いを抱え、この場に立っているのだろう。 「もし、ディオさんに私――ナマエの所在を問われた場合、死んだということにしてください。あなたたちに倒された、と」  私の名を聞いた途端、ジョセフが少しだけ反応したが、彼は結局何も言わなかった。 「てめー、何をする気だ?」  承太郎の静かな言葉に、私は答えた。 「全てを終わらせる気、ですよ」  そう、これで。  全てが終わる。  そして私は姿を消した。『メルセゲル女神』の能力で。タロットでもエジプト九栄神でもない、最後のカードで。  五人と一匹は姿を消した私を訝しんでいるようではあったが、私を追おうとはしなかった。ただ、ディオさんの待つ部屋へと、突入し始める。  私はそれを、姿を隠しながらも、しっかりと見送った。  いよいよだ。  私は全てを、終わらせる。  誰も死なさずに。