「ナマエ、入るぞ」 「……? ディオ様?」 頭が痛い。具合が悪い。頭に霞がかかったような感覚がする。 そうやって、私は熱を出して寝込んでいた。そんな私の部屋へノックをして入室したのは、私が住み込みで仕える、ジョースター家の養子であるディオ様だった。 美しい金の髪と整った顔立ちが視界に入る。私よりも頭二つ分ほど高い身長の彼は、ベッドに寝た状態で見ると、いつもよりさらに大きく見える。 その瞬間。私は思わず、具合の悪さを忘れてベッドから立ち上がった。彼が、手に何か持っていることを見つけたからだ。……私を看病するために持ってきたと思われる、スープの皿を。 「なりませんディオ様! ディオ様のお手を煩わせるようなことではありません」 彼は貴族の息子で私はメイド。私が彼をお世話することはあれど、ディオ様が私の面倒を見るようなことはあってはならない。 「気にするな。ぼくがやりたいと申し出たんだ」 それなのに、ディオ様はあくまで無遠慮にこう言い放った。彼の口調は、なんだかいつもより素っ気ない。 一体何が起きたと言うのだろう。戸惑う私を他所に、ディオ様は、淡々とこう突き付けた。 「それより座れ、病人だろう。執事にチキンスープを作らせてきた。さっさと食べて薬を飲んで寝ろ」 ディオ様がジョースター家にやってきた頃、幼いながら私もメイドとして雇われた。私と同い年の主人ということもあり、ジョジョ坊っちゃんやディオ様には、親しみを持っていた。 とはいえ、ディオ様は私のようなメイドたちにも優しくしてくれるが、それでも昔から、彼は一線を画していたように思う。ジョジョ坊っちゃんやジョースター卿が私たちに親切にしてくれるのとは、また違う。 そう。ディオ様は表面上当たり障りなく穏やかに接してくれるが、決して私たちに心を開くことはなかった。それでも彼の態度は主人としてはある意味当然だったし、ディオ様はそういう方なのだと認識して、気にすることはなかったのだが……。 だから。今の状況は、何もかもがおかしかった。 メイドたちの個人に興味を持たないディオ様が、わざわざ私の部屋にやってきて、看病をすると申し出たこと。 いつもは私たちにも表面的であっても優しく振る舞うディオ様の口調が、私に対してはぶっきらぼうに感じられたこと。 彼は一体、何を企んでいると言うのだろうか。それは、熱で頭が働かない私には分かりそうもなかったけど。 「ほら。食べられるか?」 ディオ様はチキンスープを手にしたまま、ベッドの近くにある椅子に腰掛けた。そのチキンスープの香りに、私の身体は反応しない。 「……あまり、食欲はないです」 「栄養を摂らないと治るものも治らないだろう」 「それもそう、ですね」 ベッドに腰掛けながら私は答える。ディオ様が私のことを看病する理由はよく分からなかったが、具合の悪いときにこうして誰かが近くにいてくれるのは、正直ほっとするところがある。ひとまずはありがたく、ディオ様からスープを受け取ろうとした。 そのはずだったけど。 ディオ様はチキンスープにスプーンを入れて、そっと掬う。そして彼が息を吹きかけ、スープを冷まして、私の口元に持っていって―― 「って、え?」 熱のため頭が働かなかった。彼の動きを呆然と見るだけで、何がおかしいのか、直前まで気づかなかった。 まさか。ディオ様が、私にスープを食べさせようとしてくれている? 「何を呆けている? さっさと口を開け」 「あ、はい……」 ここで言い争っても仕方なさそうだったので、素直に口を開けた。 ディオ様の手によって、スプーンが私の口内に突っ込まれ、ぬるくなったスープが私の口の中に入る。 そして、飲み込んだ。食欲がないなどと考えている余裕もなかった。……私、一体何をしているのだろう。 「あの、ディオ様、どうして」 「喋る余裕があるなら二口目を食べろ」 「はい……」 またしても、ディオ様が息を吹きかけてスープを冷まし、そのスプーンを私の口に入れられる。そんなことを繰り返す時間が、やけに長い。落ち着かない気持ちで、ディオ様の口元の動きを、思わず見つめてしまった。 こうして改めて見ると、本当に綺麗な顔をしているな、とか。息を吹きかける動きに色気があるな、なんて。そんなことを考えてしまう私は、文字通り熱に浮かされているのだろう。私の顔が熱くなっている理由も、ディオ様にスープを食べさせられているからなのか、それともただの熱なのか、よく分からない。 そして。終わってしまえばあっけなさすら感じる中、私はスープの中身を全て食べ尽くしてしまっていた。この時間が終わってしまったことに、少しの名残惜しさを感じつつ。 「全部食べたな。ほら、薬を飲め。