次の日。私はグノーシアに消滅させられることなく、話し合いに参加できた。 「んじゃ、俺も今日から参加するからよ、適当によろしく頼むわ」 「私も、今日からはちゃんと話し合いに参加するよ。よろしくお願いします」 話し合いのメンバーから私たちに向けられる視線はどこか胡乱げだった。……無理もない。昨日は、二人も話し合いを抜け出したのだ。 とはいえ私たちへの目線が必ずしも疑いであるというわけではなさそうなので、セツが上手くフォローしてくれていたらしい。上手く議論に溶け込めれば、すぐに冷凍されるということもないだろう。セツには感謝しないと。 そう思いながら、ちらりと沙明の様子を窺ってみた。彼は私の方を全く見ようとしない。私が彼に「グノーシアだ」と言った嘘は、話し合いにどう響くだろう。 「何か、報告はない?」 セツが、エンジニアやドクターに向けて報告を要求する。 そしてそのまま、話し合いが始まった―― 不思議なことに。沙明は、私のことを疑って来ようともしなかった。お互い、疑いも庇いもしない。私と彼の間に、逆に見えない糸が結ばれているようだった。 話し合いが終わってからも、私たちは、何も話さなかった。お互い、相手から何かを話すことを待っているような。そんな微妙な空気が漂いながら、どんどん日付が過ぎていく。私も沙明も、グノーシアに消されることなく、冷凍されることもなく。何も話すこともないまま、四日目となり、そして―― 四日目、実質最終日。四人での話し合いで、一人コールドスリープさせた。その結果、現在の生存者は、私とセツと沙明の三人だけ。 だが、次の空間転移が終わるまでは、グノーシアが全員眠ったか否かは私たちには分からない。今回はバグも守護天使もいないため、犠牲者ゼロはありえない。そのため、もしまだグノーシアが一人いるならば、人間の負け確定だ。 ――こんな状況だ。私はいい加減、彼と話をしなければならないのかもしれない。せっかくイレギュラーなことが起きたのに、そのまま何も得られずにループを終えてしまうのは勿体無いな、と思ったのだ。 「ねえ、沙明」 だから私は均衡を破る。娯楽室にいた沙明は、無感動な瞳で私に視線を送ってきた。 「私、グノーシアだって言ったのに……なんで、疑いもしなかったし、投票もしなかったの?」 本当に疑問だった。話し合いの中で彼と敵対することで、何か分かるかもしれないと思っていたのに――逆に彼は、話し合いの中で私に触れることが全く無かった。 「……明日も生き延びたら教えてやるよ」 沙明に、いつもの覇気がない。不思議に思っていると、彼は自嘲地味に笑った。 「今日は大人しくオネンネしとこうや。俺も……明日になったら、お前に聞きたいことが、いろいろあるからな」 ――明日になったら。 この状況でそれを言えるなんて、そんなの。最後のコールドスリープでグノーシアがいなくなったことを確信できるくらい推理力のある人か、あるいは。 ――襲う人間を選べる、グノーシアだけだ。 五日目、LeViのアナウンスで目が覚める。――空間転移完了時に、グノーシア反応を検出しました。はい、やっぱりね。薄々そうなるんじゃないかと思ってたよ。 そして。私が部屋を出て、メインコンソールで待っていたのは。 ――沙明だった。 しばらくの間、無言のままお互いに向き合う。そしてようやく口を開いた沙明は、突拍子もないことを言い出した。 「ナマエお前さ、一目惚れってのは嘘だよな」 「……はい?」 確かに嘘だったが。それは、今言うことなのだろうか。 「歯が白く光ったのがバレバレなんだよ。おキレイな奴ほど嘘で身を固めてる、ってな」 見抜かれると思っていなかった嘘が見抜かれていたことに内心動揺する。そんな私に、彼は言葉を畳み掛けた。 「あと俺ぁグノーシアだし? お前がグノーシアじゃないことは最初から知ってたんだよ。その上で放っておいたんだ、最初は、AC主義者ってヤツかと思ってたからな」 そう。沙明はグノーシアで、セツを消した。だから私がグノーシアなんて言った嘘なんて、最初から意味のないものだったわけだ。 「……大した嘘つきだね」 そうだ。沙明は直感も鈍いし論理性もあまりない。だが、演技力は結構ある。私の嘘を、気付いていないフリをし続けていたのだ。 正直私は、昨日になるまでは、あまり彼のことを疑っていなかった。大したものである。 「アッハ、それはこっちの台詞だっつーの」 沙明は笑ってはいるが、諦めのようなものも見える。彼はそんな感情を滲ませながら、低い声で私にこう聞いてきた。 「……で? AC主義者ってヤツでもないくせに、ウソをついた理由って何なんだよ? 他のグノーシアのヤツが言ってたけど……AC主義者ってヤツは、確実に別にいたらしいぜ?」 エンジニアは二人名乗り出ていて、そのどちらかがAC主義者であったらしい。私はその人がグノーシアだと誤認していたが……グノーシアの視点から見れば、AC主義者であることは確定だったのだという。 なら、沙明から見て、グノーシアを騙った私は一体何者なのだという話には、確かになるか。だから彼は私のことを放置し続けて――最後に、私と二人きりになるよう、セツを消滅させたのか? 「……沙明、私のこと、知りたいって思ってくれたの?」 驚いた。私は沙明のことを知りたいと思っていたが、それと同時に。……沙明も、私のことを知りたいと思ってくれていたのだろうか? 「知りたいっつーか……気になんだよ。俺のこと知ったような口でゴチャゴチャ言いやがって」 その言葉を聞いた時、私はある衝動に駆られた。 ……沙明はもうすぐ、私を消す。そして、一人ぼっちになってしまう。