もしかしたら真の友

 ハリー・ポッター。  例のあの人、闇の帝王――呼び方はなんでもいい、正式名称でさえなければ――の魔の手から、唯一生き残った男の子。  私が子供の頃から、彼の話は母からよく聞かされていた。あの暗黒の時代が終わったのは生き残った男の子のおかげなのよ、あなたがこうして平穏に暮らせるのもあの子のおかげなのよ、と。  そして彼は、私の一つ年下の男の子だった。  私は彼に憧れていた。会ったこともない生き残った男の子と仲良くなりたいと、そう思っていた。だから彼が入学してくる九月、二年生になった私は、ハリー・ポッターの組み分けを固唾を飲んで見守った。  それなのに。 「グリフィンド――――ル!!」  組み分けというものは、どうしてこんなにも残酷なのだろう。グリフィンドールのテーブルに駆けていく黒髪の少年を、私はスリザリンの席で、呆然と見ていた。  私は模範的スリザリン生である。つまり、グリフィンドール生のことが嫌いである。  だってあいつら、傲慢で、独善的で、ところ構わず規則破りをするような連中じゃないか。  ……そんなことをスリザリン七年生の友人に言ったら、「同族嫌悪だよ、それは」と苦笑された。何を言っているのかさっぱり分からなかったけど。  閑話休題。そんなグリフィンドールに、私が憧れ続けていたハリー・ポッターが入ってしまった。  寮も違えば学年も違う。そんな中、私が彼と仲良くなるなんてことができるはずもなく。  スリザリンはいつも嫌われ者だ。誰であろうと他寮生はスリザリンを嫌った。今までそのことを気にしたことは、特になかったが。  問題は、それがあのハリー・ポッターも同じだったことだ。  彼は特に、ドラコ・マルフォイと折り合いが悪いらしい。  元々スリザリンとグリフィンドールは仲が悪いため、スリザリンの中では徐々に反ハリー・ポッターの空気が広がっている。  ハリーを特に敵視しているのは、ドラコ一派、(大きな声では言えないが)身内に元死喰い人がいて自身も苛烈な純血主義主張を持っているような闇の魔術に惹かれている者、あるいはクィディッチ狂いくらいなものだが。  だからといって、それ以外のスリザリン生がハリーに友好的になるかというとそんなはずもない。元々スリザリンは、良く言えば身内想い、悪く言えば排他的だ。他寮の生徒なんて、良くて「興味がない」だ。 「でも、仲良くなりたいんだよね……」  そして、ひとりため息。  私自身は半純血と呼ばれる存在で純血主義ではないし、どちらかといえばアンチ闇の魔法使いだ。  それでも、グリフィンドールは嫌いだ。だが、ハリー・ポッターに対する憧れはまだ持ち続けている。  今まで、スリザリンという一つの寮の中だけで楽しく過ごしていた私。それでもいつか、あのハリー・ポッターと仲良くできるんじゃないかと夢想していた私。  ――スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る。  ハリー・ポッターたちの組み分けのときに帽子が歌っていたことを思い出す。彼がスリザリンに入ってくれれば、私と彼はもしかして、「まことの友」になれたかもしれないのに。  クィディッチの試合と食事のテーブルくらいでしか見る機会のないハリー・ポッターの姿を遠くから見ながら、私は今日も、ため息をついた。  ハリー・ポッターに話しかける機会は、彼が入学して半年以上経った頃に、たまたまやってきた。  ふくろう小屋で白いふくろうに何か話しかけているハリー・ポッター。今はひとりみたいだ。学校のふくろうで母に手紙を出そうと思っていたが、後回しにすることにする。このチャンスを逃すわけにはいかない。 「あの、ポッター」  どう話しかけていいか分からず、とりあえずこう呼ぶ。本当はハリー、と呼んでみたいけど。  名前を呼ばれたハリー・ポッターは振り返る。くしゃくしゃの黒い髪、額に残る稲妻の傷跡、眼鏡の奥に見える明るい緑の瞳。全てが印象的だ。  彼は私がスリザリン生だと分かると、不機嫌そうに言った。 「なんだい? グリフィンドールの寮点を下げてくれてありがとうって? スリザリンを寮杯に近付けてくれてありがとうって? 生憎、そんな言葉もう聞き飽きてるよ」 「そういうつもりじゃ、ないけど」  ……そういえば。校則違反をしてグリフィンドールから五十点も引かれた彼は、スリザリン以外の三寮からは遠ざけられているし、スリザリンからは嘲笑されているらしい。  ……とはいえ、そういうつもりじゃない、とは言ったけど、多少は思ってるかもしれない。ハリー・ポッターに憧れていても、グリフィンドールのことは変わらず嫌いだ。スリザリンが寮杯に近付いたのは正直ありがたいと思ってる。