そして、新しい宇宙へ

※メタネタ ※若干のアニメネタ(アニメ放送前)  情報が全て揃った銀の鍵。ループ数は実に4000。  分かっている。分かっているのだ。不毛なことをしていると。早くループを終わらせ、セツをこのループ地獄から解放すべきだと。  だけど、私の未来はここにしかないと、私はそれも知っている。  ループを終わらせ、エンディングを迎えたら。私は、乗員たちと二度と会えない。乗員たちと共に、未来を過ごすことができない。私は、この世界の中では歪な存在で、この世界の私に未来はない。それが分かっているから、私はループを抜け出せない。  セツのことも、乗員たちのことも、好きになってしまったから。  沙明と二度と会えないことに、耐えられなくなってしまったから。  セツはどう思っているのだろう。私が銀の鍵の設定を「グノーシアが存在しない世界」にしない限り、ループは決して終わらない。そうやって私が漫然とループを繰り返しているということは、セツも同じだけループしていることになるのだが。  分からない。私のループが4000でも、今のセツはループが一桁かもしれないのだし、下手なことは言えない。否――私がこんなに狂った存在であることを、セツに伝えてしまうのが、怖いだけだろうか。  私が4000ループしているということは、セツもどこかで4000ループしているということになる。でもセツに、この件に関して何も言われたことはない。  200ループを超えたあたりで、セツも壊れちゃったのかな。私もそのあたりから、ループをやめられなくなったから。ループを止めたいと、思えなくなってしまったから。  そう考えると恐ろしい。その時にはとっくに、銀の鍵の特記事項は全て集まっていたのに。  それでも私はループを繰り返す。  そうしないと、沙明に会えないから。 「妙な気分だよな、SQが……昨日まで一緒にいた奴が、もういねーんだ」 「まだ報告があるだろ? 手短にね」 「調べたぜ。レムナンはグノーシア、間違いねー。俺のセンサーはビンビンだぜ?」  何千回目の三日目。  同じ展開は一つとしてないとはいえ、もはや、全員の言葉が定型文にしか聞こえない。全ての言葉を、何度も、聞いたことがある気がする。 「ぼ、僕は……気になるんです。沙明さんが、時々……ゾッとするような。冷たい顔を、していて……!」  稀に、ほとんど聞いたことがない言葉を聞くこともあるけれど。たまに聞くと珍しいな、とは思う。  でもそれだけ。皆が皆、同じようなことをずっと言っている。 「人間だと言ってみてほしい」  私も私で、同じようなことしか言ってないけれど。 「トラスト・ミィー。俺を信じろって。俺だって心の底からアンタを信用してますよ?」  夜、沙明に会った数も数え切れない。  私のことを疑う沙明も、自分のことを信じろと言う沙明も。何千回も見てきた。 「何フラフラしてんだナマエ。襲われんぜ? 犬も歩けば棒でンーフーンーフー? つーだろ?」  その上で、4000も繰り返して彼に触れたことが、たった一回しかないというのは。流石に、滑稽どころの話じゃないけれど。 『ハッ、そうさ。俺ぁグノーシアだからな。ここまで来といて、俺が目覚めた途端に台無しとか。流石にそりゃ無いだろ?』 『これで、いいんだよ、な……』 『……ナマエ。最後に、もう、一度だけ……』  あのたった一回のループを求めて、私は4000も繰り返してしまった。もう随分、前の話だ。 『ァーハァ、暖けェ、な……』  ――でも。あのときの沙明に再会できたことはなかったし。あのときのように沙明と心が通じたことは、二度となかった。  あるループで私がバグになったとき、夕里子が酷く冷たい瞳でこう言った。 「ナマエ、お前は存在すべきではない。この世界の矛盾点、バグなのです」  本当に、その通りなのだろう。バグという役職じゃなかったとしても――私がこの世界に存在していること自体、間違っているのだろう。  夕里子は分かっているのだろうか。私が4000ものループを繰り返していることを。それを彼女に聞いたことは、一度もないけれど。  あるループでグノーシアになったとき、同じグノーシアだったククルシカが、ある夜ニコリと微笑んだ。 (ナマエは、アタシと一緒だね)  無邪気に、だがどこか妖艶に微笑む彼女はそう伝えているように見えた。でも何故ククルシカがそう伝えてきたのかは、私には分からなかった。  銀の鍵は飢えている。早く違う世界に行かせろと。早く新しい情報を食わせろと。この次元の情報は満腹だ、と。  それでも私は徹底して銀の鍵を無視していた。だが――ついに、それは起きた。  銀の鍵が、強制的にその世界に飛んだのだ。私の設定を無視して、グノーシアが一人もいない世界へ。  ――流石に、いつまでもこの状態は続けられないか。  現状を悟り、腹の括った私は、二つのエンディングを迎えた。  最初のエンディングは、私のループが閉じて、セツだけが別の次元に行くエンディング。違う世界に一人向かうセツは、どこか安心していたようにも見えた。  そして、次のエンディングは。 「わかった?」  ……4000ループ前と、全く同じセツの言葉。全く同じように横たわる私を、覗き込むセツ。  そう、ここはエンディングではなく、プロローグだ。一人で違う世界に向かったセツを、私は追いかけることができる。この私は、別の次元から、意識だけ繋いでいる「私」だから。 「……わかった」  だけど私は、4000ループ前とは違う言葉で応えた。何も知らないLOOP1の私は「わからない」と言ったはずだし、4000のループを経験した記憶のある私だったら、私にもループの記憶があることを、ここでセツに伝えるべきだっただろうに。  だが。今の現状はわかっている、と。私はただ、それだけ答えた。  ごめんね、セツ。私は前のあなたのことを知っている。その上で、知らないふりをして、新たな次元で再びループすることを決意している。  結局。一番最初の、LOOP1と全く同じ展開になった。4000のループをリセットして、私はセツから鍵を再び受け取る。  そして。別の次元での、別の私としてのループが、再び始まった。  また、沙明に会えるんだ。もしかしたらあの粘菌のときみたいに、心が通じることがあるかもしれない。4000も繰り返して、叶わなかったこと。別の次元の沙明と、同じことを。  次の私は、前の私とは名前も姿も違う。それでも私は、別の次元の宇宙にあるこの船で繰り広げられるストーリーに、心を踊らせた。 「よろしくね、新しいユーリ」  よろしくね、新しい宇宙。  新しいグノーシア。

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