15.救世主の救世主

 私のスタンド『メルセゲル女神』の弱点。  それはいくつかあるが、その中でも顕著なものは、「誰かと目を合わせると、気配を消す能力は解除されてしまう」ことだろうか。  人というものは、戦うとき、目を合わせてしまうものだ。視線の動きから、相手の次の動きを予測する。  直接的な戦いに、私は向かない。背後から襲う闇討ちならば、問題はないが――だがそれが、本当に私のすべきことなのか? それが、ジョースターとディオさんをどちらも失わない道に、本当に必要なことなのか?  その弱点を、私はどう克服すべきなのだろうか。  そう悩んでいた私に、あの男の存在は、ある意味では救世主と言えた。 「フフ……このンドゥールに何か用か?」  ある日、館に訪れた男は不敵に笑う。  ンドゥール。エジプト九栄神のひとつ『ゲブ神』の暗示のスタンドを持っている、ディオさんの部下のひとり。  そして、目の不自由な男。  そんな彼に、私は、ひとつ頼みごとをすることにした。 「少し、試したいことがあるのです。あなたに危害は与えません。……どうでしょうか?」  目の不自由な男。  そんな彼と『目を合わせる』と。私の能力は、どうなるのだろうか。 「ナマエ様、ひとつ言っておく。おれはDIO様に忠誠を誓っているが……ナマエ様に忠誠を誓っているわけではないのだ」 「分かっています」  念の為、といった風に告げる彼に、私は頷く。彼らはディオさんの部下で、ディオさんの言うことを聞く理由はあっても、私の言うことを聞く筋合いはないだろう。 「だが……良いだろう。DIO様の重要な側近の一人という、ナマエ様の頼みならば」  何か勘違いをされている気がするが、それはそれで構わない。  恭しく扱われることには慣れないし、私はあくまでディオさんの使用人だけれど。ディオさん以外の誰にどう見られていても構わないのではないか、と今では思う。その方が、都合のいいことだってあるのだ。 「お願いします、ンドゥール。私はあなたを攻撃しますが、あなたはそれを自由に防いでください。仮に、私の攻撃があなたの防御を通ったとして、あなたを傷付けないと約束します」 「フッ……おれとしては、殺す気で向かってきたとしても、一向に構わないわけだがね。死ぬことも戦うことも、ちっとも怖くないさ」 「では、遠慮なく」  そして私は一旦距離を取る。そこで私は、『メルセゲル女神』のスタンド能力を――『姿を消す能力』を発動させた。 「ム……」  姿を、気配を、魂を隠したことがンドゥールにも伝わったのだろうか。彼は、表情を固くした。緊張感が場に漂う。  ンドゥールは座っている。そこに私はゆっくりと近寄る。メルセゲルが、蛇の頭を持つ女の神が、鎌を持ってンドゥールに近付く。  あくまで、殺すつもりはない。もし彼の防御を突破したとしたら、傷を付ける寸前に止めるつもりだった。鎌が、彼の首筋に近付く。  目が、合った。  ンドゥールは座りながら、私の方へと首を上げる。彼の見えない目が、こちらを見つめる。  私のスタンド、『姿を、気配を、魂すら隠す能力』は――解除された。  その瞬間。メルセゲルの鎌は、ンドゥールの水のようなスタンドに、完全に阻まれてしまっていた。  彼の水のようなスタンドは、案外鋭い切れ味を持ち、メルセゲルの鎌が少し欠けた。鎌へのダメージは私へのダメージとはならないため、お互い負傷はなかったが。  今、問題はそこではない。お互い、能力を解除しながらも、私は彼に聞き出す。 「ンドゥール。あなたは私のことが見えていないんですよね? 『目が合った』とは、思いませんでしたよね?」 「ああ、おれにナマエ様の姿は見えない。だから『目が合った』とは思わなかったが……とはいえ、音で、気配で、『目が合った』とは感じた」  やはり。目の不自由な男だったとしても、『相手が私を見ることそのもの』が重要なわけではない。私と相手、両方が『目が合った』と認識すること。それが重要なようだ。  続けて、彼に確認する。 「私の気配は……途中までは、全く感じませんでしたか?」 「全く。何も感じなかった。どこに消えたのかと、そう思った」 「確かですか?」 「おれはナマエ様に忠誠を誓っているわけではない……だが、DIO様には忠誠を誓っているのだ。ナマエ様に嘘を吐く理由がない」  確かに。信用していいだろう、と思う。  目が不自由な相手でも、メルセゲルは完璧に気配を消し。  目が不自由な相手だったとしても、『目が合った』と認識すれば、能力は解除される。  耳で。気配で。  彼は私のことを、認識した。 「確認したいことは、確認できました。ありがとう、ンドゥール」 「礼には及ばない……おれはDIO様への忠誠を果たしただけだ」  また、私の知るべきことを知れたように思う。少し、道が開けたような、そんな気がした。  だが、最後にもう一つだけ。私はンドゥールに、目の不自由な男に、質問した。  これは純粋に、ただの好奇心だったが。 「ひとつ、聞いてもいいでしょうか。目が見えず戦うというのは、どういう気分なのでしょう?」 「さあ。恐怖なんて全く感じたことがないというのは、確かだがな」  ンドゥールは顔を上げる。それは何故か、どこか遠いところを見ているように思えた。 「目が見えずとも、音は聞こえる。気配は感じる。そしておれには、『ゲブ神』がある。……戦いにおいて『怖い』と感じたことなど、おれには一度もないよ」  私のスタンド、『メルセゲル女神』の一番の弱点。それは、誰かと目を合わせると、姿を消す能力が解除されてしまうということ。  誰の目からも姿を消し、音に敏感な者からすら気配を消し、魂を取り立てるスタンドから、魂すら隠してしまうスタンド能力は。案外、簡単に能力が解除されてしまう。  わざわざ姿を消す能力なんて使っているときには、誰かが近くにいることが前提だ。そんな中、近くにいる誰かと目を合わせてしまった瞬間に能力が解除されてしまうというのは、大きな弱点だ。  ならば。弱点克服のために、必要なことは。 「私が目を瞑ってしまえばいい」  それが、シンプルな答えだった。  目を瞑って。耳で。気配を感じて。  メルセゲルの能力解除の条件は『目が合った』とお互いが認識すること。私が『目が合った』と思わない限りは、相手が『目が合った』と思わない限りは。  私が目を瞑ってしまえば、能力が解除されようもないのだから。  ンドゥールは言っていた。視界のない戦いに、恐怖を感じたことなど一度もないと。  ならば。私も、恐怖を克服しよう。私ができることを、増やしてみよう。  それが、私の信じる道に続くと信じて。