「やあナマエ、久しぶり」 「ジョジョさん! それに、スピードワゴンさんも」 「おう、元気してたか嬢ちゃん」 「ええ、おかげさまで」 ある昼間のこと。掃除をしていたら来訪者があったので、誰かと思ったら、ジョジョさんとスピードワゴンさんだった。 「前に会った時は、ゆっくり話をする時間もなかったからね。少し、様子を見に来たよ」 そう言って、かつての主人は微笑む。その笑顔の柔らかさにどこか安心しつつ、私は今の主人のことを考えた。 太陽の昇る現在、ディオさんは奥の部屋で眠っている。館の掃除も粗方終わり、人を迎え入れることのできる状況まで来ている。 彼らを決してディオさん(と屍生人であるワンチェン)に引き合わせなければ、迎え入れた方がいいだろう。むしろ、迎え入れないと怪しまれるかもしれない。 そう思い、私は二人を快く迎え入れた。彼らと久しぶりに話をしたいという気持ちも、本心であったから。 「ナマエは、最近どうだい?」 「そう、ですね」 二人に紅茶を淹れて出すと、ジョジョさんは私にこう切り出した。ちらり、とディオさんの姿が頭に過ぎる。――ジョジョさんとの戦いによって、首から下を失ってしまったディオさんのことを。 だが、ジョジョさんたちに、ディオさんの生存を教える訳にはいかなかった。 「この町、結構住み心地良いんですよ。あの事件と私は、関係ないということになっているようですし」 嘘は付いていない。かなり人口の減ってしまったこの街だが、それでも残った街の人は、よそ者である私にも親切にしてくれている。 ただ、ディオさんの生存を二人に隠して、私はこの町に住んでいるということを言っているだけだ。 「そいつぁ良かった。あのディオの野郎に連れていかれただけの嬢ちゃんが、変な勘違いでもされちゃたまらねえからな」 スピードワゴンさんの言葉に、曖昧な笑みで返す。確かに私はディオさんに連れられてここに来たが、現在もディオさんに仕えているのは、私の意思というのに。 「……ねえ、ナマエ。本当に、この町から出る気はないのかい?」 ジョジョさんが心配そうな口ぶりで、こちらを見ていた。 ――君は本当にずっと、ディオに仕える気なのかい? そう言われたように感じ、目を閉じた。 私か思い返すのは、あの時の誓いだった。 ――ナマエ。君は、永遠に仕えないか? ――あなたが、そう望むのなら。 少し黙ったあとで、私ははっきりと言った。 私の覚悟が、崩れることがないように。 「ありません。ジョジョさんやジョースター卿に仕えていたあの頃が、懐かしくないといえば嘘になりますが。それでも、私は今も、この生活を望んでいるのです」 その言葉は、紛れもない本心だ。 死んだと思っていたディオさんが生き延びていたから、ディオさんに仕えているというわけではない。 ディオさんが死んだかもしれないと思っていたあの時から、私は、ディオさんに生涯を費やすつもりだった。 契約の誓いはそれだけ、私にとって重いものであり、何より重要なものだった。 「そうか……」 ジョジョさんは俯く。その様子を見て、これが私の最後の分岐点だったのではないか、と思った。この誘いに乗れば、私はディオさんの使用人以外の道を歩むことになったのではないか、と。 だけど。私は、ディオさんの使用人で、それ以外の何者でもなかった。 「でも、そうだな。たまには、遊びに来てくれると嬉しいよ。もうすぐ結婚式を執り行う予定なんだ、その時は来てくれると嬉しいな」 そして、ジョジョさんは困ったように微笑む。少しだけ、照れ臭そうな感情を滲ませながら。 本当に時々、この館から出ることくらいは許されるだろうか? と考え、そこで、あれ?と思った。 「ジョジョさん、結婚されるんですか!?」 初耳だ。そんな話聞いたことがない。驚き、唖然となってしまう。 ジョースター邸に仕えていた頃、ジョジョさんにもディオさんにも浮いた話は全然聞かないな、なんて思ってはいたが。 「うん、そうなんだよね。ナマエには話したことあったっけ? 昔、エリナっていう女の子と仲良くしていたんだけど、最近再会してさ」 「エリナさん、ですか」 聞いたことがない名前だ。私は、私がジョースター邸に来る前のジョジョさんのことを何も知らない。