二人の約束.3

 グノーシア騒動が始まって三日目。しげみちが襲撃されたことが確認された。……守護天使は他の人を守ったか、もしかしたら、もういないのかもしれない。  そしてククルシカが、律儀に報告する。昨日コールドスリープさせたオトメは、グノーシアだったと。 「今この場にいる八人のうち、グノーシアの可能性があるのは、私、ラキオ、レムナン、シピの四人だ。そしてグノーシアは二人。……始めよう。私たちが生き残るための、話し合いを」  セツが、こう切り出す。そして、今日の話し合いが始まった。 「嘘を吐くのは構わないよ、レムナン。だけどそれは、何のための嘘なの?」  まず、セツがレムナンに疑いをかける。疑われたレムナンは切羽詰まった様子で、みんなに呼びかけた。 「お願い、ですから……! セツさん、に……気をつけて、ください。どうか……騙されないで、ください」 「セツは、どうしてレムナンを疑ってんだ? はは、俺にはよく分かんねー」  シピがレムナンを弁護し、場の空気がレムナンに同情的になり、そしてセツに疑いの目を向け始めた。ククルシカやステラも、セツを疑い始めている。  私は黙っていた。黙りながら、議論の様子を観察していた。  セツは確かに議論を積極的に動かしているようには見えるが、むしろ気になるのは―― 「カーッ! 堅ェって。お前らマジ過ぎな。もっと下んねー話しようぜ。そうねェ……ホリブルな話とかどうよ?」  考え込んでいると、沙明がグノーシアに関係ない話を始めて、思わずはっと我に返った。  緊張感が緩み、少しほっとする。そして、私も軽く雑談に乗った。 「約束を、守りたくても守れないことって……怖いことだよね」  これは、ループを経験する度に思うようになったことだ。  私は、せめて。守れる約束は、守りたかった。  そして。この日は、セツがコールドスリープされることとなった。コールドスリープ室に消えていくセツに、私は、別れの言葉を告げた。 「明日は……多分、ククルシカが襲撃されると思う。グノーシアは、できる限り情報を伏せたいと思うだろうから。……守護天使がもういない可能性も、高いしね」  議論の後に、今日もまた、沙明と二人で相談している。今日は展望ラウンジで、星を眺めながら話していた。  グノーシアの可能性がある四人とステラの五人は、守護天使の可能性もある。そして今日セツがコールドスリープされて、守護天使の可能性がある人は残り四人だ。しげみちが襲撃されたことを考えても、守護天使は既にいないと考えたほうが良さそうだ。 「ナマエ的にはどうよ? セツ、グノーシアって思うか?」 「……確信は持てない。どちらかというと違う気がする。それに、今日の議論を見て、シピとレムナンの二人がグノーシアなんじゃないかって思った。シピが、レムナンのこと庇ってたから」  四人の中に確実に二人のグノーシア仲間がいるのだ。セツを弁護する人は、誰もいなかった――セツがグノーシアなら、もう一人のグノーシアが庇う可能性が高いのに、そうする人はいなかった。となると、セツは人間だった可能性が高い。 「明日……一人襲撃されたら残り六人。一人コールドスリープさせて、残り五人。そして次の日に襲撃されたら、残り四人になる。そのときに、もしグノーシアが二人残ってたら、そこで人間の負けが決まる。……もうミスはできない」  明日もククルシカが生きていて、もしセツがグノーシアだったと報告してくれれば、少し気は楽になるが。あまり楽観視してもいられない。そして私は、セツがグノーシアだとはあまり思っていない。  でも、頑張らないと。私は約束したのだ。グノーシアを全員眠らせた上で、沙明と生き延びることを。 「つまり明日グノーシアをコールドスリープさせればいいってことだろ? OKOK。ナマエ先生、頼りにしてるぜ?」  彼は私の心境を知ってか知らずか、ニヤニヤ笑う。そんな沙明を見て、私は思わずため息をついた。本当に大丈夫だろうか?  そして四日目。襲撃されたのは想像通り、ククルシカだ。私たちは、グノーシアが残り一匹なのか二匹なのか分からないまま、話し合うことを余儀なくされた。  生き残りは、ステラ、私、沙明。そして、レムナン、シピ、ラキオだ。後者三人の中で、グノーシアは最大二匹。