21.もしも私が死んだら

 エンヤ婆が死んだ。  それは、ジョースターたちがこのエジプトへ向かい始めてから、三週間ほど経ったときのことだった。  ジョースターを倒すために、派遣されたスタンド使いたち。塔、月、力、悪魔、節制、皇帝、吊られた男、女帝、運命の車輪。彼らは一部を除いて再起不能になり、そして、スタンド使いを送り込んだエンヤ婆――『正義』も破れた。  法王と戦車、花京院典明とJ=P・ポルナレフは肉の芽を抜かれ、ジョースターの仲間になっている。ジョースターの仲間のひとり、魔術師のスタンドを持つモハメド・アヴドゥルは、エンヤ婆の息子、吊られた男のJ・ガイルに刺され、死亡したらしい。  そして現在。鋼入りのダンという、恋人のカードを持つ男が、ディオさんの命令に従ってエンヤ婆を始末したのだ。その事実に私は、少し心が重くなった気がした。  事実上側近であり、ディオさんの計画という意味では、私よりもディオさんに精通していたエンヤ婆。  そんな彼女のことも、ディオさんは信用していない――  そんなことを思わされる訃報だった。 「浮かない顔だな」 「……えっ?」  ディオさんの部屋。彼が『食事』をした後の部屋を片付け終えて少し休んでいる途中に、ディオさんにそう声をかけられた。  無意識だった。そんなに、浮かない顔をしているように見えたのだろうか? 「ナマエ。まさかおまえが、エンヤ婆の死を気にしているということもあるまい?」  彼は鼻で笑った。だが抜け目なく、その瞳は私の表情を窺っている。 「……そうですね。私にとっての全ては、ディオさんですから」  慎重に答えた。  実際、私はエンヤ婆の死そのものを気に病んでいるというわけではないのだと思う。ディオさんの部下が次々と再起不能になり、場合によっては死亡したという話を聞いても、今までは全く気にしていなかった。私は、ジョースターの二人がこの館に無事に辿り着くことを祈っている。それ以外はそこまで気にならない。エンヤ婆が死のうが、ジョースターの同行者であるモハメド・アヴドゥルが死のうが。  私にとっての大事な人は、私の主人であるディオさんと、かつての主人の子孫であるジョースターたちだけだ。それ以外の人類なんて、百年前から既に裏切っている。 「ただ……エンヤ婆ともう話すことがないというのは、そうですね、少し寂しいのかもしれません」  だが、これもまた本音だ。この館に住み込みでディオさんに仕えていて、時には顔を合わせて話すこともあったエンヤ婆。ディオさんの近くで仕えていた者同士、通ずるものも、もしかしたらあったのかもしれない。  悲しくはない。ただ、ほんの少しだけ、寂しい。 「……フン」  その答えに納得したのだろうか。ディオさんは、何も言わなかった。 「ディオさんは――」  沈黙に耐えきれなかった私は思わず、口を開いてしまう。エンヤ婆の訃報を聞いてから、どうしてもディオさんに聞きたかった言葉。  だがすんでのところで、やはり口を噤んだ。 「……いえ、なんでもないです。失礼しました」  こう言いながら、我ながら中途半端な態度を取ってしまった、と反省する。  こんなことを、ディオさんに聞いてどうすると言うのだ。都合のいい答えを求めているのではないか。出過ぎた望みを持ってしまっているのではないか。  どうしても知りたい、だが、答えを聞くべきではない問いだ。 『もし私が役に立たなくなったときに、あなたは私を殺しますか』  なんて。そんなこと、私が知るべきではないのだ。 「ナマエ」  そんな私の内心を察したのだろうか。ちらりと、彼は視線を寄越す。 「……何でしょう?」 「おれが、わざわざ百年前の世界から蘇らせたのは、おまえだけだ」  その言葉に思わず目を瞬かせた。確かな事実。だがそれは、何を意味しているのだろうか。 「フン……その意味をどう取るかは、ナマエ、おまえの勝手だがな」  だがディオさんは説明しない。だから私は、自分で考えるしかない。――ディオさんが、私だけを蘇らせた意味を。  分かっている。分かっているはずだ。ディオさんが百年前の存在を蘇らせたのは、私が特別だからなんかじゃない。  ジョジョさんの子孫という、因縁深い相手の発覚。ディオさんが私を蘇らせたのは、百年前に忠実に仕え続けた存在を味方につけてスタンド使いにして、ジョースターたちを始末する手助けをするため。それ以上の意味はない、はずだ。 『わざわざ百年前から蘇らせたのは、おまえだけだ』  それなのに。期待させるようなことを言う。  カリスマ性――彼に私が必要だと錯覚させる、巧みな話術。  狡い人だ。私なんかがいなくても、ディオさんには何も問題ないだろうに。 「……紅茶、持ってきますね」  結局、私が言ったのはそんな言葉。使用人として仕える、いつもの行動。 「ああ。好きにしろ。そして、このDIOの側にいろ」  部屋から出る私にそんな声がかかる。はしたないが、キッチンに向かうまで、少し小走りしてしまった。  彼の言葉を思い出しながら、静かな決意を固める。  少なくとも。私が生きて、彼に忠実に仕えている限りは。私がディオさんに始末されることはないだろう。  エンヤ婆のことを思い返す。ジョセフ・ジョースターのスタンドにより彼女の情報をジョースターたちに渡してしまう前に、ディオさんによって始末されてしまった哀れな老婆。  言い換えれば。彼女がディオさんに始末された理由は、ある意味では私よりもディオさんの情報を知っていたからなのだ。  そう思えば、私はディオさんに情報を与えられていない。私が彼の部下と関わることすら、彼は良しとしていないように思う。  もしかしたら。ディオさんが、万が一のときに私を始末したくないから、彼は私に情報を与えていないのかもしれない――なんて。どうだろう。  それは単なる考えすぎであり、自惚れかもしれないけれど。