14.世界とメルセゲル

 スタンドの使い方を探りたい。だがこの館にいると、それを実践する機会は少ない。自分が何をできるか、それを知りたい―― 「ならば、このDIOと腕試しでもしてみるか?」  そう悩んでいた私に、ディオさんは不敵に笑ってこう言うのだった。 「……ええっ!?」  その言葉は、あまりにも予想外だったけれど。 「ディオさんと、腕試し……ですか?」 「ナマエ。おまえの能力については、わたしも知っておきたいと思っていた」  私は恐る恐る言ったが、ディオさんは平然としていた。  ディオさんと戦うこと。考えたこともなかった。当然だ、仕えるべき主人に歯向かうなんて。  ――だが。仮に私がここで本気を出したとして、私がディオさんに勝てるとは思えない。いくら肉体がまだ完全に馴染んでいないとはいえ、彼は石仮面を被った吸血鬼だ。そしてディオさんのスタンドは、圧倒的に強い―― 「どうした? 遠慮することは無いぞ。来い」  ディオさんは、凄みを効かせて言った。  有無を言わさぬような圧倒的なオーラ。迷う気持ちはある。腕試しとはいえ、ディオさんに刃を向けていいのか。そして、彼に私の能力の詳細を、本当に知られていいのか、と。私の目的とディオさんの目的は、必ずしも一致していない。 「……では、失礼します。『メルセゲル女神』!」  だが私は、戦うことを選んだ。  これも、私の能力を知るため。  私の選ぶ道を、探すためだ。  メルセゲルと共に、ディオさんの元へ駆ける。正直、結構本気だった。メルセゲルは鎌を持ち、彼の胴を切り裂こうとして、そして――  一瞬で、鎌がふっ飛ばされた。 「……なッ、」  早かった。速かった。辛うじて目で追うことはできたが、彼はスタンドを出すことすらなかった。拳の力のみであらぬ方向へ飛んだ鎌を、私は呆然と見ていた。 「スピードは普通。並みだ。『ザ・ワールド』を出すまでもない」  ディオさんは淡々と分析する。私はそれを、ただ圧倒されながら聞くだけだ。 「破壊力はそれなりにある。切れ味も悪くない。人体を一刀両断するのも、本来ならば簡単だろう。相手が、このDIOでなければな」  そしてディオさんは落ちた鎌を手に持ち、彼自身の指を斬りつけた。鋭い切れ味で、右の人差し指から血が流れ出る――が、一瞬で傷が癒やされてしまった。 「フン。どうした、これで終わりか?」  私が本気を出したところで、ディオさんを傷付ける心配はない。……嫌というほど、思い知らされた。 「……いえ、まだです」  ならば、限界まで抗ってみよう。  もしかしたら、何か。この戦いの中で、見えてくるものがあるかもしれない。 「サービスタイムだ。鎌は返してやる」  そして、投げられた鎌をメルセゲルが掴みとる。 「行きます!」  それからメルセゲルは鎌を振り回した。勢い良く鎌の攻撃がディオさんに向かう。 「フン、無駄無駄……」  だがディオさんは、今回は避けた。何度鎌を振りかざしても、当たらない。 「行けッ」  不意を撃つように、狙いを定めて攻撃してみても。 「フフフ……」  ディオさんは、余裕でそれを弾くだけだ。それどころか、瞬間移動でもしたような、物理的にありえない避け方をしているように見える。  目の錯覚だろうか。しかし、吸血鬼となった私の動体視力でも見切れない動きとは、一体どうなっているのだろう? 「…………」 「…………」  一旦距離を取り、私たちは立ち止まった。  緊張が場に走る。地獄のような肌のヒリつきを感じる。  一瞬だけ睨み合い、そして。 「斬れッ、『メルセゲル女神』!」 「フン、無駄無駄無駄無駄ァ!」  ラッシュの速さ比べ。出せる限りの最大限のパワーで、『メルセゲル女神』の鎌と『ザ・ワールド』の拳が、全力で殴り合っている。  ……普通なら、あれほどの勢いで鎌が人間の指に触れたら、切り傷どころの騒ぎではない。指ごと持っていかれてもおかしくないはずだ。だがディオさんは鎌から受ける衝撃を自分から殴ることで相殺し、ダメージを逃している。『ザ・ワールド』についた傷は本体のディオさんにフィードバックされるはずだが、拳に多少の傷がついている程度で、全く問題になっていない。 「ぐ……」  否。むしろ、メルセゲルの方が完全に押されている。鎌が、拳に押されている。  強い。パワーとスピードが、桁違いだ。それでも諦めず、攻撃を続けていたところで――  鎌が無残にも、へし折られた。 「なッ……」  まさか。鎌の攻撃が通じないどころか、鎌が折られてしまうなんて。 「終わり、だな」  折れた刃先を見る。ディオさんは私を、ただ見下ろしている。  あくまで腕試しとはいえ。完全に、私の敗北だった。   「ひとつ、分かったことがある。鎌へのダメージは、おまえの肉体にはフィードバックがないようだな」  ディオさんの静かな声に、は、と我に返る。  確かにそうだ。スタンドのダメージは本体にも与えられるはずだが、鎌に関して言えば、どれだけ痛めつけられようと私自身のダメージにはならないらしい。 「とはいえ。鎌の無いおまえのスタンドでは、破壊力に欠けるだろう。少なくともこのDIOには、遠く及ばない」 「それは……そうでしょうね」  そして、私は鎌の折れた『メルセゲル女神』を見る。この状態でも戦うことはできなくはないだろうが、パワーに欠けるのは事実だろう。 「となると、やはり――ナマエ、おまえのスタンドは。姿を隠すこと、『魂すら隠すこと』! それこそが真骨頂と言える」  そしてディオさんは宣言した。その言葉は、何故だか私に重くのしかかった。  魂すら隠すこと。私のスタンドの『戦う力』を知るために、今回は使わなかった能力。 「フフ……まさしく、おまえらしいスタンドだよ、ナマエ。気配を完全に消し、主人を立てる使用人としての姿。主人にすら、それを気付かせない」  そう言い残し、ディオさんは去ってしまった。それこそ、私に気配を感じさせることすらなく、一瞬で。  主人を守るために、戦う力。それこそが私のスタンド能力。  だが。その主人すら欺くこの能力は一体何か。私が姿を消してしまえば、ディオさんすらそれを知覚することはできない。この能力は、メルセゲルは、一体どうやって私のすべきことを成させようとしているのか。  それに。今、ディオさんが一瞬で消えてしまったことも気にかかる。  ディオさんは以前、私に銃を乱射させた。それこそ、彼も『自分の能力を試す』ために。その際に、彼は何か「気になることができた」と言っていたが――  エンヤ婆の言うように、ディオさんにはまだ、隠された能力があるのだろうか。こうして私と腕試しをしたことも、本当は、自分の力を試すため?  それが一体何であるかは。今の私には、分かりそうもなかったけれど。