※謎時空、ブチャラティたちが天然。細かいことは気にしない人向け 「ん、なんか顔赤いな。熱でもあるのか?」 鈍感で、 「なんだ、よく食べるな。そんなに食べたら太るぞ」 少しデリカシーがなくて、 「下がってろ――おまえを死なすわけにはいかない」 だけど、最高にカッコいい。 それが私の恋人、ブローノ・ブチャラティという男だ。 鈍感でデリカシーがないところも、どこか素敵に感じられるくらい、彼は魅力的な人だ。だけど、あまりに彼の天然が過ぎて、それが悩みの種になることもしばしばある。 そう。今まさに、私は彼のことで頭を抱えていた。 それは―― 「ナマエ、来たぞ」 なんだか寂しいから、仕事が終わったら近くの公園に来て欲しい。あなたに会いたい。あなたと話がしたい。 私はブチャラティに、そんな身勝手な我儘を言ってしまった。だから本来は、彼が来てくれただけでも感謝すべきなのだろう。――だけど。 「……ブチャラティ」 私は頭を抱えながら、ブチャラティのことを見た。 何故、何故なんだ。何故、ブチャラティと共に――ジョルノとナランチャまでいるんだ? 「チャオ、ナマエ」 「よう、ナマエ! 元気か?」 普通こういう時、他の仲間って連れてくる? 嗚呼。これほど、ブチャラティが鈍感であり、少しデリカシーのないところがあることを恨んだことはあったかしら! ため息が出そうになるのをグッと堪えて、私はなんとか笑って応えた。多分、口元は引きつっていただろうけど。 どういうこと。私は二人には気づかれないように、ブチャラティに抗議の目を向けた。だけどブチャラティは、私の視線には気づきそうにもない。それどころか彼はさらに、ズレた言葉を吐き出してきた。 「本当は全員連れてこようと思っていたんだが……。すまない。予定が合わない奴が多かった」 「全員連れてくるつもりだったの?」 どうやらこの人には、ちゃんと『二人きりで会いたい』と言わないと伝わらないらしい。 寂しい、あなたに会いたいとは言ったけれど――他の仲間を連れて来いとまでは言っていないわよ! そうは思っても、あくまで彼の好意に甘えている立場である私に、文句なんて言えるはずもなかった。 「……どうも、ありがとう」 一応お礼は口にしたけれど、皮肉じみた声色になってしまった。正直仕方が無いと思う。 だけど一瞬の後、私は後悔した。彼に甘えている立場なのは私の方だ。こんな意地悪な口をきける資格はない。 だけど、後悔なんてする必要はなかったらしい。ブチャラティは私の口ぶりには全く気づいた様子はない――むしろ、どこか誇らしげにすら見える。 もしかして彼には、私が心から喜んでいるように見えているのだろうか? 「礼はいらない。喜んでもらえただけでいいんだ」 喜んでいるように見えていたらしい。 なにか勘違いしている彼の言葉が、どこか滑稽に響き渡る。 この人は一体、どこまで鈍感なのだろう。彼の端正な顔が形作る微笑みも、今日はなんだか憎らしく感じられた。 「で、ナマエ。ブチャラティに連れてこられたのはいいんだけどよォー、オレたちは何をしたらいいんだ?」 「ナランチャ、頼むから私に聞かないで」 ブチャラティの考えてることなんて、私にだってわからないわよ。 私が返事に困っていると、なんとブチャラティは、平然とこう説明した。 「ああ。ナマエが寂しがっているようだから、みんなで賑やかに盛り上げてやろうと思ってな」 「みんなにそんなこと言わなくていいから!」 別に盛り上がりたいわけでもないし。 考える前に、思わず口から文句が飛び出てしまった。恋人に寂しいなんて甘えたことを、どうして仲間に知られなきゃならないんだ。 私が声を張り上げると、ブチャラティは流石に気がついたらしい。少し驚かれた後、謝られてしまった。 「そうか、すまない」 素直に謝られても、素直に受け止めることができず、どうしても微妙な気持ちになってしまう。 ため息を吐きたくなったけど、ぐっと我慢した。だけど、気にしないで、と言うこともできなかった。 少しの間だけ、沈黙が訪れた。 それは突然、ジョルノが変なことを口にして、破れることとなった。 「なるほど……つまりナマエを笑わせたら良い、ってことですか、ブチャラティ?」 どういうこと? 若干の気まずい空気を和ませようとしたのか、それとも単に空気が読めていないのだろうか。 私は戸惑ったが、どうやら、そのどちらでもなかったらしい。ジョルノは真面目な顔をしていたし、ブチャラティはしっかりと頷いていた。 「ああ、そういうことになるな」 どうしてそうなったの? 