ミスタと両片思い

 ――なんで私がギャングの幹部に少女みたいな恋をしなければならないんだと思うことはあるが、実際そうなってしまったのだから仕方がない。  私は普通に生きてきた。ギャングとなんて無縁な生活を送ってきた。顔も広く評判のいいギャングなんて人もこの街にはいたようだが、そういった人すら避けていた。ギャングなんかと交流するなんて普通はすべきではないと、そう思っていた。  否、今でも思っている。  なのに、……なのに。 「よう、ナマエ。久しぶりだな」 「ミスタ!」  私は今日も彼から、グイード・ミスタから、目を離せずにいる。  どうしてこうなったのだろう。……分からない。気が付いたら私は、ミスタに惹かれてしまっていた。  行きつけのカフェテリアで知り合ったミスタ。学校帰りにカフェテリアに寄ると、たまにミスタと会うことができる。最初に話しかけられたとき、こんなに話していて楽しい人がいるんだ、と思った。  彼がギャングだと知っても、ついに、拒むことはできなかった。むしろ、より一層惹かれる気持ちが強くなったくらいだ。 「ミスタってイチゴケーキ、好きなの?」 「ま、そうだな。嫌いじゃあねーよ。たまに無性に食べたくなるときってのも、あるだろ?」 「そう? 『嫌いじゃない』くらいの割には、よく食べてるイメージだけどなあ」 「なんだよ、ナマエの方がクッキーたくさん食べてるくせによォ――」  今日も私は彼とお茶をする。甘いケーキと紅茶にクッキーを、二人で囲みながら。そんな何気ない時間は、楽しい。彼といると、いつもよりも笑顔になれる気がする。  それなのに。この時間が、たまに苦しくなることがある。 「ねえミスタ。次は、いつ会えるかな?」  別れ際。この言葉にミスタは、同じ言葉を繰り返す。 「まだ分かんねえよ。ま、休みの日にはまた来るからよー、その時にまた話そうぜ」 「……うん」  そして、そう言いながら手を振って去る彼を、ぼんやり見送った。普段混じり合うことのない私たちが、また離れていく。  寂しい気持ちが心に湧き上がった。行かないで、と言いかけた気持ちを伝えることもできず、切なさを胸中に持て余す。  ただの友達。それが私たちだ。  ……ミスタは、私のことをどう思っているのだろう。  私ばっかりミスタのことが好きな気がする。そして、実際そうなのだろう。ミスタにとっての私はきっと、ただの話し相手だ。ギャングである彼には、愛人なんて存在が多くいてもおかしくない。そして私は、その大勢の愛人の一人ですらない。  私の片思い。このまま進展することもないだろうと、そう思ってしまうような恋。  そう。これが、私だった。  ――なんでオレがこの女の子相手だとガキみたいな恋をしなければならないんだと思うことはあるが、実際そうなってしまったのだから仕方がない。  オレはいつもハッピーに生きてきた。どんなときも自由に。街行く女がいい女だと思えば軽く声をかける。その結果引っ叩かれてフラれようと、一晩くらいは一緒に過ごしてそのまま別れようと、引きずることなんて一度もなかった。  だからオレはいつも通り、たまたま寄ったカフェテリアにいた、その女の子に声をかけようと思っただけだった。  実際、声をかけた。――反応は上々。オレのくだらねー話にも笑顔で応えてくれる。なんだ、なかなかカワイイじゃあねーか。  これから一緒に遊ばねーか、とは言わなかった。いつもだったらそう誘っていた。……そうしなかったのは、どうしてなのだろう。 「あはは、ミスタってば面白い」 「え、そうか? ウケケ、そお?」  心から楽しそうに笑ってくれたその女の子、ナマエのことを、傷付けたくない、と咄嗟に思った。我ながら自分らしくないと思う。いつもだったら振られても気にしないのに、この子に振られて二度と会えなくなるのは嫌だと、そう思ってしまった。  そしてオレはナマエと会ったカフェテリアに、時間があるときに立ち寄った。何度か会っているうちに、お互いの都合のいい時間が分かるようになって、何度もケーキを一緒に食べた。 「あッ! このケーキ、イチゴが『四つ』乗ってるじゃあねーかッ!」 「わっ、ほんとだ……。じゃあ、私が一つ食べてあげるね。これで『三つ』になるでしょ?」 「全く……こういうのは店側が気を利かせて『三つ』か『五つ』にすべきだと思うぜ」 「あはは……まあ、美味しいからいいじゃない。私が三つにしてあげるし」  そしてナマエは屈託なく笑う。  オレと会っているときのナマエはいつも楽しそうだ。だが、彼女がオレのことをどう思っているのかは、正直なところよくわからない。オレが遊んできた女とは、少し違うタイプだったから。  オレばかり彼女のことを好きなような気がする。ナマエはオレに好意的ではあると思うが、ナマエがオレに恋をしているような気がしないのだ。オレたちはいつも取り留めもない話をしていて、友人関係であり続けていた。  そう。これが、今のオレたちだった。  ある日。オレは仕事帰りに適当に街をぶらついていた。こういうとき、前のオレは女に声をかけていたが、ナマエに出会ってからそういうこともしなくなったような気がする。  そしてその日、オレはナマエを見かけた。……知らない女一人と、男の姿も共にあった。 「おう、ナマエ。今日は学校休みか?」  そんな彼女に、思わず声をかけてしまった。……知らない男の側にいるナマエを見ていると、自分でも驚いたが、嫉妬心が生まれてしまったらしい。 「あ、ミスタ! 珍しいね、外で会うの」  ナマエは男女二人に断って、オレの側に駆け寄ってきた。その純真な笑顔にオレは応えつつ、妙な罪悪感も感じていた。  当たり前だが、オレにはオレの生活があって、ナマエにはナマエの生活がある。人生がある。それなのに、オレの一時の気持ちで彼女の時間を奪っていいものかと。 「さっき一緒にいたのって、学校の友達か? 男もいたみてーだけど……」 「うん、そうだよ。あの二人、カップルなんだ」 「……カップルと一緒にいたのか? おまえ」 「共通の友人、ってやつだからね」  ナマエはあっさりと言う。嫉妬心なんて感じる必要、なかっただろうか。  そう思いながら、オレは小さく息を吐く。  少し、落ち着いて考えてみれば――オレとナマエの人生が交わったことがあったのはあのカフェテリアくらいなもので、道端でナマエに会うことは新鮮であり、少々変な気持ちでもあった。  どうも最近、オレらしくない気がする。ナマエといるときのオレは一歩を踏み出せていなかったなと、今になって思い始めてきた。 「なあナマエ。これから一緒に遊ばねーか?」  だからオレは意を決して、他の女を誘っていた頃とは違う感情を込めて、オレはナマエを誘う。 「……何をするの?」 「何でも。ナマエとなら、いつものカフェだけじゃなくて、もっといろんなところで楽しみてーって思うぜ」  要するに、デートのお誘いだ。普段のナマエの姿を見て、彼女に向かって行きたくなったのだ。……もっと早く、そうすれば良かった。  顔が熱い、ような気がする。  だけど、ナマエの顔も赤くなっているような気がする。これは――期待しても、いいのだろうか。  これはまるで、子供みたいな恋だ。思うようにいかなくて、不器用で、子供じみた嫉妬心すら抱えてしまう、そんな恋。  だけど。これが、これからのオレたちだ。そう思うことが、オレたちの恋だと、オレはそう信じたかった。

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