油断はできない。 「ラキオさん……です。僕が、変だな、と思うのは」 「ラキオの様子が変なのは、俺も心配してんだよ」  レムナンとシピが、こぞってラキオのことを疑い始めた。 「へぇ……。君、この僕を疑ってるンだ?」  ……ラキオは疑われたら、すぐに票を集めがちだ。  もう、黙ってはいられない。ここで私は、口を開くことにした。 「待って。私はラキオが怪しいとは思わない」  注目を浴びているのを感じる。だがここで、引くわけにはいかない。 「確率的に……ラキオは大丈夫だと思う。初日に、グノーシアが確定しているオトメが、ラキオに対して投票しているから」  一瞬の沈黙の後。沙明が声を張り上げた。 「おいおいお前ら、なにボンヤリしてんだよ? ナマエ様の有り難いお言葉にヘイコラ従っとけって」 「ええ、異論ありません。ラキオ様のリスク評価は低いですから」  ――良し、ステラを説得できた。  私、沙明、ステラ、そしてラキオ。四人はラキオに投票することは、ないだろう。  そして、私の推理が当たっているならきっと――グノーシアを全員、コールドスリープさせることができるだろう。  投票時間になった。ラキオではない二人に、必然的に票が入る。シピとレムナンは、ラキオに票を入れていたが――私、沙明、ステラが、レムナンに票を入れていた。ラキオはシピに入れていた。今日のコールドスリープ対象は、レムナンだった。 「……ナマエ。お前、良かったのかよ」 「何が?」  議論の後、沙明と私はメインコンソールに二人で残っていた。私は、何か見落としていることはないかとスクリーンに投票結果や航海日誌を投影して読み返していたが、沙明は手持ち無沙汰に座り込んでいるだけだった。 「あそこでラキオを庇ったの、相当目立ったぜ? 今までロクに喋らなかった留守番が、急にラキオを庇って、シピとレムナンに疑いを向けるなんてよ」 「もしラキオが人間で、あのままコールドスリープされちゃったら……そして、もしセツが人間だとしたら。次の空間転移で一人消えて、明日は四人になる。二人残ったグノーシアに制圧されるんだよ。私が消えたとしても……それよりは、いいでしょ」  投票結果等を見返したが、やはり、セツやラキオが怪しいとは思えない。少なくとも、明日はまだ、グノーシアに制圧されることはないと思う。もしかしたら明日、私が消滅させられてしまうかもしれないが、そのときはそのときだ。残った皆がシピに投票してくれれば、きっと、人間が勝てる。沙明も、生き残れる。  ……と。そうやって考え込んでいたから、私は気が付いていなかった。  沙明がゆらりと立ち上がって、私に近づいてきていたことに。  その表情が、彼にしては珍しく、真剣で凄みがあったことに―― 「……フザケんなよ」 「え?」 「二人で生き残ろうって言ったのは、ナマエ、お前だろ? 自分が消えてもいいって、諦めたような言い方すんなって。ムカつくから」  沙明の顔を見上げる。眼鏡越しの瞳が、鋭くこちらを睨みつけている。 「……ごめん」  半分呆然としながら、思わずそう口にした。グノーシアが狙うならお前にしてくんねーかな、なんて言ってた沙明がこんなことを言うなんて。予想外だった。 「でも、そうだね。……うん、ありがとう」  心配してくれたのだろうか。思えば彼は、今日の議論で、私の意見を周りに呼びかけてくれた。自分が目立つことを厭わずに。それがなんだか、嬉しかった。 「ハッ、礼は生き残ってから聞くっつーの」  乱暴な口調だが、そっぽを向いた彼は、どこか照れているようにも見えた。  私は頷き、力強く言った。 「あとはもう、できることをするだけだよ。今日は、祈ろう……明日、二人共生き残れることを。そして、グノーシアを眠らせることを。……そのために、協力したんだもんね」  そして、まだLeViのアナウンスは鳴ってないけど、今日はもう部屋に戻ろうと言った。早めに休んで、明日に備えようと。 「んだよ、今日はもう長話してくんねーのか? 俺、アンタの長話結構好きなんだけどな。俺のために頑張ってくれる、ってカンジで?」 「……子守唄代わりにしてたくせに?」  五日目、おそらく最終日。グノーシア反応は検出されたが、まだ制圧されていないらしい。