言わないけど。 「じゃあ何の用だい? このふくろうは僕のふくろうだ、学校のじゃない。手紙を出したいなら別のふくろうを使ったらどう?」  どうやら、見知らぬスリザリン生に話しかけられていることでピリピリしているらしく、彼はそっけなく言った。学校中から嫌われているというストレスも、あるのかもしれないけど。 「あのね、ポッター。あなたはスリザリンのこと、いけ好かない奴、闇の魔法使いの寮なんて思ってるかもしれないけど」  そして、思わずため息。スリザリンの中に反ハリー・ポッターの空気が広がっているのも、闇の魔法使いにはスリザリン出身が比較的多いことも、私がスリザリンという寮が好きでグリフィンドールが嫌いなことも事実だが。  それでも私は。入学する前から、ハリー・ポッターに憧れていた。私がスリザリンに入る前から、ずっと。  友達になりたいと思っていた。 「……入学する前からあなたの名前は知っていた。例のあの人をやっつけた子供、って聞いて、昔から憧れていたの」  彼は目を瞬かせた。私の言葉が意外だったのかもしれない。彼の入学から既に半年経っているから今更と言えば今更だし、しかもスリザリン生から言われたからだろうか。  戸惑った様子を見せつつも、ハリー・ポッターは言葉を続ける。 「君、ちょっと勘違いしてない? 僕は何もしていない。僕が生き残ったのは、僕がすごい魔法を使ったからじゃない。僕は何もしていない、何も分からないまま、生き残っただけなんだ……」 「そんなの関係ないよ。ポッターが例のあの人の魔の手から生き残ったのは、それから例のあの人がいなくなったのは事実でしょ?」  私が言うと彼は黙る。  ……まあ、確かに。こうして向き合っているハリー・ポッターは、私の想像していた英雄像とは少し違う。私の想像していた、傲慢で嫌な奴というイメージのグリフィンドール生とも違う。例のあの人から生き残ったというのも、ハリー・ポッター自身に特別な能力があるからというわけでは、確かにないのかもしれない。  普通の男の子だ。思っていた以上に。一つ歳下の、男の子。  それでも。 「ずっと憧れていた。友達になりたい、って思っていたの」  その気持ちは変わらない。否、こうして実際に話してみると、以前より強くそう思っている気がする。  それはハリー・ポッターが生き残った男の子だからだけじゃなくて、それはきっと、ハリーがハリーであるから―― 「君、名前は?」  少しの沈黙の後で、彼は口を開いた。 「え?」 「……君たちは僕の名前を赤子の時から知っているのかもしれないけど、僕は君の名前を知らないんだよ。教えてくれなくちゃ」  言われて初めて、私は自分が名乗っていなかったことに気がついた。 「ナマエ・ミョウジ。えっと……よろしく、ポッター」  赤面しながら私は言う。憧れの人に対する、遅れた自己紹介というものは、少し照れくさい。 「……ハリーでいいよ」 「本当!?」  どことなく気恥ずかしそうな様子でこう言った彼に、私は目を輝かせる。  ハリー。ハリー。  普通の友達みたいで、素敵な響きだ。 「じゃあ、これからよろしくね、ハリー!」 「えっと……うん。こちらこそよろしく、ナマエ」  そして私たちは、どちらともなく握手した。それは少しぎこちないものだったけど、もしかしたら私たちは帽子の言う「まことの友」になれるんじゃないかと、なんとなく思った。  寮の談話室に戻り、魔法薬学のレポートを書きながら鼻歌を歌っていると、友人たちに「ご機嫌そうね」と言われた。理由を聞かれたが、それとなく濁した。  スリザリンの皆に、ハリーと友達になったことを言うつもりはない。スリザリンの友達のことは好きだが、隠し事くらいはする。余計な揉め事の種を撒くつもりはない。  それにしても。初めてグリフィンドール生とまともに話したけど、案外普通だったな、と思う。ハリーが本当に嫌なやつだったら、グリフィンドール生ということを差し引いても、友達になりたいという気持ちは無くなっていただろう。  もしかしたら、グリフィンドールも、全員が全員傲慢不遜な奴らというわけでもないのかもしれない。スリザリンだって、全員が全員闇の魔法使いというわけでもないんだし。  まあ、そうだったとしても寮杯は譲らないけどね。 「次は、いつ会えるかな」  私は機嫌よく独り言を言う。そして、ふと思った。  そうだ。出しそびれていた母への手紙に、ハリーと友達になったことを書き足そう。  そして、そのふくろうを出すときに。ハリーがまたあそこにいるといいな、なんて。私はそっと、想像するのだった。

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