一生涯をディオさんに仕えるか、それとも違う道を選ぶか。 私には、ジョジョさんに仕える道も残されている。そして、二人が対立している以上、私が両方に仕えることはできない。 ジョジョさんにはジョジョさんの、ディオさんにはディオさんの、そして私には私の人生がある。それを踏まえた上で、私はどんな選択をすべきか。 ディオさんが私のことを使用人として尊重すると言うならば、私のこの人間としての人生を、ディオさんに仕え続けることは悪くないと思う。少なくとも彼は、私の納得する契約条件を提示している。私の安全も、保障している。 まだジョジョさんは目覚めない。それでも、もし本気でジョジョさんに仕えたいと思うのならば、ディオさんとの契約を断った上で逃げるしかない。 だが、ジョジョさんに仕えることを決め、ディオさんとの契約を破棄した場合。ディオさんが私に危害を与えないとは限らない。むしろ、ここで殺される可能性の方が高そうだ。 私は、使用人としての誇りしか持っていない。だから今、ここで決めるしかない。 ディオさんに、使用人としての生涯を全て捧げるか。 ジョジョさんに仕えることを決め、つまり、ディオさんに殺されることになるかを。 「ジョースター卿……私の恩人のことを殺したのはあなたです、ディオさん。彼の意思を継いだのは、あなたではなくジョジョさんです」 言葉を選びながら、ゆっくりと言う。 私が使用人としての人生を生きるきっかけとなったジョースター卿は、確かに、目の前の男によって殺された。 「ほう。あの男への忠誠心で、ジョジョを主人として選ぶと?」 妖しく光るディオさんの瞳。その瞳に見つめられると、自分がちっぽけな存在に思えてくる。 それでも私は勇気を振り絞る。あくまで、自分が納得のいく選択ができるように。 「……ですが。ジョースター卿は、ジョジョさんのこともディオさんのことも、愛していたと思います。最期まで」 かつてジョースター卿は言った。『ジョジョもディオも、同じように扱ってほしい。二人とも、わたしの大事な息子だ』と。 その想いは、たとえディオさんに殺されたとしても、変わらないのではないか。あの本物の紳士なら、きっと、最期まで息子への愛を貫いたのではないかと。 「私の中で、あなたとジョジョさんの間に差はありません。だから、迷っています」 ディオさんのことは怖い。怖いけど、ディオさんは、私の恩人であるジョースター卿が愛した息子の一人だ。彼がジョースター卿と血が繋がっていなくて、父親だと思わず無感情に殺したとしても。 「……フン」 ディオさんは少々面白くなさそうだった。それでも彼は、私の選択を見定めるように、何も言わなかった。 この男はいつでも、私のことを殺すことができる。私の命は、ディオさんの手の中にある。 彼との契約を破棄することで、ディオさんに殺されて死ぬことが、怖くないわけではない。 だけど、それでも構わないと思っていた。 私は、自分が納得できる道を選べない方が怖い。だから、自分なりに決めなくてはいけない。 これからの生涯、私は、一体誰に仕えるべきかということを。 「ナマエ。君は、使用人だ。それは変わらない……だが。今のこの状況は、ナマエにとっては望ましくないものなんじゃあないかね」 少しの沈黙の後、ディオさんはゆっくりと言った。その言葉に、私は顔を上げる。 「どういうことでしょう?」 もしかしたら主人として仕えるかもしれない人の言葉は、判断材料に大事だ。彼の言葉を聞き漏らさないよう、私はディオさんの口元を追う。 ディオさんは氷のような口ぶりで、私の心を斬るように言い放った。 「今の君は、主人のいない使用人だ。使用人は、主人がいるからこそ使用人として存在できる。……ナマエ。主人のいない今のおまえに、一体何の価値があるというのだ?」 その瞬間、背筋がひやりとした。それは確かに、私の中にある不安だった。 「ナマエ、おれは君のことを尊重しようとしている……使用人としての君をな。安全を保障し、一生の安心を与えてやる……。このディオに仕えることに、何の不安があるというのだ?」 その誘いは、蜜よりも甘い。今すぐにでもディオさんに仕えたいと、そう思わされるような。