三名。正確に言えば二名と一匹は、警戒しながら館に突入した。 慎重に館に突入した彼らの前に、陽の光が届かなくなった頃。私は姿を表した。 「こんにちは、ジョースター御一行。ジョセフさんと、承太郎さん、花京院さんは、テレンスが相手していますね」 褐色のエジプト人、銀髪のフランス人、ボストンテリアの犬。アヴドゥルとポルナレフ、犬のイギーが、そこにいた。 緊張感が場に広がる。一触即発の空気の中で、銀髪の男、ポルナレフが凄んできた。 「テメーが次の敵か……とっととDIOに会わせな」 怒りと覚悟が込められたその言葉に、思わず圧倒されそうになる。 だけど。ここの行動を間違えれば、私の目的は果たされないのだ。 私は、彼らと敵対したいわけではない。 「そうですね。私の言うことを聞いてくださるのなら、ディオさんに会っていただきます」 私はできるだけ冷静になって、その言葉を発した。静かに、できるだけ堂々と。 彼らは私の言葉に、怪訝そうな顔を見せる。そんな彼らに、私は告げた。 「私は確かに、ディオさんの味方です。ですが、あなたがたの敵とも限りません」 だがポルナレフは、私の言葉が気に入らなかったらしい。 「テメー……頭にクソでも詰まってんのか? おれたちがDIOの味方を名乗るヤローと、仲良しこよしできるわけねーだろ、このタコがッ」 「待てポルナレフ。情報を聞き出せるようなら、聞き出したい」 今にも掴みかかりそうなポルナレフをアヴドゥルが静止した。だがアヴドゥルの表情はこちらの様子を抜け目なく観察していたし、イギーは警戒心丸出しでこちらを睨んでいる。 あくまで、油断はできない。 そっと、深呼吸をした。 「私は、ジョースターのことも、あなたたちのことも、ディオさんのことも。死なさない道を選びました。そのために、私の言うことを聞いてほしいのです」 この取引がそう簡単に上手く行かないだろうということは、最初から分かっている。だけど、やらなければならないことだ。 果たさねばならないことだ。 「君が、我々の命を守ると言うのか? そのために、君の話を聞けと?」 「その通りです」 「……君の、意図が分からないが。残念だがそれはできない。仮に、君の言うとおり、我々の命が守られたとして。DIOを倒さない限り、ホリィさんの命を救うことができない。君がDIOを庇うと言うのなら――わたしたちは、全力で君を攻撃する」 確かに、このアヴドゥルの言うことは、どこまでも正論である。DIOが死なない限り、空条ホリィの命はない。本当ならその通りだ。 ただ、私は。ディオさんも、空条ホリィも、どちらも死なさない方法を。その方法を取ろうとしているのだ。 「では、これはどうでしょう。――私は黙って、あなたたちを無事にディオさんの元に連れて行くことを約束します。その代わり、あなたたちも、私の邪魔はしないでほしいのです」 イギーが唸り声を上げた。ふざけるな、と言っているのかもしれない。 できるだけ、誠実な気持ちを込めて私は言う。 「私は、あなたたちに危害は与えません。それは約束します」 「おれたちにそれを信じろと? ドス黒い世界にいるてめーが、何言ってやがるッ」 「そうかもしれませんね」 ポルナレフの強い言葉に、反論できるはずもない。ディオさんに付いた時点で、人間をやめた時点で、私は白の光の中には戻れない。 それでも。 「ただ、私は……ジョジョさんの子孫たちの命を守りたいと思っている。それは、確かなのです」 その気持ちだけは、揺らがない。 「……ポルナレフ。彼女は本当に、我々に危害を与える気は無いのかもしれない」 少しの沈黙のあと、アヴドゥルが口を開いた。ポルナレフは、即座に反応する。 「アヴドゥル、何言ってやがる!」 「落ち着け。わたしも、彼女のことを完全に信用したわけではない」 その言葉の通り、アヴドゥルも警戒を解いたわけではないようだ。私が何か変な動きをすれば、即座に攻撃されるだろう。 だけど。話を聞いてくれるだけで、充分ありがたい。 「ありがとうございます。もし私が怪しい動きをしたのなら、攻撃しても結構ですので、……移動しながら話しても良いですか?」 アヴドゥルは頷く。イギーは変わらず私のことを睨み続けている。だが、攻撃はしてこない。ポルナレフも、渋々といった様子で、頷いた。 今のところ、悪くない。 「まずはあなたたちを、ジョセフさん、承太郎さん、花京院さんの元に案内します。館の者には幻覚は見えませんから」 「この幻覚を見せているのは、君か?」 「いいえ。私のものではありません。だから、私を倒しても、幻覚が解けることはありません」 「……ならば何故、君は我々を案内する?」 「ディオさんと対峙するには、全員揃っていてほしいのですよ。……次の敵に会わないように、気を付けながら」 テレンスはどうなっただろう。できればジョースターたちが勝っていてほしい。仮にテレンスが勝っても、それからテレンスに勝てば、彼らの魂を取り戻す術はあるが。 本当に問題なのはヴァニラ・アイスの方である。彼は今、どこにいるのか―― 「順番に話しましょうか。ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、花京院典明はテレンスが相手しています。……先ほど彼はこう名乗りませんでしたか? 自分は、あなたがたに再起不能にされたダービーの、弟だと」 「……確かに。