つまり――グノーシアは、あと一人で確定だ。  そして。私は消えていなかった。  沙明も。  今日消されたのは、ステラだった。 「……沙明」 「よ。生きてたか」  メインコンソールに入ると、全員揃っていた。思えば、最初は十二人いたこの宇宙の乗員たちは、もう四人しかいない。  留守番が二人揃ってここまで生き残るのは、珍しい。そう思いながら、ラキオとシピの方を見る。  そして。今日もまた、議論が始まった。 「私の考えは変わらないよ。ラキオは、人間だと思う」  話し合いは、今日が最後だ。だから全力を出す。もう目立たないように黙ることもない。喋りすぎても信用が下がるからそれも注意だけど。 「なぁ、ラキオに寄り過ぎてねーか? 俺としちゃラキオ、ちょいちょい気にかかる事もあるんだけどな」 「はっ、苦しまぎれに僕を攻撃してみたの? 無駄だよ。どう見ても僕よりシピの方が怪しいからね」 「シピ、こっち向いてよーく顔を見せな。……あ、お前やっぱ怪しいわ」  ラキオとシピが疑い合い、沙明が便乗する。このようなやり取りを、しばらく続けていたが。  一旦話が途切れた後。私は、改めて口を開いた。トドメを刺すつもりで。 「グノーシアに制圧されないまま、四人になったということは、セツとレムナンのどちらかにグノーシアがいたということ。セツを弁護する人はいなかったけど、レムナンとシピはお互いを弁護してた。レムナンと不自然に庇い合ってたシピが、怪しいと思う」  言葉に出して、確信する。やはりシピが最後のグノーシアだと。そして、沙明もそれを信じていてくれるだろうことを―― 「自明だね。シピを疑ってない奴なんているの?」 「確率で人を疑うっつーのも性に合わねーな。つっても俺、元々シピ疑ってますけどね?」 「……そうだな。俺、怪しいんだろうな」  そうやって、今日の話し合いは終わった。  当然のように、コールドスリープされたのは、シピだった。  LeViのアナウンスが鳴る――船内オールクリア。グノーシアは全員排除されたと。 「おや、これで終わりかい? ふン……なら僕は、部屋に戻らせてもらうよ。研究の続きをしなくてはならないからね」  そう言ってラキオはさっさと部屋に戻ってしまった。残った人間たちと勝利を喜ぶでもなく部屋に戻ってしまうのは、ある意味とてもラキオらしい。  人間の勝利。生き延びた。私と、沙明が。  私の推理は当たっていた。何より――約束を、守れた。その喜びが、じわじわと身体に駆け巡っていった。 「オッホォゥ、本当に二人で勝っちまった。こりゃナマエサマサマだな。大成功じゃねえの!」  沙明も喜んでいるのが伝わる。二人でしばらく顔を合わせて笑っていた。今なら喜びでダンスできそうだ。 「つーことでお疲れ、ナマエ。メシでも食わね?」 「……うん!」  ループまでに、少しくらいは時間があるだろう。いつかと同じような沙明の誘いに、私は笑顔で頷いた。 「良かった……約束、守れた。二人で生き残ることができたね、沙明」  上機嫌で、数日前と同じように私はラーメンを啜る。沙明は今日は、ハンバーガーを食べていた。 「途中どうなるかと思ったけどな。ずっと黙ってたのに急に喋り出すもんだから、ヒヤヒヤしたぜ?」 「まあ、襲われなかったからいいじゃない。……襲われた人間の皆は、残念だけどね」  夕里子、しげみち、ククルシカ、ステラ。  コールドスリープした人間は、グノーシアでないと証明されれば、次の寄港地で目覚めさせてもらえるだろうけど。消された皆は、戻ってくることはない。  何度もループを繰り返していくうちに、悼む気持ちも忘れかけていたけど。沙明のおかげで思い出せた。  消えるのが、怖い。当たり前の感情だ。  ループしてない皆にとっては、この宇宙が唯一の宇宙なのだ。私がループして消えても、この宇宙は続いていく。……忘れかけていた、残酷な事実だ。 「終わったことを気にしても仕方ねーだろ。俺とお前は生きてる、だからそれでいいだろ。オゥケィ?」 「……うん。まずは生き延びたことを、喜ばなきゃね」  私はループするけど。こうして沙明と生き延びることができて、これで良かったのだと。ただそう思った。 