私が聞こうとする前に、ナランチャまでもがこんなことを言い始めた。しかも、かなりやる気に満ちた表情で。 「じゃあ、オレもやるぜ。たとえ、命令でなくってもな! やってやるぜ!」 命令でも別にやらなくていいから。 「……え? 何それ、どういうこと?」 私は混乱していたけれど、この場にいる人たちは、私を納得させる気はないらしい。それどころか、ジョルノは真面目くさってこう放った。 「じゃあ決まりですね。ナマエを笑わせ大会、開催です」 大真面目な顔して変なことを言わないで欲しい。 そんな中、ブチャラティとナランチャもまた、ジョルノの言葉に大真面目な顔をして頷いた。 「ちょ、ちょっと待ってよ」 私の抗議も届かず、彼らはただ、好き勝手に盛り上がり始める。 ああ、もう、どうしてこうなってしまったの! 本当に、頭が痛い。この天然な男たちを止める術も思い浮かばず、私はただ、頭を抱えるしかなかったのであった。 「では、ぼくから先にやりますね」 私が何かを言う前に、ジョルノが話し始めた。かなり一方的だ。 「……どうぞ!」 私も、ここまで来たらやけになってしまっていた。もうどうにでもなれ、と、あまり期待はせずにジョルノのことを凝視する。 さて。冗談も言えなさそうなこの少年が、一体どんなことをできると? 「よく見ていてください」 「うん」 私が、ジョルノの行動に注目していると、彼はおもむろに、自身の右耳に指をかけた。 そして、グッ、グッと耳たぶを耳の穴にしまい込んでいく。 やがて、彼の右耳は全て耳の穴にしまわれてしまった。私の目の前には、一見右耳のない少年の姿があった。 「…………」 ジョルノも私も、しばらく無言だった。ナランチャが「うわー」と引いている声と、ブチャラティが「ほう……」と感心している声が、やけに私の耳に響いた。 正直に言わせてもらう。すごく気持ち悪い。 どう考えても、十五の少年ができることではないし、そもそも普通の人間ができる芸当でもない。 というか何故、この少年は、ちょっと誇らしそうな顔をしているんだろう? 耳が耳の穴に入る、という不可思議な状況も、そんな芸当をしながら口角を上げるジョルノも、なんだかおかしく感じられてしまった。 「……なにそれ」 思わず、笑ってしまった。 すると、ジョルノもまた、笑顔を作る。ナランチャとブチャラティも、わっ、と盛り上がり始めた。なんなんだこの人たちは。 耳がプン、と小さい音を鳴らして、元の形に戻るのもまた面白い。なんなんだこの少年は。 「喜んでもらえて良かった。最高に『ハイ!』ってやつです」 「全然『ハイ!』って感じには聞こえないんだけど」 その言葉、あなたが言っていいの? 微笑んではいるけれど、いたって冷静に言うセリフでもないと思う。 「まあまあ、いいじゃないですか」 「あんまり良くないと思う」 なんだか釈然としない。 私が首を傾げているのを他所に、ジョルノは不意に大真面目な表情をして、言った。 「さて……。ぼくが、ナマエをちょっぴり笑わせることができました。大笑いさせることができる人は誰でしょう」 なんだそれ。これ、そういうルールなの? ジョルノがこう呼びかけると、真っ先にナランチャが手を挙げた。ブチャラティが若干手を挙げかけて、すぐに降ろしたように見えた。……まあ、見なかったことにしておこう。 「はいはーい! じゃあオレがナマエを笑わせてみせます!」 真っ先に真っ直ぐ手を挙げたナランチャは、目をキラキラと輝かせていた。そして、屈託のない笑顔で私を見つめていた。 もう既にナランチャが満面の笑みを浮かべているし、それでいいんじゃないだろうか? そう思いつつも、私はナランチャに問いかける。 「それじゃあ、ナランチャは何をやるの?」 「ふふん、これだぜ」 ナランチャが、意気揚々と懐から取り出したのは、……魚のようなもの。 「……何これ?」 聞くと、ナランチャは自信満々に答えた。 「ボラだぜ!」 思わず吹き出してしまった。なんでそんなものを常温で持ち歩いているんだ。 一応まだ生きてるらしく、ピチピチ動いている。何故。 「さっきジョルノに作って貰った。イカすだろ?」 「なるほど」 イカすかどうかは別として、とりあえず納得した。かつてないほどの、スタンドの無駄遣いだと思うけど。 「作るって言い方はどうかと思いますがね……」 「それ、行くぜ!」 ジョルノがボヤいたけれど、ナランチャは構わず行動を始めた。ナランチャは、もうちょっと人の話を聞いてあげてもいいと思う。 「おっしゃ、行くぜ! ボラボラボラボラボラボラボラボラ……ボラーレ・ヴィーア!」 