22.百年の変化

 ジョースターたちがエジプトに上陸してからしばらくが経った。空を飛び、海を越え、陸地を旅し。  死んだと思われていたモハメド・アヴドゥルに、愚者のカードを持つ犬のスタンド使いであるイギーも加え。五人と一匹のスタンド使いはこちらに向かって来ている。  恋人、太陽、死神13、審判、女教皇。  二十二枚のタロットカードは、ほとんどが出尽くした。そのため、今度はエジプト九栄神が、ジョースターたちを出迎えていた。ゲブ神、クヌム神、トト神、アヌビス神、バステト女神、セト神。ンドゥールが情報を渡してしまう前に自害したという知らせに思うところはあれど、空条承太郎もジョセフ・ジョースターも無事にエジプトに辿り着いていたことに、安堵していた。  そして。私たちは、拠点となる館を移動していた。  ディオさんの様子は、あまり変わらない。  ただ、スピードワゴン財団に私たちが潜伏している私の場所が掴まれている可能性があったため、拠点を移すことにした。  それでも。彼はエジプトから、カイロから出るつもりはないらしい。あくまで彼らが辿り着くというのなら、迎え撃つつもりで。今は少々時間稼ぎをしたいだけ、とのことだ。  だが彼は。こうも言っていた。 「ジョナサンの身体を奪って百年――地上に戻ってから四年。なかなか馴染まなかったこの肉体も――もうすぐ、馴染もうとしている。あと数日分の血を吸えば、といったところか」  私としては、ジョジョさんの身体が完全に馴染む前に、ジョースターたちにこの館に辿り着いてほしかったが。  空条ホリィの命のタイムリミットも、着実に近付いている。  終わりの日は、近い。  新たな拠点とした古めかしい館は、しばらく放置されていたのか、かなり埃が積もっている。蜘蛛の巣が張っていた書庫を掃除しようと扉を開いたら、帽子を被った男とすれ違った。彼は私に気が付いた様子もなく、ふらふらと外に出て行った。  確か……ホル・ホースか。何度かジョースターたちに挑み、逃げ帰ってきたが、再起不能にならなかった皇帝。何をしていたのだろう。かなり、冷や汗をかいていたようだったが―― 「ナマエ」  と。ホル・ホースに気を取られていると、書庫の中から聞き慣れた声が聞こえ、思わず息を呑む。 「……ディオさん。いらしたのですね」  そして、息を吐く。ディオさんがここにいると予想していなかったので思わず驚いてしまったが、彼は闇の中で、何か書籍を手にしていた。 「今からこの書庫を掃除しようと思っていましたが。お邪魔でしたか?」 「いや……良い。気にするな。それよりも、ナマエ」  そして彼は本を閉じる。そしてそのまま、ニヤリと笑った。 「夜になったら出かけるぞ」  その言葉に、私はただ頷く。特に行き先等は告げられなかったが、なんとなく予感するものはあった。  それは、百年前に、初めてディオさんに街に連れられた時の記憶だった。  そして、その日の夜。私たちは、夜の街のバーに行くことになる。  改めて考えると、奇妙な気分だった。吸血鬼と言われる私たちが、人間に混じってお酒を飲んでいること。 「こうしていると、私たちもただの人間みたいですよね」  ワインを口にしながら、そんなことを言う。人間に紛れ、人間の真似事をする。百年前に戻ったみたいだ。 「フン。ナマエ、おまえは人間だった頃から、何も変わっていないがな」 「……そうでしょうか?」  首を傾げる。今の私は、『食事』のために人間を食い殺すことに何の躊躇もない。人間だった頃の私は、基本的には主人のことのみを考えていたにせよ、自分の手で人間を殺すとなれば流石に躊躇していただろうと思うが。  ディオさんは。私の何を見て、何も変わらないと言ったのだろう。  そう思いつつも、私は、ディオさんの変化について考えてみる。百年前の、人間だった頃のディオさんの記憶を。 「それなら、ディオさんは変わりましたね。確か百年前のディオさんは、お酒を飲んでいるときに、『飲まないとやっていられない』と言っていました」  酔っているのだろうか。私は普段なら言わないようなことを言って、思わずくすくす笑ってしまう。懐かしい記憶だ。 「……フフ。百年前のわたしは若かった、ということかな。人間だった頃のわたしには……限界があった」  そしてディオさんはワイングラスに口を付ける。その動きは、とても優雅だ。百年前にブランデーを飲み干して酩酊していたことが、信じられなくなるくらいだ。  ディオさんは、変わった……ように思える。それは、人間を止めるという強大な力を手に入れたからなのだろうか。それとも、百年の月日がもたらしたものなのだろうか。  百年間、孤独に海の底で沈んでいたときの―― 「私が百年……死んでいる、間に。ディオさんは百年間、海の底に居たのですよね。ひとりきりで……」  そして、ぽつりと口にする。  想像する。ジョジョさんの身体を奪い、棺の中で一人きり、暗闇を漂うディオさんの姿。  百年前の私は、ディオさんを一人にしないという理由で彼に仕えたのに。結局私は、ディオさんを一人きりにしてしまった。 「ディオさん。私はあなたを、もう一人きりにはしません。……今回の戦いが、終わった後も」  戦い。そうだ。きっと、これが最後の戦い。どのような形で戦いに決着が着くにせよ、私は。彼の側にいる。  ディオさんと、共にある。 「……そうか」  彼は眉を顰めたが、それ以上何も言わなかった。ただ、ワイングラスに入ったワインを、優雅に飲み干した。  一通り酒を味わった後に、館に戻ろうと店を出る。その帰路の途中、ディオさんが唐突に呟いた。 「犬が……いるな」 「犬?」  辺りを見回してみる。人間以外の動物がいるようには見えなかったが。  と。私が辺りを見回している、そのとき。  ディオさんの姿が、消えた。 「……ディオさん?」  しばらく、きょろきょろとしていると。いた。路地裏から、ディオさんが出てきた。  吸血鬼の瞳で目を凝らす。路地裏には確かに、スピードワゴン財団の制服を着た男が、無残な姿で転がっていた。 「もしかして、付けられていたんですか?」 「そのようだな。コソコソ逃げ隠れるつもりもないが、館の位置を再び特定されては厄介だ。探る犬は、始末せねばな」  男の血は不味い、と言いながら、ディオさんは舌打ちする。そんな彼を見ながら、私は密かに考え込んでいた。  ……前にも、こんなことがあった。ディオさんが、いつの間にか、私の側から離れていること。ずっと隣にいたのだから、私から離れる瞬間があったとしたら、見逃すはずもないのに。  それについて、私はこう結論付けた。ディオさんは、どのような理屈かは分からないが――非常に早く動くことができる。  彼のスタンド能力の詳細は、未だに分からないけれど。それだけ分かっていれば充分ではないか、とも思う。  ディオさんもジョースターも失わないために。『世界』に歯向かうことは、どうしても必要なのだから。