……一人でできるだろう? それとも、ぼくが飲ませてやろうか? なあ、ナマエ」 「そ、それくらいは自分でできますよ!」 妖しく笑ったディオ様の言葉に、彼に口移しされることを想像してしまい、思わず赤面する。ただでさえ熱い身体が燃え上がるようで、どうにかなってしまいそうだった。 そもそも、スープを食べさせてもらったのも、私が頼んだわけではないのだが……。とはいえ、全部食べ切れたのはディオ様が食べさせてくれたからなのかもしれない。 そんなことを考えながら、ディオ様から水の入ったコップを受け取り、薬を飲んだ。後はこれが、早く効いてくればいいのだが……。 「皿を片付けてくる。ナマエは静かに寝ておけ」 私が水を飲んでいると、ディオ様は部屋からさっさと出ていってしまった。私はそれを、ぼんやり見送るだけだった。 そして、ぼうっ、としながらひとりで寝転ぶ。早く寝てしまいたいのに、眠れない。 ディオ様は何故私のことを看病してくれたのだろう。そう思うと頭が混乱してくる。 例えば。ただのメイドである私を気にかけることで、他のメイドたちの評判を、そして周囲の人間からの評価を上げようとしている、とか。 さらに、ジョースター卿からの評価を上げて、より良い地位に繋ごうとしたのかもしれない。ディオ様にはそういう野心が、もしかしたらあるのかも。 ――それとも。私のことを特別気に入っているから、本当に私のことを心配してくれた? いつもより素っ気ない口振りなのは、それが彼の素だから? 私だけに、見せてくれたのか? まさか、と首を降る。どうやら、本格的に熱に浮かされてしまったようだ。 ディオ様はきっと、私に気を許しているというわけではない。これ以上考えると本格的に眠れなくなりそうなので、そういうことにしておいた。 しばらく眠れないままうとうとしていると、再び扉が開いた。視線をそちらに向けると、やはりディオ様だった。 「なんだ、まだ起きていたのか」 「はい……。眠れなくて」 「そんなことだろうと思っていたさ。むしろさっきのことで熱でも上がったんじゃあないか?とな」 そうしてディオ様はニヤリと笑う。悔しいけど、彼の言葉通りにかあっと顔が熱くなるのを感じた。……私、もしかして遊ばれているのだろうか。 そんなディオ様が手にしていたのは、桶とタオル。 タオルを水に浸し、力強く絞る。そしてそれを、私の額に置いてくれた。 「冷たくて、気持ちいい、です……」 「そうか」 私の額にタオルを置いた、彼の手を思わず見つめてしまった。男らしいその手が、私とは違うのだと、やけに印象的だった。 そして。私はそのままの状態で、つい疑問を口にしてしまう。 今日、ずっと考え続けていたことを。 「ディオ様。一体何故、私のことを看病してくださるのですか?」 私のその言葉に、ディオ様はわざとらしく微笑んだ。 「ジョースター家のメイドは、この家の財産だ。主人の一人であるこのぼくが、皆のことを気にかけるのは、当然のことじゃあないか?」 優しい言葉に、優しい笑み。……改めて見ると、やけに嘘くさく感じる。 「……本当ですか?」 「嘘だったとして、おまえに何ができる?」 ディオ様は急に笑顔を消し、そして冷淡に言う。 もしかしたら、これがディオ様の本来の姿なのではないか、とぼんやり思ったが――怖くはなかった。 「何もしませんよ。ディオ様がそうやって私に冷たい言い回しをしたことを、私が言い触らしたところで、誰も信じないでしょう」 「よく分かってるじゃあないか」 彼は小馬鹿にしたように笑う。だが私は、逆に穏やかな気持ちで言った。 「ですが。そうやって笑う姿が、本当のディオ様らしさなのではないかと思います。だから私は、これでいいです」 「……フン」 私の言葉を、どう受け取ったのだろう。 ディオ様は何も言わず、部屋を出た。そしてその後、彼が戻ってくることはなかった。 結局、ディオ様が看病してくれたのは、ただの気まぐれなのか、それとも何か理由があるのか。それは分からないままだ。 だけど。ディオ様の普段見れない姿が見れたのだから、彼の本来の姿を見ることができたのだから。私はディオ様に、畏れ多くも看病してもらえたのだから。 だから、理由なんて分からなくてもいいのではないかと。一緒にいてもらえただけで充分すぎるのではないかと、そう思った。 「治ったら……ディオ様にお礼を言わなければなりませんね。そしていつも以上に、彼のお役に立たなければ」 そうやって、密かに誓いながら、私は眠りに落ちていった。 きっと、薬も効いて明日には良くなっているだろう。ディオ様のお陰で。それを、願いながら。
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