次の日。犠牲者はいなかった。 ナマエが襲われたのだろう。そして、護衛が成功した。守護天使様のファインプレーって奴だ。なんだ、俺って結構やるじゃん? 議論は普通にヤって、一人コールドスリープして終わったが。 「ありがとう、沙明。守ってくれたんだよね」 「ハッハァ! もっと感謝してもイイんだぜ? 守護天使・沙明様のご加護、てな!」 ナマエの使っている個室にノックして入っていくと、彼女は微笑みながら礼を言ってきた。 俺は上機嫌だった。守護天使は自分は守れないなんて欠陥能力だと思っていたが、守れた彼女の微笑みは、案外悪かない。 「犠牲者なし。守護天使が守ってくれたのは確定だね」 「たりめーだろ? 守護天使が守ること以外で、誰も消えねーってこたねーからな」 「……うん、そうだね」 その言葉に含みを感じた気もしたが、気にしないことにした。どうせ、ナマエの考えなんて聞いても分かんないだろうしな。 留守番がコールドスリープされることはない。守護天使の俺が守っている限りは、ナマエが消滅することもない。 だから。俺はナマエと運命を共にした。そういうことだと思う。 ……消えねーように、しねーとな。 「……守護天使は、なるべく最後まで生き残ることが重要なんだ。そして沙明は、生き残ろうという意思が誰よりも強い」 ふと、ナマエは言い出した。急に何を言い出すんだコイツ、と思いながら、彼女の横顔を見つめる。 「だから――人を守れる力。それを持っている沙明は、守護天使が似合うと思うよ」 「……そうかァ?」 ナマエは微笑みながら言ったが、正直あんまりピンとこなかった。 守護天使なんて呼ばれてる俺より、ナマエの方が、ずっと。エンジェルのような微笑みが似合う。 「まあ、だけど……。確定している役職よりも女子とセツしか守らないのは、直してもらえるとありがたいかな」 苦笑しながら言うナマエに、思わずため息をついちまった。この女、意外と人の話聞かねェよな。 「別に、他の女は守ってねェですけど。セツもな。俺、ナマエのことしか守ってねーって。忘れたのか?」 「そ、そっか……。そう、だよね」 「そうですよ? マイ・エンジェル」 ナマエはどこか遠くを見るように、俺のことを見つめていた。それが、俺の知らない俺を見ているようで、変な感じだった。 「私の見立てでは――グノーシアは、あと一人だと思う。だから、力を貸してほしい」 そして、ナマエはその人物の名前を出した。その言葉に、俺は素直に頷く。 「そりゃもちろんヘイコラ従いますよ? 俺、アンタのこと信用してるし。ソイツのことオネンネさせりゃイイんだろ? 楽勝じゃん」 ナマエが生きてくれりゃ何とかなるって思ってたから、議論の内容は頭に入れていなかった。ただ、ナマエが疑った相手に便乗して疑い、ナマエが庇った相手を一緒に庇う。そんな感じで、何とかなると思っている。 「……気をつけてね、沙明」 と思っていたら、妙に真剣な顔でナマエは言った。何の話だ? 「今日、グノーシアは私を襲った。でも、私は消えなかった。……もちろん私は留守番だから、守護天使が誰だったとしても、私のことを護衛していてもおかしくないけど」 「……それの何が問題だっつーんだよ?」 「沙明は、議論でも、あまり目立ってはいないけど。でも、話し合いでは、私とほとんど意見を同じにしているし。議論外でも、私たちがよく話していることに気が付いている人もいるかもしれない」 だから、それに何の問題が。そう思っていた俺は、甘かったのかもしれない。 「……グノーシアにも、沙明が守護天使だって、勘付かれているかもしれないってこと。だから、気をつけて」 その忠告に、一瞬心が重くなった。 ……やっぱり、俺自身も護衛できるもんならしたかったかもしれない。 でも、自分自身は守れねーから。やっぱりこの女を守ってやるしか、他にできるこたねーよな。 次の日。また一人消えている。 ナマエも俺も、無事だった。 話し合いが長引けば長引くほど、俺がオネンネさせられたり、俺が消されるかもしれねーって機会が増える。 コールドスリープならまだマシだが、俺がおネンネした後にナマエが消えて、グノーシアに勝たれたら、結局俺も消されることになんだろ? 『私の見立てでは――グノーシアは、あと一人だと思う』 なら。今日の話し合いで、ソイツをオネンネさせてやる。 議論開始直前、俺はナマエと、目配せした。 ナマエのことなら、信じてもいい。……そう思う俺は、どうやら、ナマエのことを相当気に入っちまったらしい。 