27.復活の日

 熱い。痛い。目の前が見えなくて、何が起きているのか分からない。  果たしてこれは悪夢なのか、それとも現実に起きていることなのか――全く、何も。  ただ、ひたすらに、苦しいという感情だけが私の中に渦巻き続けていて、  そして、それが私の身体からなくなったことに気がついた時には、全てが終わっていた。  全てが。 「ここ、は……」  目が覚めると、柔らかいシーツに身が包まれていた。倦怠感はあったが、痛みや苦しみは無い。  見覚えのない部屋だ。ここは病室? どうして、こんなところに? 何が起きた? 私は一体、何をしていた?  記憶が曖昧で、何が起きたか分からない。白い病室をゆっくりと見回していると――出入口付近に、あの男が立っていることに気がついた。 「起きたか」  冷たい瞳が、私を射抜く。彼のその声を聞いた途端に――意識を失う直前の記憶が、一気に思い出された。 「ディエ、ゴ」  呆然としながら、私は彼の顔を見上げる。  どうして、どうして、  どうして私と彼は、生きているの!?  私は確かに、三人分の毒を、三人の食事に混ぜた。私と、ディエゴと、そして――義母の分の食事に。  だから、私たち三人は死ぬべきだったのに。  それなのに。ここが天国でも地獄でもないことには、気づいていた。気がついてしまった。  私とディエゴは、生き延びた。――なら、義母は? 「ねえ、ディエゴ……お義母様は? 私たち、どうしてこんなところに」 「質問は一つ一つにしてもらいたいもんだな」 「いいから、答えて。……お義母様は、どこ?」  私のその言葉に――彼は、無情に答えた。 「死んだ」  冷徹なその言葉に、私は言葉を失う。  何を言っているのか、理解できない。理解したくない――そんな私に、男は淡々と、言葉を続けるだけだった。 「あの人は死んだ。生き残ったのは、オレと君だけさ、ナマエ」  その言葉に、私は呆然とする。言葉が出ない。だが、聞かなければならない。……あの日、私達の身に一体何が起きたのかを。 「どうして、……どうして、お義母様だけが死ななくてはならなかったの」 「忘れたのか? あの人を殺したのは、君なんだぜ」  そして、なんとか絞り出した嘆きの声すら、彼は淡々と躱した。  その言葉を、私は否定できない。だって、私が義母に毒を盛ったのは、事実なのだから。  絶望を身に感じながら、私は、どうしても解せない疑問を彼にぶつけた。 「じゃあ、どうして……。私たちだけが、生き残らなくてはならなかったの……」  ディエゴはその言葉に、じっとこちらの目を見つめたかと思うと、フン、と鼻を鳴らした。 「……君にあの毒薬を渡したのは、このオレなんだぜ、ナマエ。君を、毒薬の売っているあの町に連れていったのもだ。そんな君から毒を盛られる可能性も充分あるのに、オレが何も対策しないマヌケだとでも思ったか?」  要するに――彼は、解毒薬を持っていたとでも言うのか?  最初から私に毒を盛られることを警戒して。思えばあの毒は、即効性があるというわけではなさそうだった。  ……だが。そもそも彼は、コーヒーに口を付けていなかったのかもしれない。飲んだフリをして、私の様子を窺っていたのかもしれないのだ。だってそうでないと、私だけが苦しんで入院して、彼が元気そうに『見舞いをしに来た』ように、私の病室に立っているはずがない――  なら、何故彼は、私にだけ解毒薬を渡したのだろう。私が生きて、義母が死んだと言うのなら、彼は私にだけ解毒薬を飲ませたということになりそうだが――何故。  そんな疑問もあったが、今の私にとってはどうでもいいことのようにも思えた。  だって。私の心中は、失敗したのだから。  嗚呼、そうだ。失敗した。  私の復讐は失敗した。私から何もかも奪っていった男の命を、奪うことはできなかった。  私は私を殺すことができなかった。彼を殺し彼女を殺し、そして自らの尊厳を捨てることもなく、死ぬことができなかった。  私には、義母を何も知らぬままで、逝かせることしかできなかった。それでも私は、彼女を独りで逝かせてしまった――  ……失敗した。そう唇を噛み締める私に、ディエゴは無情にも言葉を続ける。 「結局君は、あの人のことなんて信じていなかったんだろう?」  その言葉に、私はゆっくりと顔を上げる。こんな私に何を言いたいのだろうと、そう思いながら。 「君は、『飢えた』ことがないだろう。ただの一度も。だから、全てを奪われるまで、何もかもを失うまで、自分の愚かさに気付けない。……気づかなかったのか? ナマエ」 「何、を」 「――あの人は、君やオレに殺されるかもしれないということに、どうやら気がついていたらしいぜ。その上でオレや君を遠ざけようとしなかったとなれば、哀れな女だと言わざるを得ないが」 「……どういう、こと?」  その言葉に、呆然とする。何を言っているかわからない――そんな私に、ディエゴは淡々と言葉を続ける。 「言葉通りの意味だ。……彼女は、『遺書』を残していた」  遺書。初耳だ。何の為に? 「詳しい内容は省くが、重要な点として、こう書いてある――『幸せであるうちに死にます』と」 「嘘」  どうして、と思わず漏れた声に対し、彼は興味無さげに言った。彼にとって彼女の死は本当にどうでもいいことなのだろうと、ただそう思った。 「さあな。オレに殺されたとしても、君に殺されたとしても、彼女は庇おうとしたんじゃあないのか。自分を殺した人をな」 「…………」  彼女は、私達の間に広がる淀みに、気がついていた。  なら私は、彼女を何も知らないままで逝かせることすらできなかったのか。  私は、ただ――親殺しという、あまりに罪深い罪を背負ってしまっただけだったのか。  誰も信じることができず。  ただ、独り善がりに、殺してしまった。  混乱した頭でも、私が取り返しのつかないことをしてしまったということだけは分かっていた。  これから私は、どうしたらいいのだろう。この罪を背負いながら、どうやって生きていたらいいのだろう――  そうやって俯く私に対して、ディエゴはゆっくりと、口を開いた。 「それより――『答え合わせ』をしてやろう」 「答え、合わせ?」  今更何を言い出すのだろう。何を答え合わせると言うのだろう。あの人は、死んでしまったのに。 「約束したじゃあないか――『君があの人を殺せば、全てを話してやる』って」 「全て、って?」 「全ては全てだ。前にも言っただろう? オレが何故――君に対して、こんなことをするのか」  思わず、彼の顔を見上げる。鋭い瞳と目が合った。私がこんな目に遭っている理由なんてものが本当にあるのだろうかと、そう思いながら。  初めて彼の口から明かされる動機を、私は、呆然としながら聞くしかなかった。 「復讐だ。ああ、復讐だよナマエ。オレは世界への復讐のため、まずは君に目を付けることにした。……まずはおまえに復讐することにしたんだ、ナマエ・ミョウジ」