……つまり、ディオさんのことも。 「エリナさんはジョースターさんの入院した先での看護婦だったんだけどよォ、ジョースターさんを懸命に介抱してくれたんだぜ! ジョースターさんは本物の紳士だが、それならばエリナさんは本物の淑女だッ! 傍から見ても、本当にお似合いのお二人さんだぜ――ッ!」 「ちょ、ちょっとスピードワゴン、恥ずかしいよ」 そうやって照れくさそうにスピードワゴンさんを窘めるジョジョさんは、それでも満更でもなさそうだ。 そして、幸せそうだった。本当に。 ジョジョさんは今は私の主人ではないが、それでも私は、彼の幸せを願いたい。 そこまで考えて、気がついた。否、忘れかけていた、目をそらしていた事実だ。 『おれはあの男の肉体を奪うつもりでいる』 なんということだろう。私は、ジョジョさんの幸せを願うことすらできない。 ディオさんは、私の主人は。 かつての主人の肉体を奪って、そして生き延びようとしている。 だから私は、現在の主人とかつての主人の両方の幸せを祈ることなんてできない。 ならば。私には、ディオさんの幸せを祈ることしか、できなかった。 「ジョジョさん、結婚されるそうですよ」 「ほお、誰とだ?」 「エリナさん、という方だそうです」 二人が帰路について、夜が更けてから目覚めたディオさんに、私はいつものように彼の髪に櫛を入れる。二人と私が話をしたことにはこれといった反応を見せなかったディオさんだったが、この話題には興味深そうにしていた。 「エリナ……エリナ・ペンドルトンか」 「知っているのですか?」 そう聞いてから少し待ってみたが、ディオさんは答えなかった。 「ジョジョさん、幸せそうでした」 ディオさんは黙っている。そんな彼に、私は意を決して意見を言った。私の、思いを。 「あの、ディオさん。ジョジョさんを殺さない道は、ないのですか。ジョジョさんは今は、ディオさんが生きているとは思っていません。彼と戦わなくても、いいのではないでしょうか」 私はディオさんの使用人だ。彼の幸せが、私の幸せ。それは分かっている。 でも、ジョジョさんにだって、死んでほしくない。かつての主人が配偶者となる女性と幸せになると言うのなら、その幸せを遠くから祈っていたい。 ジョジョさんとディオさんが戦うというのなら、私はディオさんの勝利を祈るしかない。だが、二人がそもそも争わない道を望むことは、果たして愚かだろうか。私はまだ、迷っているのだろうか。 ――主人と使用人の枠組みに拘る必要はない。 これは、他でもないディオさんが以前言っていた言葉だ。 そう言うのなら、少しの意見くらい許してくれないだろうか。 そう、思っていたけれど。 「ナマエ。今一度聞く。『おまえの主人は、誰だ?』」 冷たいその言葉に、久しぶりに心から恐怖を感じた気がした。 口が乾くような感覚を覚えながら、それでも私は、反射的にこう返すしかなかった。 「……あなたです。ディオさん」 沈黙が落ちる。それからディオさんは、薄く笑った。 「それでいい。ナマエ、おまえはこのディオの幸福を願っていればいいのだ。そうは思わないか?」 「そう、ですね。はい、そう思います」 その言葉を返しながら、私はやっぱりこの人に仕えるしか道がないのだろうと、そう思った。 それでも、私の選択は間違っていなかったと思う。 ジョジョさんには仲間がいる。愛する人がいる。でもディオさんには、誰もいない。大勢いた下僕すら、ほとんどいなくなってしまった。 ならば、せめて私は、ディオさんと共にいたい。彼をひとりにしないように。彼がひとりで傷付くことがないように。 ディオさんがそんなことを望んでいないということも、これがただの私のエゴであるのだということも、分かっているつもりだけど。 それでも私は、こう思ってしまう。 主人と使用人の枠組みに拘る必要はない、なんて言っておいて。 その枠組みに私を入れようとしているのは、あなたではないのですか。ディオさん。 それならば、私はあなたの使用人として、あなたを主人として、仕える以外に道はないというのに。 そうすることでしか、私は、あなたを一人にしないという想いを、果たすことができなくなってしまうのに。