1.閉じた後に開く道

「ブチャラティ、あなた、どうしてギャングなんかになったの」  ある日の仕事終わりのこと。この日私は、上司であるブチャラティが運転する車の助手席に乗っていた。  独り言のように言った私の質問に、ブチャラティは少し不思議そうな顔をもって応えた。 「? 急にどうした」  何気ない表情、いつものブチャラティ。そんな彼の顔を見て、私も何だか不思議な気持ちになりながら――少しだけ、彼の今までの言動を思い出していた。  ブチャラティに拾われて、チームに入って、私は居場所を得た。  それから私は、彼の人柄と、仕事ぶりを幾度となく見ていたが――その度に、私は常々、こう感じていた。  ――ブチャラティほどの人間が、どうしてギャングなんてやっているのだろうか。他にも、たくさん道はあったはずなのに。  だから私は、それをそのまま口に出してしまっていた。仕事終わりで、少し気が緩んでいたのかもしれない。 「だって、あなた、あんなに街の人にも慕われているじゃない。仕事についても――ギャングの仕事ではあるけれど――確かに実績をあげてきているから、幹部にも気に入られている。ギャングの仕事が上手くいっているなら、他の仕事でもやっていけたんじゃあないかって、そう思うの」  私の言葉に、ブチャラティは答えなかった。それでも私の口は、存外調子に乗っているのか、ぺらぺらと話し出す。 「私がギャングに入ったのは、本当にどうしようもなかったからよ。でもあなたは、そうは思えない。他の道もあったんじゃあないかって」 「……そんなことはないな」  ブチャラティはやや目を細め、私に向かって言った。 「オレだって君と同じだよ、ナマエ。『どうしようもなかった』――そうするしかなかったんだ。オレには、ギャングになるという道しかなかったんだ」 「本当に? 何だか信じられない」  ブチャラティは少しだけ俯いた後、言葉を重ねる。 「それに、ギャングなんかの幹部に気に入られているなんてことは、オレは他の仕事よりもこの仕事が向いている、ってことにはならないか」 「そんなこと」  ない、と思う。実際、ブチャラティが本気で、この仕事しかないと考えていたとは、私にはどうしても思えなかった。 「だが、後悔はないさ」  ブチャラティは言葉を重ねる。ゆっくりと、自分に言い聞かせるように。 「オレは、オレが正しいと信じる道を行くだけだ。正しいと信じる道を、な……」  結局、彼は最後まで、詳しく語ろうとはしなかった。 「…………」  だけど、彼の言葉を聞いてもなお、私は思う。  彼は本当に、正しいと思える道を歩めているのだろうか。組織が麻薬を扱っていること、ブチャラティが麻薬を嫌っていることに思い当たり、私は口を開きかける。  だけど、私は口を閉ざした。野暮なことをあえて口に出そうとも思わなかったし、それに。  少し、悔しくなったのだ。  ブチャラティほどの人なら、他の道を歩めただろうと思う。だけど実際は、ギャングのチンピラとして身を落ち着かせている。  それはどうしようもなかった運命なのだろうか、と思った。どうしても悔しくて、唇を噛まずにはいられなかった。 「ほらナマエ、そろそろ家だ」 「……ありがとうブチャラティ、わざわざ送ってもらっちゃって」 「当然のことだ、気にすることはない」  やっぱり彼は、優しい。だからこそ私は、彼がこんなところにいることに違和感を覚える。  彼はギャングに向いているようで、もしかしたらギャングに向いていないのかもしれないと、そう思ったからだ。 「いつか、あなたは」  救われる日が来るの。何故か、そう言おうとしたけれど、思いとどまった。 「何だ?」 「……いいえ、何でもないわ」  私はギャングになることにより、ブチャラティに拾われることにより、救われた。だから、ブチャラティも救われてほしいと、きっと私はそう思ったのだ。だから、それを口に出してしまいそうになったのだ。  だけど、やっぱり口に出すのはやめた。 「そうか。まあ、疲れてるんだろう……ゆっくり休めよ」 「ええ、ありがとう」  ブチャラティが何気ない素振りで踵を返す姿を見て、私は思う――ブチャラティが救われるべきなんて、私が勝手に決めることじゃない。もしかしたら彼は、組織に拾われたことで本当に正しい道を信じて進めているのかもしれないのだ。  だけど。  私はブチャラティに拾われて、希望を知った。だけど彼は、希望を持っているのだろうか。  私が勝手にそう思っているだけなのかもしれないけど――彼が本当に希望を持って救われたとは、どうにも考えられなかった。  もし、それが運命だというのなら。  せめて、ブチャラティが本当にいつか救われる日が来ますようにと、私は祈った。  私ばかりが彼に救われて、彼は永遠に救われないままだなんて、そんなのは嫌だから――

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