「ディオさんはもう、太陽の光を浴びることはないのですね」 今日も紅茶を飲む彼に、私はぽつりと呟く。独り言のような言葉で、無視してくれてもいいと思っていたが、ディオさんは私の顔をじっと見つめた。 「……それが、どうかしたか?」 彼が怪訝な表情をしてこう言ったので、私は続ける。 「暗闇の中で生き続けるということは、一体どのような気持ちなのだろうと、そう思いまして。朝日の中で目覚めることがない、ということは」 日没後、暗闇の中で目覚め、朝日が昇る前にディオさんは眠る。人間とは真逆の生活。人間をやめたとはいえ、太陽の光を見ることなく生きる人生に、元人間は耐えられるものなのだろうか。 私は密かに、それが気になっていた。 「……ナマエ。君は太陽の元に出ることはできるが、既におまえは、闇の中に生きるおれに仕えているのだ。おまえも、闇の中に生きているのと同義よ」 「それは、そうかもしれませんが」 闇に生きる者の使用人は、自らもまた闇の住人。とはいえ、私は太陽を捨て去ったわけではない。それこそ、永遠の命を得る日が来ない限りは。 「それに。あの朝日が最後に見るものなんて、おれは許せなかった。太陽なんて、忌まわしいものでしかなかった。このディオが人間をやめてからの話ではない、ずっと昔からな」 首を傾げる。彼は人間であった頃から、太陽のことは忌み嫌っていたのだろうか? そんなことが、あるのだろうか。 「ナマエ、おまえには話してなかったか。おれの旧姓について」 私の主人の考えは私にはよく分からないな、と少し考えていたら、ディオさんの方から突然こんなことを聞かれ、思わず面食らってしまう。 「えっ……と、ブランドー、でしたよね。ディオ・ブランドー」 そして彼は、自らと血の繋がった父親であるブランドー氏を殺していると、あのときジョジョさんは言っていた。 「そうだ。ジョースター卿の正式な養子となってから、戸籍上おれはディオ・ジョースターであったが――それでもおれは、大学ではディオ・ブランドーを名乗り続けていた」 意識したことはなかった。私にとってディオさんは、いつもディオさんだった。ジョースター卿の養子だとは認識していたが、屋敷にいる頃からずっと、ディオさんはディオさんだった。 彼がディオ・ジョースターでも、ディオ・ブランドーでも、私にはあまり関係のないことだった。ディオさんが仕えるべき主人であるということは、変わらなかったから。 「理由を聞いてくる輩はそういなかったよ。ジョースター卿は勝手に、このおれがあの父親の姓を大事にしたいと思っているのではないかと、そう考えていたようだが……全く、反吐が出る。それをそのままにしていたあの時のおれも、どうかしていた。あんな父親の姓に価値などないと、そう言ってやれば良かった」 吐き捨てるように呟く彼の言葉を、黙って聞く。ディオさんとブランドー氏との間に何があったかは分からないが、ディオさんがブランドー氏のことを嫌っていることは確からしい。 「だが、ディオ・ジョースターを名乗るのも、癪だった。おれはあの家を乗っ取るつもりだったが、そうなっていない間にディオ・ジョースターを名乗るのも、まるでこのディオがジョースター家に乗っ取られているみたいじゃあないか! そんなことはあってはならなかった、それだけの話さ」 ディオ・ブランドー。 ディオ・ジョースター。 どちらもしっくり来ない。 だって、ディオさんは、私にとってのディオさんは―― 「さて、ナマエ。君にとって、このおれはなんだ? 言ってみろ」 ディオさんの顔をゆっくり見上げる。 その瞳の美しさに、彼は唯一無二の存在だと、唯一無二の私の主人であると、ただそう思った。 「あなたはディオさんです。それ以外の何者でもありません。私の、主人です」 今の私は、『ジョースター卿の養子だったから』ディオさんに仕えているわけではない。 他でもないディオさんをひとりにさせないと、彼だから仕えたいのだと、そう思っている。 私が思うところを言うと、ディオさんは小さく笑った。 「フン、よくできたな。ナマエ、おれはあの頃、おまえのことが気に食わなかったわけだが……そういうところは、認めてやる。このおれを、『ディオ』として認識しているところだけはな」 ――その瞳、気に食わないが、おまえの恐怖は正しい。 ふと、以前聞いたディオさんの言葉を思い出す。その恐怖を感じていた相手に、私は、自分の意思で仕えている。 今の私にとって、ディオさんはただディオさんであるのだと、そう思った。 「おれは血の繋がった――こう考えるのもおぞましいことだが――ダリオ・ブランドーのことも、養父となったジョースター卿のことも、この手で殺した。ブランドーという父のことも、ジョースターという父のことも、この手で断ち切ってやったというわけだ」 そういう点で、ディオさんとジョジョさんは違うのだと思う。ジョジョさんは受け継ぐ者、ディオさんは奪う者だ。 私はそんなディオさんに仕えたい。奪い尽くしたディオさんが、ひとりきりになることがないように。私の使用人としての誇りだけは、奪われないようにしながら。 「ジョースター……星。だがその瞬きも、月の光にかき消される小さなものよ。暗闇の中に輝くべきは、このディオだけで充分! ジョジョのやつのことも、この手で断ち切ってやる……このディオの運命に立ちはだかる、忌まわしき星屑を」 来たるジョジョさんとディオさんの戦いの日を思いながら、私は目を閉じた。その日が来たら、私はどうすべきなのだろうと、そう考えながら。 ディオさんは、月。確かにそうかもしれない。ディオさんに月の光は、恐ろしいほど似合うのだ。 ならば私は、その月の光の影。 それでいい。それが私だ。ディオさんの使用人の、ナマエだ。 光と影は表裏一体で、主人と使用人もまた、同じこと。 月の輝きを引き立たせる存在。ならば、太陽の元に出る必要もない。 闇夜に輝く姿を、そっと見られるのなら、それでいい。 私はこれからも、ディオさんのことを、ひとりになんてさせない――