二人の約束

 人を疑い、疑われるというループを繰り返すことに少し疲れてきたとき。  私は、銀の鍵の状況設定で、留守番になる。  そうすれば少なくとも、人から疑われることはなくなるから。  ……ということで、今回の私は留守番である。少なくとも、そういうことになっているらしい。私にそんな記憶はないわけだけど。  一日目は様子見でとりあえず潜伏したが、明日にでも名乗り出ておこう――そう考えていたときのことだった。 「よ、ナマエ。今からメシでも食わね?」  投票で一人コールドスリープさせて、初日の議論が終了し、メインコンソールから出て自室に向かおうとしていた私に、もう一人の留守番――沙明が声をかけてきた。 「……いいけど」  少々驚いたが、断る理由はない。私が頷くと、沙明はニヤリと笑った。  ラーメンを啜る。食堂のフードプリンターから出力される料理の中でも、私の気に入っているものだ。  だが、同じようにラーメンを選んだ沙明は、違う意見を持っているらしい。 「ここの食堂の食いもん、ヘルスィーすぎんだよなァ……もっと体に悪そうで美味いモン食いてーわ」 「そうかな? このラーメンだって体に悪そうだし、美味しいじゃない?」  そう言いつつスープを飲む。野菜が多く乗っていて、充分美味しいと思うが。 「リアリィ? お前、マジそう思ってんの? ここの食堂のメシ、味は要改善ってとこだぜ? ナマエお前、今まで美味いモン食ったことねーの?」 「失礼な。……確かに、ここの食堂のご飯よりも美味しいものを食べたことがないのは、事実だけど」  より正確に言うのなら、この船の食堂以外の料理を知らないと言うべきか。記憶喪失なのだから。……一番最初のループで、記憶喪失を理由にラキオに疑われて以来、記憶喪失だということをセツ以外に言ったことはないから、今は言わないでおくが。 「マジかよ! カーッ、損な人生送ってるねぇ……いいぜ、船から降りたら、俺が美味いラーメン屋に連れてってやるよ。本物、ってヤツをな!」 「……無事に船から、降りることができたらね」  楽しそうに笑みを浮かべる沙明を尻目に、野菜を口に入れた。たとえ人間側が勝利しても、ループが終わるまで私は、船から降りることができないと知っている。だから、安易な約束はしない。  私にはこのループの沙明と一緒に、彼の言う美味しいラーメンを、一緒に食べることはできないのだ。  絶対に果たせない約束なんてするものではないと。私は知っている。後悔するだけだから。  ラーメンを食べ終え、食器はLeViに片付けてもらう。私はもう満腹なので新しい食べ物は出さなかったが、沙明は新たにポテトとコーラを出力していた。  今、食堂には私たち以外誰もいない。留守番同士の計画を立てるには丁度いいだろう。そう思いながら、ポテトとコーラを手にした沙明と共に、再び席についた。 「沙明。私たちがルゥアンのグノーシア騒動のとき、二人で留守番していたこと、明日名乗り出よう」  それは、私にとって当然の提案だった。  留守番は、初日か二日目には名乗り出る。それが、円滑な議論のためには必要だ。  そう思っていた私には――沙明の言葉は、あまりにも予想外のものであった。 「あ? なんでだよ」 「えっ? いや、なんで、って……」  そんなことを言われると思っていなかったので、一瞬思考が停止してしまった。「なんでだよ」なんて言いたいのはむしろこちらの方だ。留守番が名乗り出ない理由なんて、どこにあるというのか?  ぽかんとする私を他所に、コーラを飲みながら、沙明は言った。 「俺たちが絶対に人間だってことがバレたところで、イカレグノーシアの奴らに襲われるだけじゃね? 俺、まだ消えたくねーし」   それは――ループを繰り返していた私には、失われていた発想だったのかもしれない。 「……少なくとも、コールドスリープされることはなくなるよ? 疑われることもなくなるし」  だが、留守番は早めに名乗り出る方がメリットが大きい。やんわりと、彼を説得しようとする。  しかし、私の言葉は響かなかったらしい。 