21.最後の無駄話

 私は、ずっと独りだ。  ディオさんがこの館を去ってから。あの人が、船の爆発で消えてしまってから。  主人を失った使用人は、永遠に孤独なのだろう。主人を孤独にしないと、そういう理由で彼に仕えていたのは、私だったのに。  私が生涯仕えると誓った主人を。生きていると信じて、私は待つことしかできない。それがたとえ、無駄な話だったとしても。 「ディオさんは……」  主のいないベッドに向かって話しかける。今にもディオさんが、そこに寝そべりながら私に話しかけてくるような気がしたが、しかしそんな訳はなかった。 「たとえ私が永遠の生を望んでも、石仮面の力を私に与えるつもりは無かったのですよね」  ――ディオさんは最初、私に向かって「永遠が欲しくないか」などと言っていた。  それでも、ディオさんは、私に石仮面を被せる気なんてなかったのではないだろうか。石仮面が破壊されたとき、私は瞬間的にそう思った。  もし私が永遠を欲しがっても、彼は私を屍生人に、下僕にするだけのつもりだったのではないだろうか。  それでも彼はそうしなかった。ディオさんは結局、私をどうしたかったのだろう。屍生人にもせず、人間の使用人として、私を側に控えさせ続けた。  それでももう、私は彼に永遠に仕えられない。私の主人がいつの日か、帰ってこない限りは。  私が問いかけても、返事はどこからも返ってこない。  石仮面はもう無い。ディオさんも、もういないのだ。 「ならば、私の紅茶を欲しがっていたことも、嘘だったのですか?」  やっぱり、返事はない。ディオさんの気持ちは誰にも分からない。  ――ナマエの淹れる紅茶の味は、ナマエにしか淹れられないのだろうなと、そうも思う。  この言葉にどれだけ本心が込められていたかなんて、私には分からないのだ。  だが、これだけは分かる。  私は永遠を過ごすことはないのだろう。だって、それを望まなかったのは私なのだ。  今となっては考えることすら無駄なのかもしれない。もしかしたら私は、本当は彼に永遠に仕えたかったのかもしれない、なんて。ディオさんがいなくなって初めて、そんなことを考えてしまうなんて。  彼のことを、私はいつでも信じられなかった。ジョースター邸にいた頃のディオさんのあの優しさも、吸血鬼になってからもずっと、私の紅茶を欲しがっていたことも。そして彼が死んだと聞いても、信じられたことはなかった。私が彼のことを信じられたのは、主人と使用人としての契約の誓いだけだ。  いつも私は、ディオさんのことを疑っていた。そして、それは今も。彼の死を、私は信じていない。生きて、今にも戻ってきてくるのではないかと、そう思っている。  だけど――私は、彼に紅茶を褒められて、心の底では嬉しかったのかもしれない。それが真実か嘘なのかは、別として。  だって、だから私は。ディオさんに戻ってきてほしいと、そう思っているのだから。  私の淹れた紅茶をまた飲んでほしいと、そう思っているのだから。 「早く戻ってきてください、ディオさん……」  使用人の嘆きは、主人には届かない。  待っていてくれと命ぜられたのだから、待つことしかできない女の嘆きは。  ディオさんが生きていたとして、この地に戻ってきたとして。その時に私が死んでいたら、彼はどう思うだろう。  私はディオさんが恋しい。恋しくなってしまった。使用人と主人との垣根を超えて。彼がいなくなってから、それに気がついてしまった。  ――思い通りにならないおまえの心を、おれに向けたかった。そう言ったら、ナマエは信じるのか?  それが真実ならば、私は彼の思い通りに、心を向けてしまったのだろう。とっくの昔に。  だって私は、ジョースター邸にいた頃から、あの人のことを怖がっていた時から。ディオさんのことばかり考えていた。その感情に名前を付けるなら、恋と言ってもいいかもしれないと、そう思えるくらいに。 「ディオさん――私の人生があなたの為に消費されて、あなたは満足ですか?」  それとも無駄な人生だと、そう笑うだろうか。  かつて仕えていた主人も、今の主人も全て失った私が、それでも使用人として生きていくことを。  ――ディオさん、お飲み物をお持ちしました。  この言葉を、私はもう一度、彼に言うことができるだろうか。死んでしまったかもしれない、死んだと信じられていない、ディオさんに。  死ぬのは、もはや怖くない。彼にもう一度会うことも、紅茶を淹れることもできないまま、死んでしまうのは怖い。ディオさんを失ってしまったと、そう考えることが、今の私には何より怖い。  それでも私は、主人のいない館を掃除し続けて、紅茶を淹れ続ける。私が生きる限り、生涯をずっと。  いつか、ディオさんが戻って来る日のために。  そして私が、死んでしまったとしても。  あの美しい瞳で私のことを迎えに来てくれる日がいつか来ると、そう信じながら。私の名をそっと呼んでくれる日が来ると、そう願いながら。  一杯の紅茶をあなたに。  その日がもう一度来ることを、望み続けながら。 ▼to be continued...(続編)

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