「……ナマエ」 声が聞こえる。横たわる私の上から。 「最近――何か、嗅ぎ回っているんじゃあないか?」 ディオさんの鋭い瞳が、私のことを見下ろしている。 「……何のことでしょうか?」 視線がぶつかる。それでも私は、なるべく気丈に見上げた。 「好きにしろと言ったのはディオさんです。だから私は、好きに行動しています」 「……フン」 唇同士が合わさる。なのに、何も伝わってこない。否、苛立ちだろうか、これは。 私はこの行為をどう思っているのだろう。この行為に。一体何の意味があるのだろう。 「痛ッ……!」 瞬間的に走った唇の痛み。一体何事かと思えば、ディオさんに唇を齧られていた。私の唇から垂れる血液を、彼は舐めとる。 「良いか、ナマエ」 刻みつけられるような痛み。人間を止めた私の痛覚はかなり鈍っているはずなのに、やけに痛く感じた。 「おまえはわたしのものだ。まさか、忘れたわけではあるまい?」 念を押すように、視線で縛るように。私の思考を見透かされているように感じて、思わず身体が固まる。 私の主人は、私が何を考えているのか――何を目的としているのか。知っているのだろうか。 思わず、目を逸らす。 実際のところ、油断していたと思う。 好きにしろ――と。確かにそう言われた。それが、今回の私の、使用人としての雇用条件だ。だから私の目的のために、様々な行動を起こした。 具体的に言えば。ディオさんの部下に接触し、できる限りの情報を得ようとしていた。 だからといって。例えば、好き勝手に主人に反逆する者は、もはや使用人ではない。主人の意に反することを、好き勝手にしていいことにはならないのだ。 ディオさんが、彼の部下と私を会わせようとしないことは、知っていたのに。最近の私は、それに逆らっていた。 私はあくまで私なりに仕えている。ディオさんと、ジョジョさんの子孫たちも失わない道を探ることが、私のすべきことだと信じている。 だが。当のディオさんは、ジョジョさんの血筋を断ち切ろうとしているのだ。 その矛盾を、無かったことにはできない。 私の目的とディオさんの目的は、あくまで別のものなのだ。 「おまえは確かに、好きにしていい。わたしは確かにそう言った。――だが」 睨めつけられ、身じろぎができない。 「このDIOの意に反することを、次にしたら。……分かっているな?」 そんな中でも、金の髪、瞳、目に映る全てが、酷く美しく見えた。 釘を刺されてしまった。 おそらく。次に、ディオさんの目に余る行為をしてしまったら。次はない。 ダービー兄弟や、ケニーG、ンドゥールといったディオさんの部下に接触したこと。ディオさんから得られなかった情報を、彼らから得たこと。 悪手だったかもしれない。もしかしたら、問答無用で殺されていたかもしれない。今回、釘を刺されるだけで済んだのは、運が良かったか。 ……それでもディオさんが、今の今まで私を見逃している理由は、よく分からないところだったが。反逆分子など、問答無用で始末してしまってもいいのではないだろうか。 ディオさんはどうして、私を百年前から蘇らせ、こうして生かし続けているのだろう―― 「好きにしろ。……それと同時に、わたしが言ったことがあったな?」 私の疑問に、答えを出すように。ディオさんは言葉を発する。 「このDIOの側にいろ、と。確かに言ったはずだ」 その言葉に、彼の顔を再び見上げた。 「それは……」 その言葉は。当たり前のようでいて、最近の私は、それに応えられていなかったのではないか? そうだ。 私は最初から、ディオさんに百年前に仕えていたときから、そのつもりだった。 ――彼を一人にはしない。 それが、私がディオさんに仕えている、ただ一つの理由だった。 側に控えること。一人にさせないこと。 たとえディオさんにとっては、私の動きを見張るためだったとしても。私は、それに応えなくてはならなかった。 ディオさんの側を離れて、彼の部下と交流する時間など、本来は存在しないはずだった。 ――このDIOの側にいろ。 しっかりと、彼の言葉を思い返す。 ディオさんと、ジョジョさんの子孫を失わない方法を探ること。それが私の目的であると同時に。 ディオさんのことを一人にしないこと。それが、私の仕えている理由なのだ。 「ディオさん。私は使用人として、ディオさんの側にいます。これからも、ずっと――」 「……フン。それでいい。ジョースターの血統を絶やす、その日まではな」 ならば彼は、ジョースターの血筋を絶やしたあと、私をどうするつもりなのか。それは聞けなかった。 私の口を塞ぐように。唇と唇が重なり合った。 そして私は目を閉じる。 ディオさんの動き、気配、音。全てを、全身で感じるために。 次に私が目覚めたとき、ディオさんはまだ隣で眠っていた。 久しぶりに彼と床を共にしたように思う。この行為に慣れることはないが。 美しい金の髪を、さらりと撫でてみる。首から下は、ジョジョさんの身体だが――この髪は。顔は。ディオさんだけのものだ。 元はジョジョさんのものだった、手に、身体に触れられているときに感じる、一筋の後ろめたさ。ディオさんの髪に触れているときは、それを感じない。ただ、私はこの人に仕えているのだと、それを実感できる。 ディオさんと共にいることを、実感できる―― ふと、手を離す。思わず、ディオさんに許可を取ることなく勝手に触れてしまったな、なんて思いながら、目を閉じてぼんやり考える。 ディオさんが隣にいることは、たとえ視界を遮ってもはっきりと感じ取れる。それは単に目を閉じて感覚が鋭くなっているのからなのか、それとも相手が他でもないディオさんだからなのか。 ……釘を刺されてしまった以上、大っぴらに動くことは難しくなった。みだりに彼の部下に接触することは、控えようと思う。 とはいえ、諦めたつもりはない。それとなく、水面下で行動を続けるつもりでいる。 思考は止めない。私の目的のため、私は考え続ける。 今度はちゃんと、ディオさんの側に控えながら。 ……と。少しぼうっとしてから、ふと目を開けて隣を見ると、そこにディオさんの姿はなかった。 「――ディオさん?」 先ほどまで、私の隣で眠っていたはずでは。そう思って顔を上げると、彼は既にベッドの傍に立ち上がっていた。……いつの間に。 「ナマエ」 そしてディオさんは言う。再度、念を押すように。 「今日、わたしは出かける――だが、分かっているな」 「は、はい。離れていても、私は、ディオさんと共にあります」 「……ああ、それでいい」 そしてディオさんは私の頭を軽く撫でたあと、部屋を出て行ってしまった。私はそれを、呆然と見ているだけだった。 頭に感じた感触を思い返しながら、ぼんやり考える。 ケニーは言っていた。私のスタンドとディオさんのスタンドは、同じ能力ではないかと。 そんなはずはない。だが、……同じようなことは演出できる、としたら。 私はあの時、ケニーGを驚かせた。具体的に言うと、姿を消してケニーに近付き、唐突に姿を現した。 銃を乱射したときに、ディオさんは自らのスタンドで難なく弾き返したが、「何か気になることができた」と、そう言っていた。 そして今、ディオさんは、いつの間にかベッドから抜け出していた。いくら目を閉じて考えごとをしていたとしても、普通に起き上がっていたなら、気配でわかるはずだ。隣りにいた私が気付かないはずもないのに。 瞬間移動、か。それとも―― 「世界を統べるべき、能力……」 確か、エンヤ婆がそう言っていた。ディオさんの真の能力を知ることが、何か、鍵になるかもしれない。 それが何なのかは、私にはまだ分かりそうもなかったけれど。 ディオさんに怪しまれない程度に……探っておこうかと。そう思った。