「消えるくらいなら寝てる方がマシだっつーの。後のことは真面目な奴に任せとけば良くね?」 「うーん……でも、人間がコールドスリープさせられすぎて、グノーシアがこの船を支配しちゃったら。結局私たち人間は、コールドスリープから目覚めることもできなくなっちゃうんだよ? 客観的にも人間確定している私たちが、眠っている暇なんてないよ」  ポテトを口にしながら、彼はこちらを見ている。一応話を聞いているようには見えたので、私はそのまま畳み掛けることにした。 「本当はね、留守番は初日の一番最初から名乗り出る方が、議論のメリットとしては大きいんだよ。今回は、潜伏したけど……明日には出たほうがいい」 「……へぇ。メリットってのは、例えば?」 「例えば……本来疑う必要のない留守番について考える時間は、そこまで有意義ではない。怪しくない人を怪しいと言い出すグノーシアを見抜きやすくはなるかもしれないけど、無害な乗員が留守番を疑うことは、乗員にとっての時間と思考リソースの無駄に繋がると思う。乗員には、他の怪しい人を見つけてほしいから」 「……ほーん?」  話を聞いているのか、いないのか。沙明はポテトを咀嚼しながら生返事する。  私は言葉を続けた。 「後は、そうだね……。エンジニアが私たち留守番に対して、人間判定をするのも、正直無駄。そのエンジニアが本物だろうと、偽物だろうとね。客観的に人間が確定している人を調査することは、何の情報にもならないよ。そんなことをしている場合があったら、他の人を調べてもらったほうがずっといい。本物でも偽物でも。その方が絶対に情報になるから」 「……で? あと何かあんのか?」 「うん。留守番が名乗り出ないまま、片方がコールドスリープ、または襲撃されて一人になっちゃったら。留守番であることを証明してくれる人がいなくなっちゃって、その留守番も疑われることになっちゃう……なんて。勿体無いよね。そして残りもコールドスリープされちゃったら目も当てられないよ。投票という、人間に与えられた攻撃のターンが無駄になる」  実際そうして冷凍されたときは、いつも以上に悔しかった――なんて。そんなことまでは言わないけど。 「……逆に、名乗り出ないメリットとやらはねーのかよ?」 「そうだね、確かにゼロではないよ。偽物のエンジニアが留守番をグノーシア判定したら、そのエンジニアが偽物だってことが客観的に証明できるからね。ただその場合は、直ぐに名乗り出るべきかな」  そこまで一気に話して――は、と我に返った。 「……ごめん、喋りすぎちゃった?」 「ンー? 別に。イイ子守唄代わりになったわ」  そして、彼は欠伸をした。いつの間にか、コーラもポテトも空になっていた。  ……伝わったかどうかは定かではないけど、留守番が早めに名乗り出るメリットを、少しでも理解してもらえただろうか。一応、論理的に説得したつもりではあったのだが。 「じゃあ、沙明。明日、私たちが留守番だってこと、名乗り出てくれる?」  じっと、見つめる。彼はつまらなそうに、見つめ返してきた。 「……ソコなんだよなァ、分かんないのは」 「私の説明、分かりにくかった? ……ごめん、何が分かんなかった?」 「あー、ソッチじゃねぇソッチじゃねぇ」  不思議な気持ちになりながら彼の目を見つめると、沙明は、呆れたように言い放った。 「自分が消えることより、議論がしっかり進むことのが大事、的な言い回しが理解できねぇっつってんの」 「……最終的に、グノーシアをコールドスリープさせることが、私たちが生き延びることに繋がるんだよ? 消滅させられることは、確かにリスクだけど……議論に参加しなかった結果、グノーシアにこの船を占領されちゃったら、私たちも結局消えることになる。リスクを負ってでも、生き延びるためにできることをすべきだと思う」  消えることは、確かに避けたい。でも、私だって勝ちたいのだ。そうすることで、情報を手に入れられるようになるかもしれないから。 「ナマエ、お前さ……怖くねぇのか?」  沙明は、ぽつりと零した。