いつの間にかナランチャのスタンド、『エアロスミス』が現れていた。そしてナランチャは、ボラ目・ボラ科・ボラに向かって、ボラボラと言いながら撃ち抜いている。 ……我ながら何を言っているのかわからない。でも、事実なのだから困る。飛んでいきな。 「『エアロスミス』と『ゴールド・エクスペリエンス』……夢のコラボだな」 また、ブチャラティは、大真面目に天然ボケを発している。黄金のような夢に賭けている男が、一体何を言っているんだ。 「やろうと思えばブチャラティもできますよ、やりますかブチャラティ」 もしかしてアリアリですか? 「いや、オレは遠慮しておく」 「そんなことを言っても無駄無駄、無駄無駄ですよ」 「だから、オレは」 「無駄ァ!」 「ボラボラボラボラ――ッ! ……ってみんな、オレのことを見ろよ……」 ちょっとナランチャから目を離して、ブチャラティとジョルノの掛け合いを見ているうちに、ナランチャは既にボラを消し炭にしてしまっていた。 「あ、ごめん」 軽く謝ったけど、ちょっとボラボラしすぎだと思う。消し炭って。 私はナランチャの方へ向き合った。ナランチャは少し不機嫌そうに、頬を膨らませていた。 「で、このボラはもともと、何の物質に命を吹き込んだものなの?」 「ああ、これはもともとオレが持ってたチョコを、ジョルノにボラにしてもらったんだ! オレのチョコを、な……? チョコ……」 ナランチャの機嫌を元に戻そうとして、質問をした。だけど、それは逆効果だったらしい。 「あ――ッ! チョコごとブチ抜いちまった! ジョルノ、オレのチョコ返せよッ!」 ナランチャが、ジョルノに勢いよく掴みかかった。だけど、ジョルノはいたって冷静に返事をする。 「そりゃあ、『ゴールド・エクスペリエンス』で命を吹き込んだ生命は、死んだら元の物体に戻るとは言いましたけど……。元の物体ごと消し炭にしちゃえば戻りませんよ」 「ちっくしょー……」 一体何をしているんだこの二人は。コントか。 「そういえばジョルノ、『ゴールド・エクスペリエンス』に命を吹き込まれた生命に攻撃したら、攻撃が返ってくるんじゃなかったか」 そうしていたら急に、ブチャラティが割り込んで、ジョルノに聞いた。あれ、そうだったっけ? 「ダメージ反射? そんなものありませんよ」 さっきとは打って変わって、ジョルノは鋭く返した。どうやら、この話題はタブーらしい。 ダメージ反射なんてあったら、今頃ナランチャは死んでいた。チョコが消し炭になった程度で済んで良かったのかもしれない。 「ちくしょー……。オレのチョコ……」 あまり笑ってはいけないのかもしれない。だけど、悔しがるナランチャの姿が可愛くて、なんだか微笑ましく感じてしまった。 後でチョコを買ってあげようなんて、笑ってしまうくらいには。 「さて、次はブチャラティの番ですね」 ナランチャからの追求を避けるためか、ジョルノは急にブチャラティへと話題転換をした。 「オレは、そういうのは苦手なんだが……」 さっき天然大ボケかましていた男が何を言う。 ブチャラティは一瞬戸惑っていたようだけれど、急に気合を入れる素振りを見せた。 「だが! ナマエのためだ、やってやろうじゃあないか」 ……ちょっとだけドキッとしたのは、多分気のせい。 「しかし、何をしようか……」 「ブチャラティ、ブチャラティ」 考え込んでいるブチャラティに、ナランチャが小声で耳打ちし始めた。 まさか、アリにアリアリさせるつもりじゃないよね? 私の心配を他所に、ブチャラティはさらに考え込む様子を見せた。 「なるほど……。だが、それで本当に大丈夫なのか?」 「大丈夫だって! もっと、そういうことに対しても自信もってくださいよ、ブチャラティ」 そういうことってなんだ、笑いの道ってこと? そんなことに自信を持たせようとしなくていいから。というか、ブチャラティには自信を持たせない方が良いと思う。多分向いてない。 「よし」 息を吐いたブチャラティを、私は見つめた。今の私はもう、完全にやけくそだった。 さて、ブチャラティは何をするのだろう? そうしていると、ブチャラティが何かをする前に、急にナランチャが声を張り上げた。 「あ――ッ! そうだァ、まだ仕事残ってたんだっけ」 「は?」 唐突。突然。不意を突かれて、思わず変な声が出てしまう。 なに何、どうしたの急に? 「なあジョルノ、帰ろうぜー。あ、ブチャラティはしっかりナマエを笑顔にさせてくださいよ」 「……ああ」 「え、ちょっと」 どういうことなの? ……もしかして、気を使われている? 