※夢主はスタンドが見えるけどスタンド使いではない一般人設定 今の私は、かなり機嫌が良かった。 以前、大好きな恋人――ナランチャからプレゼントされた、彼とお揃いの橙色のリストバンド。それを身につけていると、離れていてもいつもナランチャのことを思い出すことができる。その度に私は、幸せな気分に包まれるのだ。 早くナランチャに会いたい。大好きって言いたい。 今日のデートの待ち合わせ場所に、スキップ気味で向かっていた時――事件は起こった。 それは、あまりにも突然のことだった。 「おまえが、ナランチャ・ギルガの女か? おまえが一番大切にしているものは、何だ?」 「……は?」 あまりにも突然、見知らぬ男に、こんな風に声を掛けられたのだ。 いきなり不躾に質問されて、不審に思わないほうが無理がある話だろう。私は男の言っている意味がわからなくて、間抜けな声を漏らし、顔を顰めた。 「おまえが一番大切にしているものは何だ、と聞いたのだ。今着ている、その服か? もしかしたらナランチャ・ギルガにプレゼントされたものかもしれないよなあ。それとも、ナランチャ・ギルガとの写真か?」 私が不快に思っていることなんて気がついていないのか、男は一方的に喋り続ける。それが不気味で、私は半分恐怖を抱えつつも、どうにか虚勢を張った。 「ちょっと、何のつもり」 「ああ、あくまで物質で頼む。一番大切なものはナランチャです、なんてくだらない惚気なんて聞きたくないんでね」 私の質問にも答えず、男はひたすら、ブツブツ喋り続けている。正直、気味が悪かった。 「もしかしたら、元カレにプレゼントされたものかもしれないなあ。そういう女だって、世の中には数多くいる」 「……元カレなんていないわ」 「ふうん、そうか」 わざわざ伝えてやる義理なんて全くないのだが、あまりにも不快だったので言ってやった。 男が何をしたいのか、全くもってわからないが、こういった輩を相手にしている時間はない。私は仏頂面を崩さずに、男に言い放った。 「悪いけど、あなたとお話している時間なんてないの。それじゃ」 ――ナランチャ。 ナランチャのことを思い出しながら、私はそっと手のリストバンドを握りしめた。彼のことを思い出すと、勇気が湧いてくる。 そうだ。私は今から、大好きな人と会うのだ。こんな、イカれた男と話をしている暇なんてない。早く、逃げなくては。 そう、思っていたのに。 「わかったぞォ! 『リストバンドだな』! ナランチャとおんなじヤツだァ! それが、おまえの一番大切にしているものだ!」 ――! その声を聞いた瞬間、どうしようもなく、私の身体は恐怖に包まれた。逃げなくては。脳から全身へ、全力で命令が下る。 だけど、何故か身体が動かない。悲鳴をあげることすらできない――何が起こっているのかわからないまま、私の意識は途切れた。 次に意識が戻った時、私は、身体的自由をほとんど奪われていた。 身体を動かそうとしているのに、何故か全く動かすことができない。声を出すこともだ。なんだか、自分が自分じゃなくなっているような感覚だった。 「お目覚めかい?」 男の聞き慣れない、耳障りな声が聞こえる。そこで私は、聴覚は機能していることを知った。 「ああ、目くらいも使えるようにしてやるか」 男の言っている意味がわからない。だけど、男がこう言った途端、私の視覚は開ける。だけど、自分の目でものを見ていないような、そんな奇妙な感覚があった。そもそも、見えている景色がおかしい。 文字通り、男の手の上に載せられているような。例えるなら、鼠などの小動物が見ているような景色だ。それは、ある程度歳の重ねた人間であれば、絶対に見ることのないような景色だ―― ――私に、何をしたの? 怯えながらも、声を出そうとする。だけど私は、どうしても声を出すことはできなかった。 「すぐにわかるさ。大丈夫、オレはおまえを殺すことはしない。ああ、おまえの愛しの恋人の行動次第だがね」 全く声が出せないのに、男は私の考えていることがわかるようだった。この男の言動が何もかも気味悪くて、吐けるものなら吐いてしまいたいくらいだった。 ――ナランチャ、助けて! だけど、視覚と聴覚、そして意識しか機能していない私には、祈ることしかできない。 私がこう祈ったのが男にわかったのか、男はせせら笑った。