そう言っていたが」 「テレンス・D・ダービーが勝ったとしても、承太郎さんたちは死ぬわけではない……魂を抜き取られるだけ。その後、すぐにテレンスに勝てば、彼らは生き返る。ダニエル・J・ダービーに勝ったあなたたちなら、知っていると思いますが」 ダニエルに勝った彼らなら、テレンスに勝っているのではないだろうか、と思うのは希望的観測でしかないが。それでも、ジョースターたちは誰ひとり欠けることなくこの館に到着するという実績を持っている。それは確かだ。 だが、そんな彼らにおいても。ヴァニラ・アイスやDIOという存在に、犠牲なく勝てるとは思えなかった。それだけ彼らが強大ということは、……私が、よく知っている。 「それより……次の敵は、おそらく、誰かが死にます。どちらが勝つとしても。……私にはそれが耐えられない。ディオさんも、ジョースターのことも。私は、もう見捨てたくないのです」 思い出されるのは百年前のあの日。 人間としての私は、孤独なまま死んでいった。 「……理解できねーな。オメー、ディオのヤローに味方しておきながら、何ジョースターさん達にも味方するようなこと言ってんだ?」 「それは。機会があれば、また話します」 ポルナレフは怪訝な顔を見せる。 だが百年前の話は、少なくとも今はするつもりはない。重要なのは、彼らの力を借りることだけだ。 それよりも。移動の途中で、まず私は合図をする。 「ケニー。そろそろ、お願いします」 ある壁の裏をノックする。幻覚の中にいるアヴドゥルたちには見えていないだろうが、私は、壁の裏にいるケニーにそう言った。 終わりに向けた、合図を。 「今、何をしたんだ?」 怪訝そうなポルナレフに、私は微笑む。 「次の敵を閉じ込める、時間稼ぎです」 そう。私は、ケニーGを言いくるめ、協力関係を結んだ。 『ジョースターたちが屋敷に侵入してきたときに、ヴァニラ・アイスに対して幻術を使ってほしい』ということを。 ヴァニラ・アイスに不信を感じていた、蹴落としたいと思っていたケニーは、私の言うことを聞いた。 彼の、『幻覚を見せるスタンド』。それでヴァニラ・アイスを幻覚の中に閉じ込め、無効化する。その間に私が侵入者を倒し、私とケニーGとで手柄を山分けにする。 そんな妄言を、ケニーGは信じた。 ケニーGにはこう伝えている――侵入者のことは、私が油断させて始末すると。ケニーGの幻覚と私の能力を合わせて、侵入者を殺すと。ヴァニラ・アイスには手を出させず、侵入者を始末したという手柄を二人で分けるのだと。 嘘っぱちなのだが。 『クリーム』と『ティナー・サックス』という、タロットカードでもエジプト九栄神でもない、イレギュラーなカード。それを私は、ジョースターとDIOの戦いの演出から外す。 歩きながら、私は軽く説明する。ケニーにはもう、私たちの会話は聞こえないだろう。 「次の敵。おそらく、ディオさんの次に恐ろしい敵です。ヴァニラ・アイス――彼のことを、幻覚の中に閉じ込める」 そして戦いが終わったあと、幻覚に取り込まれているヴァニラを、不意をついて私が倒す。私のスタンドで。 「ヴァニラ・アイスはディオさんに任された以上、ディオさんのいる場所には行かずに、あなたたちを始末しようと探すでしょう。だから私たちは、幻覚に取り込まれたヴァニラに見つからないうちに、ジョセフ・ジョースターたちと合流して、ディオさんの元へ行きます」 百パーセントの保証があるわけではないが。それでも、そうするしか道はない。ジョースターのことを殺さずに、ディオさんの元へ送り届ける。そして―― 「……君の言い分は分かった」 アヴドゥルは静かに言う。 「君が我々を、ジョースターさんたちの元へ無事に案内するようであれば。わたしは一度、君のことを信じることにしよう」 「アヴドゥルッ」 ポルナレフは反対したが、それでも先ほどよりは強い反発ではない。イギーはただ不機嫌そうな顔で歩いている。 「……ありがとうございます、皆さん」 私はただ、頭を下げる。 私の目的のため、彼らは、絶対不可欠だ。 それから。上手くヴァニラを幻覚に取り込めたのだろう、彼の襲撃なしに、私たちはワイン蔵に辿り着いた。テレンスはこの辺りにいるはずだが――と。 少し見回したら、テレンスが倒れているのが見つかった。負傷はしているが死んではいない。だが、この様子なら。……ジョースターたちが、テレンスに勝利したのだろう。 良かった。ここからテレンスと戦い、コインを奪い返すようなことにはならなかった。そうなれば、大幅に時間をロスすることになっていた。 「急ぎましょう。まだ、ジョースターたちは、近くにいると思います」 そして私は向かう。 ジョースターの血統の方へ。 そして。少し歩いたところで、私たちは彼らに遭遇した。 ジョセフ、承太郎、花京院。彼ら三人はアヴドゥル、ポルナレフ、イギーに気付き、声をかけようとした――が。そこに私の姿を認めたことで、表情を固くする。彼らは立ち止まり、私が近付く姿を、警戒しながらじっと見ていた。 それに対し。私はただ。恭しく礼をした。 「初めまして、ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、花京院典明さんも」 そしてお久しぶりです、ジョースターの血統。 「どうか――私に力を貸してください」 ジョナサン・ジョースターの血筋のことも。 ディオさんのことも。 どちらも、失わないために。