その表情がやけに真剣そうに見えて、私は不思議な気持ちになる。 「何が?」 「ハッ、決まってんだろ。……グノーシアに消されることだよ」  ……怖く、ない。それが正直な気持ちだった。  グノーシアに船を占領されて、彼らが、普段見せないような抑圧された本性を出して来るほうが怖い。  疑われて、誰にも庇ってもらえないままコールドスリープすることの方が怖い。 「そりゃ俺にも、話し合いでグノーシアをおネンネさせるのが大事ってことくらい分かってますけどねェ? だけど……今、消えるかもしれないって方が、よっぽど大事だろ」 「それは……」  大丈夫だよ、と。口を開きかけたが、結局閉じた。  本当にそんなことを言っていいのだろうか。私は消されても次の宇宙に行くだけ。だから、消されること自体は、あまり怖くない。セツも同じだ。……でも、他のみんなは? 沙明は?  彼らは――消えてしまえば、それで終わり。次の宇宙で会う彼らは、消えてしまった彼らそのものではない。  皆にとって、沙明にとって。この宇宙は、唯一の宇宙だ。そんな彼に、「大丈夫」だなんて――安易に言えるはずがなかった。 「それなら。生き残れるように考えようか。二人で」  少し考えて――私は。思い切って、こう提案した。 「……は?」  予想外と言わんばかりに口を開いた沙明に対して、私ははっきり告げた。  ――沙明を、守ってみせると。  本当は、こんなことをする義理はないのかもしれない。ループや銀の鍵についての情報を持っていることなんて期待できない沙明を、守り切るなんて。  グノーシアとなって何度も人を消滅させてきた。時にはバグとして、宇宙を消滅させたこともあった。  何人も何人も、コールドスリープさせてきた。人間もバグもグノーシアも。そして、これからもするだろう。その宇宙では、そのまま二度と目覚めることはなかった人も、多くいるだろう。  そんな中、気まぐれに特定の一人を守るために動いたところで、消してきた人たちへの贖罪にはならないだろう。しかも、グノーシアが他の人を消すことは止められない。間違って、無害な人間を凍らせてしまうかもしれない。  この沙明は、ただ、人間が確定しているだけ。ロジックも直感も強くない彼は、正直言って、グノーシアを見つけることに役立つとは言い難い。  それでも。私は、この沙明と生き残りたいと思った。  私にできることをやって、私も彼も生き延びた上で――人間の勝利を導きたいと、そう思ったのだ。 「協力しよう、沙明。グノーシアも全員コールドスリープさせて、そして、私たちは生き延びるんだ。……トラスト・ミー。私を信じて」  沙明がよく言う言葉を引用しながら、私は告げた。この約束は、きっと果たすことができる。そう思いながら。 「……ハッ、一蓮托生ってヤツか。いいぜ、ナマエ様の腕ってヤツを、見せてみろよ」  沙明はしばらく考え込むように黙っていたが――やがて、ニヤリと笑いながら受け入れた。 「うん。……よろしくね」  そして私も、素直に頷く。……良かった、受け入れてくれて。  ならば、人間が勝つだけでなく、二人が生き残るためにどうすべきか――それを相談しようとしたところで、LeViのアナウンスが鳴った。曰く、五分後に空間転移が迫っているから、自室に戻っていろとのことだ。 「あ? もうそんな時間か? せっかくだし、オハナシの続きはベッドの中ででもやりますかねぇ? なァ? ナマエ」 「グノーシア対策規程上、それは無理だよ。大人しく共同寝室に戻ってて」  沙明の軽い発言を適当に受け流しつつ、今日はお開きだと告げる。もう少し話し合いたかったが、時間がないからには仕方がない。  つまらなそうに伸びをした彼に、最後にひとつだけ、重要な提案しておいた。 「明日は……留守番だと名乗り出る以外は、極力喋らない方向で行こう。目立たないように。そして明日、話し合いが終わったら――考えよう。二人で生き残る方法を」

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