そして。ナマエが怪しんでいた相手を、無事にコールドスリープさせる。 LeViのアナウンスが鳴った――グノーシア反応が、消失したと。 「お疲れ様、沙明。……助けてくれて、ありがとね」 「ハッハァ! お褒めに預かり光栄ですよ、マイエンジェル?」 人数も減ったが、グノーシアたちは皆いなくなった。 ま、オネンネさせられちまった人間は、そのうち起こしてもらえんだろ。グノーシアの奴らがどうなるかまでは知らねーし、消えちまった人間も戻ってこねーけど。んなこと気にしても仕方ねーし。 今ここにいる人間は生きている。俺も生きているし、ナマエも生きている。 ……これで、充分だろ。守護天使の能力を持っていて良かったと、これがあったからこそこうしてナマエと一緒にいられるんだ、と。ただそう思った。 「そういやナマエよ、お前、これからどうすんだ?」 ……俺、コイツのこと気に入ってると思ってたけど、そういやコイツがどこから来てどこに行くつもりなのか、全然知らなかった。 ま、過去のことを気にしても仕方ねーよな。俺とナマエは生き残ったんだ、これからいくらでも、話ならできんだろ。俺の昔話を話せる日が来るかは、……まだ、分かんねーけど。 「……旅に出る、かな」 少し迷ったように、ナマエは言った。 「へえ、いいねェ。宛もない旅か。なら、お供しますよ?」 「え? えっと、それは、その」 「……んだよ。守護天使様にご不満でもあんのか? アンタだけを守り続ける、専用エンジェルだぜ?」 俺としては、ナマエと一緒に旅に出んのは楽しそうだな、と思ったが。ナマエはそうではないらしい。……なんだよ、ここまで来たのに、まさかの脈ナシか? オイオイ、勘弁して欲しいんですけど。 「……沙明。もし私が、今すぐ消えなきゃいけないとしたら。……私と、キスしたい?」 と思ったら、滅茶苦茶脈がありそうなことを言い出してきた。なんだその究極の質問は。 「ンー? お前が消えようと消えまいとな。俺ぁ、いつだってナマエにキスしてヤりてぇって思ってんよ。ま、俺がいる限り、グノーシアなんかにお前を消させたりしねーけどな」 ナマエの唇に目が行く。今にでもキスしてやりたい気持ちを抑え、俺なりに真摯に言う。 「つか、そういうお前の方はどうなんだよ。俺と熱いベーゼ、交わしたくねーのか?」 そう言うと、彼女は分かりやすく狼狽えた。 「……沙明がしたいっていうなら、してもいい、けど……」 「オイオイ、んな言葉で誤魔化すんじゃねーって。大事なのは自分がしたいかしたくないか、つー話だろ?」 ダメ押ししてやる。だが、ここまで来れば脈アリだろうと、内心確信していた。 「し、したいよ。沙明と、キス。……したい」 上出来だ。 お互いの好意を伝え合うように、俺らはただ、唇を重ね合わせた。 「ねえ、沙明。私の旅に、あなたは連れて行くことができないの」 離れた後。俺は今すぐにでもベッドインしたい気分だったが、ナマエの深刻な表情に押され、ここは引くことにした。 「……お前が消えるとか消えないとかっつー話は、よく分かんねーけど」 ナマエの言いたいことは、分かってしまった。――彼女と俺は、一緒にいられない。 「言っとくけどよ。俺、本当に諦めたくねーモンに関しては、諦めたりしねーから」 ナマエは、このまま消えてしまいそうな雰囲気を持っている。……だが、逃してたまるか。もし、今はどうしても逃げられちまったとしても――いつか、取り戻してやる。 最初は、自分が生き残るための打算でナマエを守ることを決めた。だからといって、手放すために守ってやったんじゃない。俺の能力は、んなもんのためにあるわけじゃない。 まだ、礼を払ってもらってねーんだ。俺からの礼も、払えてねーんだ。このまま別れるなんて、……んなこと、あっていいはずがねーんだ。 「……ふふ。ありがとう、沙明」 何に対しての礼だったのか。ナマエの表情は、一筋の涙を零しながらも、穏やかだった。 「じゃあ。……また、会おうね」 俺が見た最後のナマエの表情は、やっぱり微笑みだった。ナマエは、忽然といなくなってしまった天使のようだったと、そう思った。 ま、でも。次にまた会った時は、今度こそ一緒のベッドにでも入りますかね。 そして。一緒に宛もない旅に、今度こそ付き合ってやるとしますかね。一人残された部屋で、ただ、そんなことを想っていた。
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