私はいつもの通り、ディオさんに紅茶を淹れる。もしかしたら、これで最後になってしまうのかもしれないと、そう思いながら。 「……フフ。百年前から変わらない、ナマエの紅茶だな」 彼はそう言って笑う。それが穏やかなように見えるのは、錯覚ではないと、そう思いたい。 「ジョースターたちを倒したら……ナマエ。そのときはまた一杯、貰おうか」 百年前からあなたに淹れ続けていた紅茶を。百年後も紅茶をあなたに。 「はい。ディオさんの望むがままに」 忠誠の言葉の中に、ほんのちょっぴり、嘘を混ぜた。 ――ジョースターたちが、カイロに到着した。彼らが旅立って、もうすぐ五十日。 『オシリス神』ダービー兄、ダニエル。心神喪失により再起不能。『皇帝』ホル・ホースと『トト神』ボインゴも敗れた。 そして。館の番鳥、『ホルス神』ペット・ショップが、イギーと思わしき犬を追いかけていったらしいという話を聞いた。 残りのスタンド使いは、数少ない。 『アトゥム神』テレンス、『ティナー・サックス』ケニーG、『クリーム』ヴァニラ・アイス。 そして、『メルセゲル女神』の私、ナマエ。 早ければ、明日には。ジョースターたちはこの館に到着する。 ジョセフ・ジョースターも、空条承太郎も、今のところ無事だ。 そして。空条ホリィの命は、あと数日というところまで迫っている。 ジョジョさんの。ジョナサン・ジョースターの子孫たちと、再び相見える。その事実に、奇妙な高揚感を覚えた。 「ナマエ、来い」 そして、その日の夜。決戦の前の、最後の夜。 私は、ディオさんと共にベッドの上にいた。 この行為自体は、何度も繰り返したことだけど。それでも、今までやらなかったことがある。 「ディオさん――」 私はディオさんの顔に手を伸ばす。両手を、彼の頬にそっと添える。 そして。目を瞑り、自分からディオさんに口付けた。 ディオさんの息遣いを感じる。気配を。多少の動揺。それでも私は、こうしていたかった。抑えつけていた想いを、解き放つように。 決戦の日が来るまでの、いつも過ごしたいた今までの日々の、最後の夜だから。 「――何のつもりだ?」 離れたあとで、訝しげな顔をしてディオさんは言う。 私はずっと受け身で、命令された通りのこととしての口付けは、してきたけれど。 今、この瞬間。初めて口付けをしたような、そんな気分だった。 「好きにしろ、と言ってくれたので」 それはまるで、初めての恋みたいだった。 唇に。顔に。頬に。髪に。瞼に。自分から触れる。口付ける。この日々の終わりを想いながら。 「ナマエ」 ディオさんは私の名を呼ぶ。多くは語らない。美しい瞳が私を見つめる。見つめ返す。 私に触れる。触れ合う。求め合う。私に自らの存在を刻みつけるように。目を瞑ってみても、ディオさんが何をしているのか、私には手に取るように分かる。 そして、再び口付け。 罪のような、罰のような。愛のような恋のような。自らに受ける感覚と、感情を、全て受け入れる。 「私は……」 彼の体温を感じる。首筋の繋ぎ目を、指でそっとなぞる。 「もうあなたを、失いたくないんです」 うわ言のように言った。 ディオさんのことを、ジョジョさんの子孫たちのことを。 「ナマエ、おれは永遠を生きる。おまえがおれを失う日など、二度と来ない」 眠りに落ちる寸前、私は、その言葉を聞いた気がした。 そして、目が覚めた。 ディオさんはまだ眠っている。気だるい身体を起こして、ディオさんの姿をじっと見る。 終わりの日が、始まってしまう。決戦が始まってしまう。こんな時間を過ごすことができるのも、きっと――これで最後だ。 私にとっては、確かに幸せだった、この日々も。きっと、今日で終わりだ。 「ディオさん」 何か想いを告げようか、と思い、やがて首を振った。 これは今言うことではない。決戦のその時まで、私はあくまで、主人に忠実な使用人でなければならない。私の口から出る言葉は、主人への忠誠心の誓いの言葉以外はありえない。 「私は使用人です。あなたに仕えます。だからあなたを一人にはしません。これからも、ずっと」 口付けを交わしても、身体を重ねても、その一線だけは超えるつもりはない。 今はまだ。 ディオさんはまだ眠っている。その金の髪にさらりと触れながら、ふと、首筋の星に目を遣った。 「ジョジョさん……」 そして、こっそりと呟く。 ジョジョさん。私が死に関与した人。ディオさんに仕え続けることを決意した結果、私はかつての主人も、その時の主人もどちらも失った。 だから、今は。現在の主人も、かつての主人も、どちらも失わないように。 ディオさんも、ジョジョさんの子孫たちも失うことのない道を掴み取ることができるように、と。 ジョジョさん。許してとは言わないけれど。私はあなたの子孫も、ディオさんのことも、失いませんから。だから、せめて、見守っていて。 この部屋に太陽の光は届かないが、それでも分かる。今は、輝く太陽が上っているはずだ。 そして。もうすぐ、彼の子孫が来る。 ジョナサン・ジョースターの子孫たちが、ここに。