紫の煙と私と君

 フーゴが居眠りしていた。珍しい。  仕事の途中だったのだろうか。書類を手にしながら、無防備に眠っている。  辺りを少し見回してみる。今、このアジトには、フーゴしかいないようだ。  そっとブランケットをかけてみる。起きる様子はない。疲れているのなら、そのまま寝かせてやろう。一つ年下の少年の寝顔を見ながら、私は思わず笑みを零す。  そして。私はおもむろに、自分のスタンドを呼び出した。 「『サーカス』……。『パープル・ヘイズ』を出して」  そして、フーゴのスタンド『パープル・ヘイズ』もまた、そこにあった。  私のスタンド『サーカス』は、人の魂の形を見て、触れることができる。つまりスタンド使いに関しては、そのスタンドを、強制的に引っ張りだすことができるわけだ。  もちろん、敵と戦うときには便利である。だが今はそうではない。  スタンドの触れ合い、それはつまり、魂の触れ合い。私はずっと、フーゴとそれをしたいと思っていた。  フーゴは眠っているため、『パープル・ヘイズ』は彼に制御されていない。  つまり、これがありのままのパープル・ヘイズ。ありのままの、フーゴの精神の姿。  獰猛で、いつも怒っているような顔をして、神経質で潔癖な。 「うぐぐぐぐ……グゲッ、グゲッ」  唸り声を上げて、閉ざされた口の隙間からヨダレがぽたぽたと落ちた。本能に直接訴えかけてくるほど、このスタンドは凶暴だ。  そう、パープル・ヘイズが、誰のスタンドよりも危険であることは知っている。その手のカプセルが割れた途端に、私も、本体であるフーゴも死んでしまうであろうことは。  それでも。彼の精神が私の前に無防備に立っていることが、たまらなく嬉しい。 「ほら……ヨダレ、拭いてあげるから。こっちにおいで」  だから私は、臆することなく彼に近づく。フーゴの精神の姿に。  そして、ポケットに入っていたハンカチで、 口から漏れるヨダレを拭いてみた。パープル・ヘイズは少しの間動きを止め、されるがままになっていた。 「ほら、どう? あなた、結構綺麗好きでしょう……すっきりしたんじゃあない?」 「ウゲッ、ウゴゲゲッ」  喜んでいるのだろう。多分。少なくとも私にはそう見えた。  だから私も、そっと笑った。フーゴの精神の奥深くに触れられたような、そんな気持ちになりながら。 「おい、ナマエ……パープルヘイズを出すなって言っただろう。危ないぞ」  それから、しばらく後――居眠りから目覚めたフーゴが、状況を把握したと思ったら、不機嫌そうに言う。 「平気よ。パープルヘイズだって、カプセルさえ割れなければ安全だわ」  膝枕をしたパープル・ヘイズの頭をそっと撫でてみる。パープル・ヘイズはさっきから、私の膝の上でくつろいでいた。カプセルが割れそうな様子はない。パープル・ヘイズは嬉しそうな唸り声を上げたが、フーゴはそっぽを向いて、小さく言った。 「あの……恥ずかしいんですけど……」 「いいじゃない。フーゴだって、まだ十六歳なんだから。たまには、休んだり甘えてもいいと思うわ」 「あんただって、ぼくより一つ上ってだけじゃあないですか……そんなに変わりませんよ」 「ふふ、そうかもね」  照れ隠しのように言うフーゴを見ながら、くすくす笑う。  だけど、本当にそう思うのだ。  人より賢い彼。そんな彼が、ギャングの世界で生きていくというのは、他の人以上に気を張ることもあるのではないかと思うのだ。賢い故に、生き辛くなるような、そんな気が。 「フーゴだって……もっと、単純に考えてもいいと思うんだけどね。考え過ぎも、身体に毒だわ」  パープル・ヘイズの頭を撫でながら呟く。仕事に思わず居眠りしてしまうほど、彼には考え悩みすぎないでほしいと、そう思う。 「……ぼくに、こいつと同じような生き方をしろって?」  しかし嫌悪すら感じる瞳で、フーゴはパープル・ヘイズを見下ろした。彼のスタンドは確かに、素直で、悪く言ってしまえばフーゴの持つ知性は感じられない。  それでも。フーゴのこともパープル・ヘイズのことも、私は好きだった。だから私は、何も言えなかった。 「……なら」  少しの沈黙の後、彼はため息をつく。  そしてフーゴは、いつの間にかパープル・ヘイズを引っ込めていた。  フーゴは眠りから覚めた段階で、やろうと思えば彼のスタンドを制御できたのだから、今までパープル・ヘイズを私の膝の上で寝かせていたのはフーゴの意思であったのだと、私は今になって気がついていた。 「『たまには甘えるのもいい』。でしょう?ナマエ」  そしてフーゴは隣にどかりと座り、私の肩に凭れ、そして目を閉じた。私はそれを、しばらく唖然としながら眺め――そして。状況を理解した瞬間、赤面した。 「……えっ、ええっ!?」  フーゴが、私の肩に凭れて目を閉じている。……甘えている? 「フーゴ、急にどうしたの……? おーい……」  恐る恐るつついてみたが、彼は目を覚まさなかった。完全に眠っている。先程も寝ていたが、寝足りなかったのだろうか。  私は、暫し呆然としていたが――やがて、小さく微笑んだ。 「まあ、パープル・ヘイズも私に甘えてくれたし……。フーゴも甘えたかったのかもね」  彼の寝顔を、愛しさを持って見つめる。彼が私の隣で眠っていることが、なんだか嬉しかった。 「いつもお疲れ様、フーゴ」  そうしていると、なんだか私も眠くなってきた。小さな欠伸が、口から漏れてくる。 「私も寝ちゃおうかな。おやすみ、フーゴ」  そして、私も目を閉じた。お互いに凭れ合って眠る昼下がり、全てを忘れて、私たちは眠りに落ちた。

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