今まで散々盛り上がっておいて、今更? ナランチャが、ジョルノを連れて帰ろうとしている。気を使われているのか、それとも全くの偶然なのか、さっぱりわからない。 「え、でもまだブチャラティのネタを見てないですよ」 「ほらジョルノ、いいから行くぜ!」 ジョルノは釈然としない表情をしていたが、やがてゆっくり頷いて、ナランチャの後ろについて行った。 「まあ、ナマエを一番笑顔にできるのは、最初からブチャラティしかいませんからね」 「そういうこと!」 やっぱり気を使われていたみたいだ。今更気遣われるのも、なんだか気恥ずかしく思ってしまう。 「じゃあナマエ、また今度」 「アリーヴェデルチ!」 それはブチャラティのセリフじゃない? 「えっと、うん。じゃあ、また今度」 帰路につくジョルノとナランチャを見送った後、私はブチャラティの方を向いた。ブチャラティは、真面目な顔をしていたけれど、どこか優しげな表情をしていた。 「ナマエ」 ゆっくりと、ゆっくりと彼は言う。 さっきまで、あんなに賑やかだったのに。頭は痛かったけれど、なんだかんだで楽しんでしまっていたのに――最初に望んでいた、静かな二人きりの状況に、こんなに緊張してしまうなんて。 こんなに、ドキドキしてしまうなんて。 「完全に元気になったわけじゃあなさそうだな、本当に大丈夫か?」 「……気づいてたの?」 この天然な男が、私の心情に気づいているとは思っていなかった。 そうよ、そりゃあみんなといれば楽しいわよ。そうに決まっている。 だけど、そうじゃない――私は、二人きりでいたかった。あなたと、二人きりでいたかったの! 「でも、今日はもういいわ。何だかんだで楽しかったし、元気づけられたし。ありがとう」 皮肉でもなく、素直な気持ちでお礼を言うことができた。笑う、ということは大事なことなんだと思う。最初に意地悪な口を聞いてごめんなさい、と心の中で付け加えておいた。 これで、終わりだと思っていた。また今度、二人で語らう時間を作ればいいと思っていた。今度こそ、はっきりと『あなたと、二人きりで会いたい』と、彼に伝えればいいと思っていた。 今日は、たくさん笑うことができた。彼の仲間が、賑やかに盛り上げてくれた。だから、今日はこれで満足すべきなのだろうと、そう思っていた。 だけど、この男は。 「まだだ。まだ、オレはナマエのことを、笑顔にできていない」 そう言って、私を優しく抱きしめてきた。 それは少し、優しすぎた。 彼の匂いと、暖かさに包まれる。 息が、止まってしまう気がする。 「……ブチャラティ」 私をガラスのように扱う優しさは、逆に私に傷をつける。だけど、もっと、もっと、と言いたくても、言い出せなかった。 何故か泣きそうで、何も言えないで。 私が無言でいると、ブチャラティは不安そうに呟いた。それが、なんだか痛かった。 「……違ったか?」 「違わないわ」 だから、私の方から抱きしめた。そこで、喉につかえていた言葉が、言えなかった言葉が、やっと、やっと溢れ出してきた。 「あなたと二人きりでいたい。あなたと語らいたい。あなたに触れたい。あなたを抱きしめたい。あなたとキスがしたい。あなたと、笑いたい」 今日だけじゃない。今までぼんやりとしか言えなかった言葉を、感情を、全て吐露したかった。自分でも良く分からないのだけれど、私は半分泣きながら言葉を吐き出していた。 そして、最後の言葉を吐き出した。それは、今一番叶えてほしい、我儘だった。 「ねえ、もっと」 そこで、一度詰まってしまう。だけれど、息を吸って、覚悟を決めて、言葉を投げかけた。 「もっと強く、抱きしめて」 私の言葉を聞いたあと、ブチャラティは力を強めた。それでも、まだ優しすぎたから、私の方から力いっぱい抱きしめた。暖かさと安心感が、同時に身体を駆け巡った。 「……オレだけかと思っていた」 ブチャラティの言葉に耳を傾ける。近くて、暖かくて、低い声が心地良い。 「君を傷つけるかもしれないのが、怖かったんだ」 ブチャラティの表情はわからない。だけど、彼の不器用な優しさだけは、しっかりと伝わってくる。 「今まで気づいてやれなくて、すまなかった」 「私も、」 半分泣いていた私の言葉を、ブチャラティは唇で遮った。この感覚に、切なさと、寂しさを超える、幸せが生み出された。 嗚呼。やっぱり、この人は――時々天然なところもあるけど――最高に、カッコ良い男だ。 みんなで賑やかな時間を過ごすのも、もちろん楽しい。だけど。 私の寂しさを埋められるのは、やっぱり、この人しかいないみたいだ。 静かな、二人きりの時間の中で、私たちはそっと微笑んだ。
back