ジョジョさんに仕えることで、殺されてしまうかもしれない選択なんて考えたくもなくなるような、そんな甘美な誘惑だ。 ――だけど。私は彼の言葉に、疑問に思うこともあった。 ディオさんは何故、こんなにも私のことを、使用人として勧誘しているのだろう。 そこまでして私を使用人として仕えさせる意味が、一体どこにあると言うのだろうか? 彼は私のことを殺さなかった。そして、私のことを化け物にすることなく、食糧にすることなく、人間として仕えることを許そうとしている。その条件はただ二つ、掃除と紅茶だけ。 私は考え込む。ワンチェンという男は既に化け物となっていて、ディオさんに忠実な下僕となっていた。館の掃除くらい、ああいった下僕を増やせばどうとでもなるのではないか。 それに、紅茶だ。そんなもの、何が必要だというのだろう。彼は人間の血を食らっていた。人間の飲む嗜好品が、怪物となったディオさんに本当に必要なのだろうか。 「ディオさん。ひとつ教えてください。……あなたはこれから、ジョジョさんと戦うのですか?」 彼が私をどう必要としているのか、それは考えても分からない。だから、別の角度から考えたくて、私はこの質問を投げつけた。 少しの間、私とディオさんは何も話さなかった。ただ、重苦しい沈黙が、そこにあった。 「そうだ。……何だ? おれがジョジョと戦うと言えば、おまえはジョジョに味方するとでも言うのか?」 予想通り、ディオさんの答えは肯定。ジョジョさんとディオさんの、かつての主人たちの戦いは避けられない。二人が、再び傷付くであろうことも。 ――それならば。 私はたった今、自分の道を決めた。 「いいえ、逆です。あなたがジョジョさんと戦うと言うのなら、私は、あなたのお側に控えます」 つまりこれが、私がディオさんに仕えるという意思の現れだった。 顔に火傷をしているディオさんの表情は、よく読み取れない。だが、少し目を見開いたようには見える。 私は言葉を続けた。 「かつて主人であった人たちが戦い、そして一人で傷付く。私はそんなとき、主人の側に控えることもできない。そんなことは、もう嫌です」 みんな、孤独だ。私もジョジョさんも。だが、ジョジョさんにはスピードワゴンさんがついている。彼はきっと、ジョジョさんの理解者になってくれることだろう。 では、ディオさんは? 下僕となる人はいるだろう。今後、もっと増やすのかもしれない。 だけど。ひとりの使用人として彼の側にいることができるのは、きっと私だけだ。 かつての主人がひとりで傷付くかもしれない。今の大火傷以上に、苦しむこともあるかもしれない。それを看過することは、私にはできなかった。 本当の理由は分からないが、彼は、使用人としての私のことを必要としているのだと思う。ならば、彼の力になれるかもしれない。 自惚れかもしれない。それでも。私はディオさんに仕えたいと、心から思った。 「……ナマエ。よりにもよっておまえが、このディオのことを同情しているとでも言うつもりか?」 「同情などではありません。私が、あなたのお側に控えたいと思った。それだけの話です」 ディオさんが悪であるということは、分かっている。彼に仕えることは、私自身が悪に堕ちることになるであろうことも。……ジョジョさんへの、裏切りになるであろうことも。 それでも、もし。私がディオさんに仕えなかったら、彼はひとりになってしまう。 ディオさんはそれでいいのかもしれないけれど、私にとっては良くなかった。 ジョースター卿の愛した息子のひとりであるからという、それだけの理由ではない。 ……私は、他でもないディオさんに仕えたいと、自然に思った。 「フン……少々想定とは違ったが、いいだろう。おまえは、このおれに仕えることを決めた。その結果が、何より重要なのだ」 たとえディオさんへの恐怖があって、ディオさんが人間ではなくなってしまったとしても。 私が、使用人としての生き方を貫けるのならば。私が仕えたいと思える人に仕えられるのならば、それでいい。 「では、改めて聞こう。……ナマエ。君は、生涯をこのディオに仕えるか?」 彼がそう言うので、私は静かに跪いた。 それは一生の誓いであり、私の今後の人生が、決まってしまった瞬間だった。 「ディオさん。あなたが、それを望むのなら」