どうにも反吐が出そうだったけれど、やっぱり何も出すことができなかった。 絶望にひしがれ、私は内心恐怖で震える。理解できないという恐怖感は、何より人間を孤独にするものなのだろう。 リストバンドを握りしめたくても、身体は動かない。体中が、絶望に支配されそうになる。 だけど。 絶望の中でふと、かすかな希望の光が見えた。 ――ナランチャ!? そう。前方方向に、大好きなひと――ナランチャの姿が見えたのだ。 私の心が動いたのを感じ取っているのかいないのか、男は突如、大きな声を出した。 「おまえが、ナランチャ・ギルガだなァ!」 「……あ?」 ナランチャはどこか、不機嫌そうに振り返った。だけどその表情は次第に、驚きへと変わっていった。 「おまえ、それ――ナマエのリストバンドじゃあねえかッ! てめー……誰だ? ナマエに、何しやがったッ!」 そしてそれは、殺意へと変わっていく。ナランチャはそこで、ナイフを懐から取り出し、男へと向けた。 ――私の、リストバンド? 私のリストバンドなんて、私の見える位置にはどこにもない。私は、ナランチャの言っていることも、男の言っていることも、よくわからなかった。 だが男は、この疑問を答えるかのように、淡々と言う。 「厳密に言えば、これは『ナマエ』自身だよ、ナランチャ・ギルガ。このリストバンドはなァ――」 ――は? 男の、突拍子もない言葉。私は今の状況も忘れて、呆然となってしまった。 「てめー、何言ってやがる! ワケわかんねーこと言ってんじゃあねえぞッ」 ナランチャが、私が考えていたこと、それを代弁するかのように叫ぶ。それに対し、男は飄々と、こう抜かしてみせた。 「オレのスタンド能力は、相手のことを、相手が一番大切にしている物質に変えることだ。相手の大切なものが何なのか、わからないと能力が使えないのが難点だがね」 そこで私は、ようやく合点がいった。私は今――自分が一番大切にしていた、リストバンドという物質に変えられてしまっていたのだ。 ――そんな、ことって。 私が今思考しているということは、五感や身体機能は男が自由に左右できる、といったところだろうか。物理的にも心理的にも、男の手の上で転がされている――それがどうにも悔しくて、私は内心歯噛みした。 「てめー……ナマエを元に戻しやがれッ!」 ナランチャは男に向けていたナイフを、さらに男へと近づける。それを確認した男は、冷たい声でこう言い放った。 「おっと、そのナイフ、引っ込めなよォ~ナランチャ・ギルガ。おまえ、自分の立場わかってんのか? おまえは今、自分の恋人を、人質に取られてるんだぜェ――ッ」 男が私に、そっと手を向けた。そして、私に向かって、勢いよく叩きつけるような仕草が見えた。 「うっ!」 激しい痛みが、私の中を駆け巡った。感覚は感じないはずなのに。 うめき声のようなものも出てきた。声は出せないはずなのに。 「ナマエッ!」 ナランチャが、焦ったように叫ぶ。 そしてナランチャは、怒りに燃えた目で、男のことをギロリと睨みつけた。 「てめー……何が目的だ」 男の方はというと、余裕ぶった目で、ナランチャのことを見下すような視線を向ける。それが、どうにも気分が悪かった。 「カタギの非力な女を恋人になんかするんじゃなかったなあ、ナランチャ・ギルガよお。ギャングであるおめーに恨みのあるやつが、いくらでもこの女を人質にして、おめーのことをいたぶれるからよッ!」 ここで、私の中で話が繋がった。この男は、ナランチャへの恨みを晴らそうとしているのだ。しかも、私のことを人質にとって。まあ、ナランチャは、決して弱いものいじめをしたり、あまりにも道理に反することをするわけではないということは知っている――逆恨みに近いものもあるのかもしれないが。 ナランチャは、男の言葉を理解したのか、怒りを顔に浮かべながら歯を食いしばった。彼は、恨みを晴らすとか、戦いだとか、そういったことに無関係な人物を巻き込むことをひどく嫌うのだ。 だけど、私は――私が人質にとられているせいでナランチャが傷ついてしまわないかと、それだけが不安だった。できれば私を置いても良いから、逃げて欲しい。そうも思った。 ナランチャがこういう時に、私を置いて逃げるような真似をしないことは、わかっていたけれど。 そして――私の不安は、的中することとなる。 