「そこのお嬢さん。わたしと、ゲームをしないか?」 とある酒場にて。ある男が、一人の女に声を掛ける。女は振り向き、観察するように男を眺めた。 「……お嬢さん、なんて。私のことを呼んでいるつもりかしら?」 「おっと失礼したね、美しいレディ。だが困ったな、わたしは君の名前を知らない」 わざとらしく首を振る男に、女は微笑んで応えた。 「ナマエよ。覚えてくださると嬉しいわ、ミスター?」 「良い名だな、ナマエ。わたしはダービーだ、D'.A.R.B.Y。Dの上にダッシュが付く」 そして二人は、目を合わせニコリと笑う。だがその笑顔の裏には、お互いを品定めするような、鋭い瞳が隠されていた。 「それで、ダービー。私とゲームだなんて、一体何がしたいの?」 一手、ナマエが踏み込む。ダービーも、自分の手をあえて見せびらかすように、肩をすくめて言った。 「何、簡単なことさ。ゲーム自体はなんだっていいのさ……君が決めてくれていい。ただ、わたしは君と賭けがしたいと思うのだ」 その言葉に、彼女はわざと、考え込むような素振りを見せる。 「生憎だけど、私にはあなたにあげられるものなんてないのよ。こう見えても、ギャンブルはしない主義なの」 ダービーは改めてナマエの姿を見る。きらびやかな宝石が、彼女自身を密かに強調するように、胸元を飾っていた。 「君が勝てばこれをやろう。……どうだ? これでもゲームをする気にはならないか?」 そして男は、懐からブラック・ダイヤモンドを取り出した。それを見た彼女は、思わずそれに視線が釘付けになる。 「ふうん? 口説いてるつもり?」 彼女はダイヤを見ながら問う。男は答えない。 それから彼は、ナマエの嘘をじっくりと見定めた。まるで、女が纏っている服を、一枚一枚脱がすように。 「ギャンブルはしない。そう言ったのはわたしを油断させるためのブラフだろう? 最もわたしは、誰が相手でも油断なぞしないがね」 ナマエはその言葉に、肯定も否定もしなかった。 「……それで? 私は、何を賭ければいいと言うわけ?」 条件次第では、賭けに乗る気がある。彼女は案にそう言っている。ダービーはニヤリと笑った。 「普段なら、金を賭けてもらう。わたしはギャンブルで生活費を稼いでいる……。そして、魂を。それが、わたしのギャンブルだ」 「魂を賭ける、だなんて。随分気障なことを言うのね」 「ならば、もっと気障なことを言わせてもらおう。ナマエ。今回は、君の時間を賭けるなんてのは、どうだい?」 時間を賭ける。それの意味するところは、彼女にも分かっている。 「なるほどね……良いわ。あなたが勝利したら、私はあなたに一晩差し上げましょう。……どう? これでいい?」 そしてナマエは妖しく微笑んだ。グッド、とダービーが頷く。 その瞬間、二人の間に賭けの条件が成立した。それは、騙し合いの始まりの合図であった。 「ではゲームを始めようか……なんでもいい。最も手軽なのはトランプだが。君が決めてくれて構わない」 ダービーはそう言いながら、見事な手付きでトランプを切っている。ナマエはその様子をそれとなく観察しながら、首を振った。 「いいえ、チェスよ。あるんでしょう? ここにも。……あなたみたいな根っからのギャンブラーは、トランプでのイカサマなんて朝飯前でしょうし」 「フフ……確かに、チェスはイカサマをし難いゲームの一つだろう。しかしその分、プレイヤーの腕前が如実に出る。トランプの方が、ビギナーには易しいと思うが」 「それは対戦する時に分かるはずよ。私の腕前が、どうかなんてね」 そして彼女は、勿体ぶるように微笑む。その様子からは、ナマエがどれほどの腕前なのか、簡単には読み取れそうにない。 それでもダービーはそのゲームを受けた。 どんなゲームでも彼女を手に入れる自信が、ダービーにはあった。 そして、チェス・ゲームが始まる。 「わたしは黒だ……構わないね? 君に先手を譲ろう。君の白い駒を、わたしの黒で染め上げてみせよう」 「望むところよ。あなたの黒の宝石は、私のものだわ」 そしてナマエはポーンを進ませる。彼女が見ているのは、黒のキングの向こう側にある、ブラック・ダイヤモンドであった。 ゲームは続く。 互いの数手先を読む。両者、一歩も引かない。全身全霊をもってゲームに挑む。 「ナマエ……なかなかの腕前じゃあないか。見くびっていたよ」 「褒めても何も出ないわよ。それに……その言葉が、本心とも思えないわね」 ナイトが攻め込む。ルークがキングを守る。駒を攻め込ませ、守り、時に切り捨て、そして―― 「……投了、だわ」 チェックメイト。黒のクイーンが、白のキングを追い詰めている。一歩も動けない。まさに、詰みだ。 「良い時間を過ごせたよ、ナマエ。このブラックダイヤは、お預けだね?」 挑発するように男は言ったが、彼女は穏やかに微笑んでみせた。 「賭けは賭け。私の腕が至らなかったということ。……この結果は、甘んじて受け入れるわ」 そして女は、男に近付き、彼の胸にもたれかかった。 「それに、あなたと過ごす一晩は、悪くなさそうだわ。……ね。楽しませてくれるんでしょう?」 まるで、最初からそれを望んでいたのだと、そう主張するかのように。 「その代わり――私が今度勝ったら。今度こそ、そのダイヤをいただくわ……あなたの持つ、不滅の愛をね」 ダービーはナマエの肩を抱き寄せ、不敵な笑みを見せた。 「フフ……あなたとの賭けは、関係は、騙し合いは。これからも楽しめそうだ」 「そうかしら?」 そして、二人の博打打ちは、その酒場から姿を消す。 恋という名のゲームに、身を焦がすように。
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