最悪な、出会いと別れ。 私はこの人生で、それを何度も繰り返してきた。 だから、最悪の出会いには最悪の別れが付きものなのだと、そう理解していたはずだった。 それなのに。私は、私とディエゴ・ブランドーの別れについて、考えることはなかった。 私と彼が別れる日は、どちらかの復讐が果たされた日でしかないのだと、そう思っていたから。 彼は、SBRレースで栄光を勝ち取るつもりらしい。その瞬間の私は、どうやってディエゴから栄光を奪い取れば、蹴落とせば良いのだろう。 当然、私のことをあれだけ挑発してきた彼のことだ、何も対策しないことはないだろう。そもそも、SBRレースの勝者というだけで、ただでさえ命を狙われることは多くなる気がする。警戒する彼に、私はどう復讐すればいいのだろうか? できれば、復讐というくらいだから――彼に、絶望を味わせてやりたい。だから少なくとも、即死でないようにはしたい。復讐できるのなら、必ずしも死なせなくても良いとは思うけれど。 彼に復讐して、私の誇りを取り戻すこと。ディエゴの得た世界を奪うこと。それが、今の私の生きる唯一の目的だった。 SBRレースの準備に勤しんでいるディエゴのことは気にかけず、私はぼんやり物思いにふける。 レースの開催自体は少々先の話だが、開催場所はこの国イギリスではなく、大西洋の向こう側の国、アメリカだ。彼はもうすぐ、この国から、私の元から離れることになる。 そして、私が考えることは――彼がいなくなってから、私がどう動くべきだろうか、ということだ。 彼がレースに出ている間、私がすべきこと。それは、復讐のため私の父親を探すことと、そしてレースに出ているディエゴへの援助。ディエゴがレースに勝ってくれないと、私は彼から世界を奪うという復讐をすることもできない。だから、彼への援助は惜しむつもりがなかった。私が何もしなくても、あの男は優勝してしまいそうだけど。 ああ、気に入らない。気に入らないが――だからこそ、お互いに復讐するのだと、私たちは誓った。 「……誓い」 私はそう呟きながら、左の薬指に嵌った古びた指輪を目にする。ディエゴが義母に渡した偽りの愛の指輪は、もっと綺麗なものだったと思う。彼が義母に囁いた愛は偽物だったわけだが、ディエゴが私と誓った復讐は、きっと本物なのだろう。この古びた指輪を見ながら、漠然とそう感じた。 そして――思った。 私は復讐する。この指輪に誓って。だから、彼が出発していなくなる前に、ひとつやりたいことがあった。 「……結婚式?」 怪訝そうな顔を見せたディエゴに、私は微笑む。彼の自室に押しかけることは、これでもう何度目だろう。 「そう。二人だけの結婚式。結婚式というのも、少し違うかもしれないわね――誓うものは、愛ではなく復讐だもの」 「……ナマエ。まさかこのオレに、君への復讐を神に誓え、とでも言うのか?」 「……あなた、もうすぐここからいなくなるじゃない。だから、気持ちの整理をしたいと思ったのよ。あなたがこの家からしばらくいなくなっても――お互いが復讐を誓うことを、約束したいと思ったの」 二人が分かたれても、お互いへの復讐心は忘れることがないのだと。 私は確かめたかった。実感していたかった。私と彼の間に、絡み合って解けない運命の糸があるということに。 どう? と首を傾げると、ディエゴは顔色を変えずに呟いた。 「……茶番だな。だが、悪くは無い」 そのまま、部屋を移動もせず、着替えもせずに、私たちは結婚式ごっこを始める。 ウエディングドレスなんて着ない。そんなものに意味があるとは思わなかったから、普段着のドレスだ。ディエゴの方だって、正装するつもりは全く無いらしいが、構わなかった。 これが、私たちだ。そうやって誓いの言葉を呟きながら、誰に誓っているのか、これは誰への復讐になるのだろうかと、漠然と考えていた。 病めるときも、健やかなるときも。 お互いを憎み、必ず復讐を果たすことを誓いましょう。 復讐という名の死が、二人を分かつその日まで。 誓いの言葉と共に彼と口付けを交わしながら、私は思う。 この男の唇は、武器だ。その口が紡ぐ言葉も、唇そのものから漂う色香も。そして時に、それは凶器にすらなる。 この男は何度、目的のために偽りの愛を囁いたのだろう。偽りの口付けを交わしたのだろう。 私がディエゴの最後の女であればいいのに。この口付けが終わってしまったと同時に、私も彼も、死んでしまえばいいのに。 憎しみの中に混じるほんの少しの情を交わしながら、彼の味と、形を、私の身体に刻みつけた。 この茶番のような結婚式が終わってから、私と彼は別の道を往くことと、お互いへの復讐、世界への復讐だけを考えて生きていくことになることは分かっていて、私がこの男を憎んでいることは確かだったのに。 それなのに。この口付けを終わらせたくないと願っていたのは、一体何故なのだろうか。 「愛しているわ」 口付けが終わった後、私は嘘をついた。 「オレも愛している」 嘘つき。 甘さすら錯覚しそうになるその言葉に騙されないように、私は必死で理性を保った。その熱さと冷たさを孕む眼光に、殺されてしまわないように。 私たちの間にある熱は、復讐と憎しみだけであって、愛なんかではない。自分にそう言い聞かせるように、私はもう一度、彼と唇を重ね合わせた。