ナランチャは怒りに顔を歪めながらも、ナイフの切っ先を男に向けたままでいた。男はそれを見て、やや不満げそうに言った。 「おっと、妙なマネをしようとするんじゃないぞォ、ナランチャ・ギルガ。おめーが少しでもこのオレに逆らうような素振りを見せたら、『これ』を破壊する。一旦これを破壊しつくしてしまったら、おまえの女はそこらで踏み潰されたアリみてーに動かなくなるぜ」 「ぐッ……」 ナランチャは、男のことを睨みつけつつも、抵抗できずに歯を噛んだ。 私は、ナランチャに逃げてほしいと、ただそれだけを思っているのに――ナランチャは逃げずに、抵抗もできずに、ただ拳を握りしめている。 それを確認した男は、いともたやすくナランチャに近づいた。 そして、男はナランチャのことを、躊躇なく蹴飛ばした。 「ぐはッ!」 蹴飛ばされたナランチャは、苦しそうにうめき声を上げた。 ――ナランチャ! 苦しむナランチャに駆け寄りたい。できることならナランチャのことを庇って、私が代わりに傷を受けたい。そう、思うのに。 現実は違う。私が人質に取られているせいで、ナランチャが一方的に傷ついている。本当なら、ナランチャはこんな敵になんて、傷を負う理由なんてないのに。 自分のせいで。 心の中で泣きわめきたくても、それすらできなくて――私は今、絶望するしかなかった。 愛しい人が、無抵抗で傷を負っている場面を、ずっと正気で見ていることなんてできるはずがない。 しかも、自分が人質に取られているせいで。自分のせいで。 だけど私は、視界を外すことはできない。 気が狂ってしまいそうだった。 ――もう、もうやめて! 私が心の中で絶叫した、その時だった。 「――ッ! 『エアロスミス』ッ!!」 ナランチャは突如、彼のスタンド『エアロスミス』を発現させた。 ――え? ナランチャの突然の反撃に、私は驚く。そして同時に、男が大いに動揺したこともわかった。 「な、なにしやがる、てめえッ! オレに手を出したら、この女を殺すぞッ」 「ナマエには手を出させねえッ! それより先にこのオレが、この機銃をブチ込むからなァ――ッ!」 刹那。 ナランチャは、機銃を撃ち放った。激しい音が、辺りに鳴り響いた。 彼は、『エアロスミス』の機銃を、メチャクチャに撃ちまくっていた。男に向けて、確かな殺意を持って。 だが、決して私――今は橙色のリストバンドの姿になっているが――に当たることはない。男が、私を盾にするように動かし、ナランチャの攻撃をどうにか避けようとしているのにも関わらずに、だ。 「おまえ……ナマエを無力な物質に変えているみたいだがよォ――、ナマエはさっき、確かに声を出していた。つまり、どうなっているかなんて知らねーが、『ナマエは確かに呼吸をしていた』! そこの部分を『エアロスミス』のレーダーで追えば、肉眼でてめーがナマエをどう動かすかを読むよりも、正確に、ナマエを傷つけずに、おめーを狙うことができるッ!」 「クソ、このヤロッ……」 「ナマエは絶対に傷つけねえッ! オレは何事もなかったように、ナマエと一緒に過ごすぜ……おめーなんかじゃあなくってなあッ! ナマエは、絶対に取り返すッ!」 私はそこで、息を呑んだ。 ナランチャが絶対に私を攻撃しないように男を攻撃して、私を取り返そうとしてくれたなんて。彼がこんなに、私のことを想っていてくれているなんて――状況が状況じゃなかったら、嬉しくて抱きついていたところだ。 一方、男はいくらか負傷したようだったが、致命傷には至っていないようだった。男はナランチャの攻撃をなんとかかわしつつも、息も絶え絶えに叫ぶ。 「クソッ! おめーを好きなだけいたぶってから殺してやろうかと思ってたが、やむを得ない! おまえも無力な物質に変えてやるッ!」 そこで、男の方も『スタンド』を発現させた。そして、狂気に満ちた叫び声を辺りに轟かせる。 「おまえの一番大切にしている物質は何だァ!? 答えてみなよ、おまえもこの女と同じように、無力な物質にしてやるからよォ――ッ!」 「誰がおまえなんかに言うか、このボケッ! ナマエから手を離せ、この野郎――ッ」 「チッ」 男は、リストバンドの姿になっている私から手を離し、ナランチャへの攻撃へと転じた。私がいると、ただ邪魔になるのだと感じたのだろう。 ナランチャの銃撃を、男はスタンド能力でなんとか弾いていた。