私が、私にできることを探すために必要なこと。 それは、知ることだ。無知な私が、知ること。そのために、今できることをしなければ。 「うーん……」 あれから――私がジョースター家のこととスピードワゴン財団について知ってから、暫く時が過ぎ。私がこの館に来てからは、既に数ヶ月ほど経っていた。 ジョースターのこと。スピードワゴン財団のこと。スタンドのこと。知りたいことは山ほどある。 館の者は警戒心が強く、探りを入れてみても重要なことはあまり話してくれない。掃除の時間を縫って、私は書庫にやって来ていた。 スタンド能力についての有益な情報が、一般の書籍にあるとは思わなかったが。 だが、不動産王としてのジョセフ・ジョースターは有名だし、スピードワゴン財団もかなり大きな組織だと聞いている。 となれば、これらについては何か書籍でもあるのではないかと思ったのだが、……見当たらない。 そもそもこの館にある本は、分野が偏っている。少なくともこの本の持ち主は、不動産王や財団については興味のなさそうだと感じられる。ディオさんがこの館に住む前の、元の住人の趣味なのだろうか。 それでも、何かないだろうか。私が知るべき、何かが。 そうやって書庫内をしばらく探していると、――唐突に、聞き慣れた声が聞こえてきた。 「何をしている、ナマエ」 その冷たい声色に、思わず背筋を正す。 「……ディオさん」 そう。私の主人の声だ。緊張感が辺りに漂うのを感じ取る。 予想していなかった者の登場に、私はできるだけ落ち着こうとしながらも、ゆっくり言葉を発した。 「本を、探しています」 そう。それだけの話だ。後ろめたいことなど何もない。そう、何も。 ディオさんは書庫を一瞥したかと思えば、室内に入ってきて、私には背を向けた。 「……フン。好きにしろ」 それだけ言って、彼はそれ以上何も言おうとはしなかった。 今日のディオさんは、少々機嫌が悪いらしい。 ディオさんは本を手に取り、立ったまま片手で読み始めた。彼も何か、探しものをしているのだろうか。 ディオさんは、百年前も今も、よく本を読んでいる。それが何のためなのか、彼の目的のためなのか、それは私にはよく分からない。必要ならこの偏った書庫のラインナップに、彼は書籍を増やすだろう。奪って、または、奪わせて。 彼の様子を窺いながらも、私は再び書庫の中を探していく。 結局、ジョースターやスピードワゴン財団に関する書籍は見つけられなかったが――ふと、吸い寄せられるように手にした本が、一冊だけあった。 エジプト神話について書かれているらしき本。何気なくそれの後ろのページを開き、奥付を確認する。 出版年、一九八六年。『最近』書かれたものであるらしいことが、即座に分かった。 「不思議ですね」 「何がだ」 気づけば、私はこう口にしていた。ディオさんは、手にした書籍から目を離さずに返答する。 対して私は、半ば無意識に言葉を続けた。 「こうして私が、百年後の本を読んでいること、です」 そして、手に取った本の装丁をなぞる。普通に生きていれば、人間だった頃の私が読めるはずもなかった本。私が見ることのできなかったはずの世界。 それを私は、ディオさんと共に見ている。百年後の世界を。 「何だ、今更気付いたのか?」 そしてディオさんは片手で本を畳み、不敵に笑った。 「このDIOは永遠を生きる。何世紀も未来を、永久を! それに――今更、気が付いたというのか?」 彼の瞳が私を射抜く。吸い込まれそうな視線。圧倒されるような感覚に、「いえ……」と、私はただそう呟くことしかできなかった。 それから私は、手に取っていた本を開いてみる。 エジプトの神の名前が、目次に並んでいた。 中でも目を引いたのは、『エジプト九栄神』と呼ばれている神々の名前だった。どうやら、館の執事のダービーの『アトゥム神』も、これに含まれているらしい。 エジプト神話の名を関したスタンドは、その九栄神から取られているのだろうか――そう思いながら神々の名を目で追っていく中で、ふと気が付いたことがあった。 「メルセゲルは、『エジプト九栄神』ではない?」 そう。私のスタンドの『メルセゲル女神』という名は、エジプトの女神の名の暗示を受けた私のスタンドは。 どうやら、エジプト九栄神とは、違ったものであるようだった。 「そうだろうな」 そしてまた、ディオさんは短く言葉を放つ。 「『メルセゲル女神』……さほど知名度のない神の名だ」 彼の声を聞きながら、私は本の記述を目に入れていく。 エジプト九栄神。それは、タロットカードの起源とも言えるらしい。アトゥム、ゲブ、オシリス、セト、ホルス、アヌビス、トト、クヌム、バステトの九神がそれだ。 そして、シュウ、テフヌト、ヌト、イシス、ネフティスなども、重要な神の名として挙げられている。 だが、メルセゲルは。私のスタンドの名を関する彼女は。 少し後ろのページに、ひっそりと書かれているのみであった。 館の執事であるダービーのスタンドは、エジプト九栄神のひとつ、『アトゥム神』であった。ディオさんの近くにいる者として、彼に仕える者として。相応しい神の名を冠しているのではないかと思う。 だが、私のメルセゲルは。ひっそりと墓場を見守る、知名度の低い女神。 それが何を意味する。人にあまり知られていない女神の名を冠する私のスタンドに、一体何ができるというのだろう。 今日はひとつ、知ることができた。だがそれが何を意味しているのかは、私にはまだ分かりそうもない。 メルセゲルは何も応えない。薄暗い書庫の中には、沈黙だけがあった。