漫画にはなれない

「私、たまに、先生の漫画に出てくるキャラクターになりたい、って思うの」 「どうしたんだ急に?」  私が零した一言に、私の恋人、岸辺露伴は顔を顰めた。私は肩を竦めて、彼に言う。 「だって、そうしたら私は一番に愛されるかもしれないじゃない」 「というと?」 「今この場にいる私よりも、先生の描く私の方が、きっとあなたに愛される、っていうことよ。先生、漫画大好きだから」  岸辺露伴は一瞬不意をつかれたような顔をした後に、仰々しくため息をついた。かなり呆れられたようだったけれど、私はそれでも構わなかった。  今言ったことは虚構などではなく、ずっと感じていた本心だったから。 「あのねェ~~」  岸辺露伴は私の方に向き合って言う。眉を顰め、ため息をついて。 「ぼくは確かに漫画が一番だ、それは認めるよ。けどさァ~~、別に、ぼくの描いた漫画のキャラクターの誰かに、特別な思い入れを持つことなんてそうそうないんだぜ」  それでも納得しない私に、彼は少し間を置いて、言葉を続ける。 「例えるなら、恋人というよりも友人だ。昔描いたキャラクターを何かの縁で再び描くときは、古い友人に再会したような感覚になるし、新しいキャラクターも、新しい友人ができたような感覚になる」  なるほど、岸辺露伴の言い分もわからないわけではない。……それでも。 「でも。先生はいつも原稿に向き合って、原稿に向き合っていない時でも漫画のことばかりで。漫画が恋人みたいなものじゃない」  我ながら面倒くさいことを言ったな、と呆れる。だけどそれより、やっと言えた、という気持ちの方が強かった。事実それは、ずっと思っていたけど言えなかったことだから。 「まあ、否定はしない」  岸辺露伴は肩を竦めた。だけど少しだけ表情を変え、私に問いかけた。 「だがそれよりも、君にはわからないのか?」 「……何が?」  訝しげに思い、私は顔を顰める。そんな私を他所に、岸辺露伴は言った。  ほんの少しだけ、口角を上げて。 「今、ぼくが君に抱いている感情を、ぼくの漫画のキャラクターに感じることはない、ってことをさ」  虚をつかれた。瞬間、私の身体に感情が駆け巡る。  それは喜びか、興奮か。 「それでも、ぼくの漫画に出てくるキャラクターになりたいって言うのかい? それならそれでも、別に構わないがね」  岸辺露伴が言うので、私は慌てて首を振った。 「そんなこと、ないです」 「そうか」  話はこれで終わりか? とぶっきらぼうに彼は言った。だけど、これが彼なりの照れ隠しだ、ということくらい、わかっているつもりだ。  だから、私は。 「……露伴先生」 「何だ」  今までで一番素直な気持ちを、彼にぶつけた。 「好き、です」 「ああ。……わかっているさ」  岸辺露伴は全く素直になってくれないけれど。でも、それでも良いのだ。  いつか、好きと言ってくれれば、それで。

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