「ナマエお前、今まで経験あったのか? グノーシア騒動の」  しばらく雑談しながら食事をしていると、沙明は、唐突にこんなことを言い出した。 「……何それ?」  ある意味図星ではあるが、ポーカーフェイスを貫く。  そういえばついこの間、彼が私に何かを言いかけて、結局やめたことを思い出した。きっと、このことだったのだろう。私が、なんというか……あまりにもこなれているから、気になったのだろうか。 「沙明が生き残りたいって言うから、頑張ってみた。ただそれだけだよ」  だが、ループのことを言うつもりはない。私は、ループのことは隠しつつ、本当の事を言った。 「へぇ……ま、いっか。ナマエに世話んなったのは確かだからな。この礼は……身体で払うぜ?」  彼は私の返事を聞いてもまだ少し気にかかっていたようだったが、結局気にしないことにしたらしい。普段通りの、軽薄な一面が表れてきた。 「……沙明、そんなに自分の身体に自信あるの?」 「お? 興味あるか? コッチはいつでも準備万端だぜ? 今からでもシャワーでも浴びて、お前ん部屋行くか?」 「遠慮します。変なこと言うくらいなら黙って食べてて」 「んだよ、つれねーな……」  気軽なやり取り。お互い人間だと分かっていて、もうグノーシアの脅威はないと分かっているからこその会話。何も疑うことも疑われることもない関係が、心地良い。この宇宙に来て、生き残ることができて良かったと、心から思った。 「マジな話……お前にゃ本気で感謝してるんだぜ? マジで、いつかなんか礼くらいさせてくれよ」 「もう、分かったから。気持ちだけで充分だから。それに……私も感謝させてもらうね。……ありがとう」 「あ? 俺、なんか感謝されるようなことしたか?」 「もう。礼は生き残ってから聞く、って言ってたでしょ!」  消えることに恐怖を感じなくなっていた私に、それでも、『消えてもいいなんて言うな』と言ってくれた。それはやっぱり、嬉しかったから。 「ごちそうさま。あー、美味しかったな」 「リアリィ? 物足りなさとか感じねーの?」 「だから、私はここの食堂以上に美味しいラーメンは食べたことがないんだって」  フードプリンターから出力した料理を食べきって、手を合わせると、沙明にこんなことを言われてしまった。  彼は、少しの間何か考え込んでいたが――やがて。何かを思いついたように口を開いた。 「そうだ。船から降りたら、ラーメン一杯奢ってやるよ。こんな食堂のヘルスィーなモンじゃねー……本物のラーメンってヤツをな!」 「……え?」  その言葉を聞いた瞬間。また私は、果たせない約束をするのだろうか、と。そう思ってしまった。  だけど。そっと思い直した。そんなに悲観的にならなくても、いいんじゃないかって。 「……そうだね。いつか、船から降りたらね」  今は……この約束が、嘘ではないと信じたかった。この気持ちは嘘じゃない。沙明と共に、このまま船から降りて、二人で食事に行きたい気持ちは。  沙明と一緒に、美味しいものを食べてみたいという気持ちは。 「この船以外の食事か……どんな感じなんだろ」 「そりゃもちろん、身体に悪くて美味いに決まってんだろ? あー、反物質ポテトとか食いてぇなァ」 「うん。そのときは連れて行ってね。沙明」  私たちは、確かに約束を結んだ。これは、果たされない約束ではない――いつか、果たすことができるかもしれない約束にするんだ。  私がこの宇宙から消えたとしても。彼が私のことを忘れたとしても。この約束は、忘れないでほしい。私を連れて行きたいと思ってくれたお店に行って、食べたいものを食べてほしい。  そして、私が、いつかループを抜け出して船から降りることができたとき。彼と同じものを食べれば、この沙明との約束も果たすことができたと言えるのではないかと。そうであればいいなと、ただ願った。


『結果を表示します』 グノーシアの脅威は去った。 今はただ、この勝利を祝うことにしよう。 5日目・勝利 実際の配役 エンジニア:しげみち ドクター:ククルシカ 守護天使:ジョナス 留守番:ナマエ、沙明 乗員:夕里子、ステラ、セツ、ラキオ グノーシア:オトメ、レムナン、シピ

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