25.前夜祭

「最終確認だ」  私に運命を握らせた男、ディエゴは静かに宣告する。 「オレが君に渡した毒。それをあの人に盛ってくれれば、オレは君のことを捨てないさ、ナマエ」  義母の誕生日。私達の運命を決める決行日は、遂に明日に迫っていた。 「だが、もし君が誰にも毒を盛らなかったら。オレはあの人に、君のことをバラす。ナマエ、君が社交界から追放されたことをな。それに、君がオレのことを殺したなら、どっちにしろあの人に君のことは耳に入るだろう。そうなった場合、普通に考えれば君はあの人に勘当されるだろうな。そんな恥知らずな娘を、いつまでも由緒正しいミョウジ家に置いておけるわけもないからなァ――」  彼の言葉を、黙って聞く。今更、彼の言葉を疑ってなんかいない。実際、ほとんどの可能性でそうなるであろうことは、私にもわかっている。 「君が一人で自殺したいってんなら、オレとしては別にそれでも構わないわけだがな。ただ、君はそんな道を選ぶほど愚かではないと――オレはそう思っているわけだが? ナマエ」  ディエゴの瞳の色が、妖しく光った。その眼光を、私はじっと見返す。 「さて。君がどの道を選ぶかは知らないが。オレをがっかりさせないでくれよ、お嬢様」  そうやって、彼は静かにそこを立ち去った。私は結局、何も言うことはなかった。 「…………」  もしも、ディエゴだけを殺しても。もしも私が、彼女にとっての愛する夫を殺したとしても。私が恥さらしな娘であることを、彼女が知ってしまったとしても。  もしかしたら義母は、私のことを捨てないのかもしれない。彼女は私が思っているよりも、はるかに、何かに気づいているのかもしれない。それだけ彼女の愛は、私が思っていたよりも、ずっと深いものであるのかもしれない。  だけど――それは『逃げ』だと思った。それはきっと、自分で決めた道からの逃げだ。  私は、決めたのだ。  三人分の毒を盛ると。  私達三人で、心中すると。  私はディエゴを殺す。私の全てを奪ったこの男に復讐するため、あの男から全てを奪う。  私は義母を殺す。何も知らない彼女のことを、何も知らないままで、穏やかに死なせる。  私は私を殺す。私の人生にはもう何もないから。私の願った幸福を望むこともできなくなった私に残っているものは、恨んだ人とたった一人の家族の二人だけ。彼と彼女を殺した私には、もう生きる理由はない。  だから私は、三人で死ぬ道を選んだ。  それが、私が正しいと信じる、たったひとつの道なのだから。 「ナマエ、ナマエ」 「……どうしたの、お義母さま?」  そうして独り、窓の外を眺めながら佇んでいると、義母が私に話しかけてきた。 「あなた――顔色、悪いわよ? 大丈夫?」 「…………」  義母は本当に心配そうな表情をしていた。そんなに変な顔をしてしまっていただろうか。彼女には何も、知られたくはないのに。  だから私は、笑った。それは、取り繕ったものでしかなかったかもしれないけれど。 「大丈夫よ、私は平気。私は、自分の道を、見つけられたから」 「そう……? あなたがそう言うのなら、きっと大丈夫なのでしょうね」  義母は、安心したように微笑んだ。そして彼女は――何やら、不思議なことを呟き始めた。 「ねえ、ナマエ。私はね。あなたが幸せでいてくれたら、それでいいわ。私はもう、この半年の間――いえ、あなたがこの家に来てからの二十年間ずっと、充分に幸せだったもの」  本当に幸せそうに、彼女は言った。彼女が何を言いたいか、全くわからないわけでは無かったが、私はそれでも、こう言うしかなかった。 「……何を言っているかわからないけど。私は私なりに、幸せの道を探っているつもりよ」  義母は寂しそうに微笑んだ。その顔は恋に浮かれる女の顔というより、年老いた母親の顔であった。  明日で最後。  私たちの道が潰えることが、私の信じた、たったひとつの道だった。