だが、男が私を手放したことによって攻撃がしやすくなったのか、ナランチャの攻撃はより激しくなっていく。 そんな、二人の戦いを見ながら――私はただ、固唾を呑んで見守るしかなかった。ナランチャがこれ以上傷つかないこと、それだけを祈りながら。 「クソッ」 永遠に続くかとも思われた、二人の攻防。だけど、永遠なんてものは存在しない。先に動いたのは、見知らぬ男の方だった。 このままじゃ拉致が明かないと感じたのか、なんと男は、戦いを放棄してその場から逃げ出そうとしたのだ。 ナランチャは不意を突かれ、一瞬立ち止まってしまった。 「……あっ! てめえ! 逃げる気かッ」 ナランチャがこう言うが、男は悪びれもせず、しれっと言い放つだけだった。 「悪いな。オレはこう見えて、結構身軽なんでね」 そして男は、そそくさと踵を返す。しかも、かなりスピードが速い。 ナランチャが呆気にとられ、一瞬遅れた隙に――男の姿は、あっという間に見えなくなってしまった。 「てめえ、チクショ――ッ」 ナランチャは慌てて、それを追いかけようとする。彼は二、三歩、駆け出そうとしていた。 だけど彼は、その前に――踵を返し、私の方に向かって駆け寄ってくれた。 「! ナマエッ」 彼はそっと、リストバンドの形をした私を手にとった。そしてナランチャは、私のことを決して傷つけないように優しく触れる。 「待ってろよ……。すぐ、元の姿に戻してやるからな」 ナランチャはこう言って、リストバンド――の形をした私――を、手首に巻き付けた。思わぬ温もりに、私は思わず動揺してしまう。 「もう絶対に離さないし、絶対にナマエを怖い目に遭わせたりしないからな。だから、ここで待っていてくれ」 ――ナランチャ。 男から開放され、幾分か安堵した心に、さらにナランチャが直接触れてくれた。 その温もりが、私にとっては既に心地よかった。 「『エアロスミス』のレーダー……さっきからあいつの動向は見ていたから、あいつの呼吸を見れば、あいつがどこに向かっているのか、よく分かる――」 ナランチャはどこか淡々と、こう呟いた。そして彼は、すぐ後ろの物陰の方を振り向く。 「そこだなァ! そこにいるなあ――ッ!」 そしてナランチャは、躊躇なく機銃を放った。不意を突かれたのか、男の悲鳴が聞こえ、血液が飛び出る瞬間が見えた。 ――どうして、そこに? 男はもう、とっくに遠くに逃げてしまっていたものだと思っていた。ナランチャから簡単に見えない位置とはいえ、どうしてわざわざナランチャの近くへ―― と思ったところで、私は気がついた。そしてナランチャは、私の心を代弁するかのように言った。 「大方、一人になったオレを観察して、オレの『一番大切にしているもの』を探し当てようとしてたんだろ……? それから、オレのことも無力な物質にしようってな……だが! おめーは逆に、オレの『エアロスミス』の能力を知らずに、射程距離内から出ようとしなかった! そのまま逃げていれば、オレから逃げられたかもしれねーのによオオオオ」 「ぐッ……」 男は、こちらを睨みつけながらも、苦しそうに顔を歪めていた。出血している脇腹あたりを抑えて、また逃げようと踵を返そうとする。 だけど。ナランチャが、そんなことを許すはずもなかった。 「逃げられるとでも……思ってんのかよ?」 ナランチャはもう一度、『エアロスミス』で、男のことを狙おうとした。男は自身のスタンドを出して、それを防御しようとしている。だが、負傷した痛みからか、上手く躱すことができていない。 「こんなもんか?」 一歩。ナランチャが、そんな男に向かって踏み出した。 痛みに苦しむ男は、何も答えない。 「ナマエに手ェ出しておいてよォ――こんなもんかって聞いてんだよッ!」 もう一歩。ナランチャは、『エアロスミス』を男に接近させ、攻撃の準備に入る。 男はそれから必死に逃げようとするが、男とナランチャの距離はそれすらも叶わない位置にあった。 「てめえ……覚悟はできてんだろうなァ……?」 静かな怒り。 ナランチャから逃げられないと悟ったのか――男は最期に、未練がましい雄叫びを上げた。 「クソ! クソ――ッ!」 「『エアロスミス』!」 男に対して――ナランチャは、躊躇も遠慮も一切感じられない、ただひたすら攻撃を放つ。 そして。 