少しずつ。少しずつ、見えてきている。 私にできること。私のやるべきこと。 ジョースターもディオさんも、どちらも失わない方法を。そして、ディオさんを、決してひとりにはしない方法を。 それがたとえ、誰かにとって残酷な結末に繋がったとしても。 ディオさんに釘を刺されてから、しばらくが経った。私が百年後の世界で目覚めてからは、もうすぐ一年が経とうとしている。 あれから私は、目立つ行動は控えていた。使用人としての仕事、本を読むこと。ディオさんの側に控えること。 それ以外の行動は極力しない。館にいる彼の部下と時折接触はするが、基本的に当たり障りのない会話しかしなかった。 それでいい。目的のために必要なことは、ほぼ終えている。あとは、考え続けることだけだ。 「ディオさん、紅茶をお持ちしました」 そして私は、今日もディオさんの側に控えている。 百年前から変わらない味の紅茶を淹れて。 「……? ディオさん?」 と思ったが。扉をノックして部屋に入っても、ディオさんの姿はなかった。紅茶を淹れるよう指示したのは、ディオさんなのに。どこに行ったのだろう? ひとまず、書斎机に紅茶を置いておこう、と。積み上がった本を寄せると、何かが書き込まれた一冊のノートがあった。 日記……だろうか。そういえばディオさんは時折、何かを書いていることがある。もちろん、中身を読んだことはないが。 この日記に、私のことは書いているのだろうか? 「何か探しものか? ナマエ」 「……っ!」 唐突に後ろから低い声が聞こえ、思わず飛び上がる。 そこには、当然――ディオさんがいた。そして彼は、いつの間にか私の手からティーカップを取り、その手に持っていた。 いつの間に。そう思いつつ、私はディオさんに返答する。 「い、いえ……。ディオさんの姿が見えないなと、そう思っていただけです」 「フフ……それは、おまえが出来ることだろう?」 確かに。姿を消し、唐突に姿を現すことができるのは、むしろ私のスタンド能力だ。 だがディオさんの力は違う。私が持っていたトレイからも、いつの間にか紅茶を手にしていた――それが、ディオさんのスタンドのポイントなのではないか。 だが、それは今考えることではない。頭を振って、私はただディオさんに向き直った。 「この日記が気になるか?」 ディオさんは椅子に腰掛け、紅茶を飲み始めた。そんな彼の放った言葉に、私は返答する。 「はい、とても」 本当に気になる。気にするべきなのではないかもしれないが。一体その日記には、何が書かれているのだろう? 「わたしの目的――ナマエ、おまえにそれが理解できるか?」 「……ディオさんの、目的?」 それは、ジョースターの血筋を絶やすことではないか。それは、私の目的とは違ってしまうのだが。 そして。そして、その先に? ディオさんの真の目的があるのだろうか? 少し考えてみたが、やがて、私は首を振った。 「私には分かりそうもありません。ディオさんの目的が、何なのか」 「そうだろうな」 あっさりとディオさんは頷く。馬鹿にしたような口ぶりですらなかった。ただ、事実をそのまま認めた感じだった。 彼はそっとティーカップを置き、それからこちらを見た。 「ひとつヒントをやろう。ナマエ――おまえは、天国と聞いて、何を思う?」 「天国、ですか」 私は信心深い方ではない。考えたこともなかった。唐突な単語に面食らいつつも、私は答える。 「私には辿り着けないもの、でしょうか」 ……私の両親は死んだ。そんな私を救ってくれたジョースター卿も、ジョジョさんも、死んでしまった。そんな彼らは天国に行っただろうか。 そして。一度死に、そしてディオさんの血によって蘇った私はきっと、天国になんて行けない。 否――ディオさんも、そうか。百年間海底に沈んでいた、人間ではない存在。 人間を止めた私たちに。天国なんて、行けるとは思えない。私たちはきっと、どこにも行けない。 少なくとも、私はそう思った。 「フン……まあいいだろう」 私の考えに、あまり意味はなかったのかもしれない。私の言葉を聞いたディオさんは、独り言のように頷く。 「おまえは、これだけ理解していればいい。このDIOは世界の頂点に立つ――その先を見るために。そのために、ジョースター共の血筋を断つ」 「…………」 知っている。それが私の目的とは真っ向から反していることを。難しく考えなくても、それははっきりしていることだ。 その上で。私はこう語った。 「ディオさん、私はあなたを一人にはしません。今後、何が起きたとしても――それだけは、変わりません」 本心だった。今、言わなければいけないと思った。私の決意を。 その言葉に、何を思ったのか。彼は私を呼び寄せた。 「こっちへ来い、ナマエ。このDIOの側へ」 そして私はディオさんの元へ行く。そして、肩を抱かれ、唇同士が重なり合う。 それが、主人と使用人としての行為に相応しくないなんてこと、……とっくに、分かっていたけれど。 それでも。あと少しだけ。こんな日が続けばいい。 ジョジョさんの子孫も、ディオさんも。戦うことも失うことも死ぬこともなく、自分たちにとっての平和な日々が続くことを。 だけど、決戦までの間に確かにあった、自分たちにとって穏やかな日々は――唐突に、終わりを告げた。