5.分かたれる運命

「おれは人間をやめるぞ! ジョジョ――ッ!!」  私は一体、何を見ているのだろうか。  ジョジョさんを刺そうと襲いかかるディオさん。そんなジョジョさんを庇って、血を流して倒れるジョースター卿。養父だった紳士の血を浴びながら、ジョジョさんの研究していた石仮面を被るディオさん。警察に銃で撃たれながら、それでも高らかに笑い続けていた、ディオという私の主人――  何もかもが私の理解を超えていて、私はただ、恐怖と共に呆然とするしかなかった。  そもそも、どうしてこうなってしまったのだろう。  まず、雷が鳴る中、ディオさんが館に帰ってきた。その後、彼がジョジョさんと二人で話していたのを、私たち使用人は息を潜めて聞いていた。そこまでは、何も問題なかったはずだ。  兄弟同然に育った君を警察に突き出すのは気が重い、残念だと静かに言ったジョジョさん。「血迷った」「反省している」「財産欲しさに養父を殺そうとしたなんて馬鹿なことをした」と涙を流してみせたディオさん。心から反省している、自首したいと言ったディオさんを、「そいつの言葉を信じるなよ」と、そいつは生まれながらの悪だと真っ向から非難したスピードワゴンさん。  せめて君が手錠をかけてくれ。ジョジョさんにそう言ったディオさんに、彼は警戒しながらも近寄ったが――それから。  ディオという男は。  警察に撃たれ、血まみれで窓の外に倒れるディオさん。ディオさんに刺され、ジョジョさんの腕の中に抱えられているジョースター卿。二人の主人の「死」を感じながら、私は自分がこれからどうしたら良いのだろうかと、呆然としていた。  ジョースター卿が、ジョジョさんに形見の指輪を渡している。倒れるジョースター卿に、たくさんの人が駆け寄っていく。  そうやって私の雇い主が、恩人が死んでいく瞬間を、私は見ているだけ。だって、私に、それ以外何ができると言うのか。  本当なら、私も駆け寄りたい。しかし、私はあくまで雇われの身、使用人のひとりだ。一人息子であるジョジョさんが彼に寄り添っていると言うのなら、私には見守る以外にできることはない。ジョースター卿が最期の瞬間に見ていたいのは、言葉を重ねたいのは、きっと、自らの息子のことだろうから。  ジョジョさんの腕の中で倒れるジョースター卿。優しく、本物の紳士だった私の雇い主。彼に仕えられるのなら私は幸せ者なのだと、心から感じることのできた人。この人のために働きたいと、ずっとそう思っていたのに。  ざわめきが聞こえる。なのに、何もかも耳に入らない。全てがスローに見えて現実感がない。この惨状は自分の責任だと、ディオさんの血の繋がった父親の罪について語りながら蹲る警察の男の話も、頭に入らなくて――私はじっと、ジョジョさんの腕の中で倒れているジョースター卿を見ていた。 「悪くないぞ、ジョジョ……息子の腕の中で死んでいく、というのは……」  そして。微笑みを見せた紳士は、それ以降何も話すことはなかった。  その言葉を最期に、ジョースター卿は死んでしまった。逝ってしまった。 「ジョースター、卿」  思わず手を伸ばすが、届かない。私はもう、彼に仕えることもできないのだ。充分な恩返しもできないまま、私は主人のひとりと、恩人と、分かたれてしまった。  本当に……どうして、こんなことになってしまったのだろう。  私はずっと、この日が来ることを恐れていたとでも言うのだろうか?  呆然としながら、もうひとりの主人だった人、死んでしまったディオさんの方向に顔を向けようとする。それは無意識の行動だったが、しかし、私は本能的にこう感じていた気がする。  何故だろう。ジョースター卿の死の瞬間を見たばかりだというのに、私は、ディオさんが死んだ気がしなかったのだ。 「……あれ? ディオさん?」  そして戦慄する。ディオさんの遺体があるはずの場所には、何も無かった。ただ、雨に濡れた石仮面が残されただけで―― 「死体が……死体が、ディオ・ブランドーの! 死体がない! 警察のだんな! そこの嬢ちゃん! 窓から離れろ――ッ!!」  ――え?  スピードワゴンさんの声を聞きながら、徐々に現実感を取り戻していく。そして、私が、私の近くにいた警察の人が窓から離れる前に。  警察官の頭が吹っ飛んだ。 「な……なんだこいつはァ――ッ! 生き返っているッ!」  スピードワゴンさんが驚く声。彼の視線につられ、私が恐る恐る、ゆっくりと顔を上げると――  見慣れた金色の髪。ぞっとするほど美しい瞳。それなのに、全く見知らぬ人のように見えるのは何故だろう。  警察に射殺されたはずのディオさんが、天井にくっつくようにしてそこにいた。 「ディオ、さん」  どうして。どうして。私の呼びかけにも、ディオさんは反応しない。ただ、ニヤリと、妖しげに笑った。  何か悪い夢でも見ているのだろうか。何も分からない。何も。混乱して、もう何も考えられなかった。  そのまま私は、崩れ落ちるようにして意識を失った。その直前に見たものは、ディオさんの口許から覗く、鋭い牙であった。