「オレの一番大切にしてるもの、だと……? そんなの……オレとナマエのことを知らねえやつが、わかるはずがねーんだよ」 既に返事をしなくなった男に対し、ナランチャはぽつりと言った。 ついさっきまでこの場を支配していた、怒りも、激情も、何もかも――もう既に、どこにもなかった。 「あ……」 声が出る。自分の手が動かせる。 自分の顔に触れてみる。髪に、腕に。もう私は、リストバンドの姿ではなくて、しっかりとした人間の姿だ。私の姿だ。 元の姿に戻っている――その余韻に浸りながら、私は長い息を吐いた。 だけど、そんな間もなく、ナランチャが私の方へ駆け寄ってきた。 「ナマエッ」 「ナランチャ!」 やっと、やっと。本当にやっと、ナランチャのことを、自分の口で呼ぶことができる。 ナランチャが無事で、私も無事で。それを喜びたかったかれど、ナランチャは違った。 「ごめんな、ナマエ……オレが、オレのせいで……」 彼が言いたいことは、よくわかった。彼は、自分のせいでこうなったと、自分のことを責めているのだろう。 だけど。私は、ナランチャに自分を責めてほしくなかった。だから私は、彼に言った。 「謝らなくていいのに。私だって、たまにはこうなることがあるかもしれないっていうのは、覚悟の上だから」 「けど」 「それに、ナランチャは、ギャングであることを正しいと思っているんでしょう? だったら、自信持ってよ。ね?」 「…………」 「私は、ナランチャがどうしてギャングになったかを、良く知っているつもりだから。あなたが絶対に悪くないことを、私は知っているから。ね?」 ナランチャは、私の言葉に対し、小さく「うん」と言った。 ――ああ、いつものナランチャだ。 さっきまでナランチャは、怒りと激情に駆られてたけど、今のナランチャは、いつも私と一緒にいる、いつものナランチャだ。 ついさっきまでは、それどころではなかったけれど――今思い返したら、彼はとてもかっこよかったと思う。 私を守るために戦ってくれたというのが、とても嬉しかったとも思う。 「それに、信じてたから。こういうことがあったとしても、ナランチャが、絶対に助けてくれるって。だから、平気だよ」 そして、本当に彼は、助けてくれたから。私のために彼が傷つくのが嫌で、逃げて欲しいと思っていたけれど。それでも彼が逃げずに、そして絶対に二人とも無事でいられると、信じていたから。 だから。 だから、私は―ー 「だって私は、あなたが好きなんだから」 だから私は、ナランチャが好きなのだ。 私がまっすぐ彼の顔を見つめると、ナランチャはやや目を逸らしながら、小さく呟いた。 「……そんなこと言うから、ナマエの言葉がオレにとって一番大切なもんになっちまうんだよ」 ナランチャの言っている意味が、一瞬よくわからなかった。 だけど、やがて合点がいく――あの男に聞かれたことを話しているのだ。一番大切な物質は何だ、と。 ナランチャはそれを、私の言葉だと考えたのだ。一番大切な物質は、私が今までナランチャに与えてきた、たくさんの言葉だと。 それに気がついた私は、思わず――少しだけ、笑った。 「一番、大切なものが、それ?」 「悪いかよ、チクショー」 「まさか、全然! すごく嬉しいよ」 それが『物質』たりえるものなのかどうか、野暮なことを考えるのはやめにしておいた。 ナランチャがあの時、あの男に『一番大切な物質は何だ』と聞かれて、私の言葉を思い浮かべたということには変わりないのだから―― 「ねえ、ナランチャ。やっぱり私、あなたのことが好き。大好き」 返事が返ってくることを期待して言ったわけではないのだけれど。でもナランチャは、確かに囁き返してくれた。 自分の大切な気持ちを、告白してくれた。 「オレもだ。オレも同じ気持ちだよ、ナマエ。オレも、君のことが好きだ」 「ナランチャ」 そして二人は、自然にそっと手を取り合った。私の気持ちが、今日という日の中で一番高まるのがわかった。 お揃いのリストバンドが、触れ合うか触れ合わないかのところにある。指が絡み合い、二度と解けないような気がしてくる。 一緒に歩き、二人で言葉を重ねながら――幸せな気分に包まれたこの時間が何より大切だと、そう思った。
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