以前のループで一人になることを怖がっていた、あのときの沙明と同じように。 一人きりになってしまう沙明に。 ……私は、私のことを伝えたいと、そう思ってしまった。衝動的に私は、それを口にしてしまった。 「沙明。私ね、ループしてるんだ」 「……パードゥン?」 ぽかんと、驚いたように口を開ける沙明。そんな彼に、私は、ループのことをなるべく簡潔に説明した。 時間の巻き戻ったこの船で、グノーシア騒動を何度も繰り返していることを。 「信じてもらえるかは、分からないけど……。だから私は、いろんな形でみんなに会ってきた。私がグノーシアだったこともあったよ。……もちろん、沙明にも、たくさん会ってきた」 私の言葉を唖然としながら聞いていた沙明は、やがて、顔を顰めてこんなことを言い出した。 「おま……なんで俺に、ンなこと話すんだよ」 その言葉に、少し考える。そして。 「なんで、だろう……。私のことを知りたいと思ってくれた沙明に、私のことを伝えたかったから、かな……」 これが素直な気持ちだった。 ……私のことを、知ってほしかった。目の前の、今ここにいる沙明に。 「……冗談キツいぜ、ナマエ。俺ぁお前のこと、これから消さなきゃならないって言うのによ……ああクソッ、こんな話、聞くんじゃなかったぜ」 「どうして?」 「どうしてって、そりゃあ……」 ――俺はこれからお前を消して、この世界に一人きりになるのに。お前のことを忘れられなくなるようなこと、言うなよ。 沙明は小さくそう言った。その表情が、なぜだか小さな子供のように見えた。 「私には、ループした後の世界がどうなっているかは分からない。もしかしたら、ループするということはこの宇宙から私の存在が消えるということで……沙明は私のことを、忘れるかもよ?」 「ハッ、の方が気が楽になっていいわ。一人きりになって、二度と会えないお前のことばかり考えて、毎晩悪夢を見るのなんてゴメンだわ」 ……沙明はグノーシアになったとき、悪夢を見ているのだろうか。 一体どんな夢を見ているのだろう。気になったが、口には出さなかった。 「……けど、忘れたくも無ぇんだよな……」 そして沙明はため息をつく。その言葉に、私は意外な気持ちになりながら顔を上げた。 「消したくないとも思っているのに、消したいという衝動が抑えられない。ハッ、グノーシアなんてそんな矛盾ばっかだよ。グノーシアになんて、なるもんじゃねぇよなァ……」 そこで彼は、思い出したように不敵な笑みを浮かべる。 「ナマエ、気付いてたか? お前、俺のこと『知りたい』って言ったとき、すげぇ唆る顔してたんだぜ? 何回もループしてきて、その上で俺のこと知りたいって言ってくれた女のこと……忘れられるわけ、無いだろ」 だが、段々声が小さくなっていった。……どうやら、相当参っているらしい。 ループのことを、告白しないほうが良かったのかもしれない。だが私は聞いてほしかった。知ってほしかった。それは、私のエゴだ。 「沙明。許されるなら、これだけは覚えておいてほしい」 そして、彼の目を真っ直ぐ見ながら言う。 「私は消えるけど……違う宇宙に行く。あなたたちグノーシアの言う、グノースの世界ではないよ。グノーシアに消されても、私はあなたたちの言う『天国』には行けない」 以前夕里子に言われたことだ。私は歪んでいる。グノーシアに消されたところで、私はグノースの世界に行くことはない。 「私は……違う宇宙に行った私は、あなたのことを覚えている。この宇宙の沙明のことを。あなたのことを知っている人がいる。そう考えたら沙明は……一人ぼっちでは、ないんじゃないかな?」 無数の沙明に会ってきた。そしてこれからも会うだろう。 その中で。私は今の沙明との思い出を、大事にしたいと思った。そうすれば――沙明は本当の意味では、一人ではなくなると思ったから。 「……俺が消してもナマエはヘヴンには行けねぇ。だけど、お前を消さなかったとしてもお前はループで消える。……キツすぎんだろ」 独り言のように、ぽつりと呟く。だがやがて、沙明は、私の目を見ながら言った。 「……本当に、忘れないんだな?」 「うん。忘れないよ」 しみじみと、誓うように言う。 私はこれからも、何度もループして何度も沙明に出会うだろうけど。この宇宙の沙明との思い出は――きっと、忘れないで覚えている。 「アッハ、ならお互い最後にいい夢でも見ようぜ? ループする前の最後の思い出ってヤツだ、ワンナイトでもしようじゃねぇの」 シリアスな空気を吹き飛ばすかのように――彼は、急にいつもの軽薄な空気を取り戻した。それに苦笑しながら、私は冷静に言葉を放つ。 「うーん……でも経験上、そろそろループが始まりそうな気がするんだよね。そんな時間ないと思うよ?」 「……っだよ畜生! せっかくヘヴィな話が終わったんだからよ、最後くらいはいい夢見させてくれたっていいじゃないですかねェ?」 通常運転すぎる彼の言葉に、再び苦笑いする。 いい夢。いい夢か。さすがにワンナイトは、時間も心の余裕もないからできないけれど。 ――だけど、これならどうだろう。 そう思いながら、私はそっと背伸びをする。 そして。沙明の唇と自らの唇を、押し付けるように重ね合わせた。 「……これなら、どうかな?」 別れのキス。一瞬のことで、名残惜しく思う暇もない。沙明は何をされたか理解できないと言わんばかりに、ぽかんとした顔を晒している。 それが、なんだかおかしくて――私は気が付いたら、笑顔でこう言っていた。 「じゃあね、沙明。また……会おうね!」 そして、ループが終わった。私の別れの言葉に、沙明は――何と応えてくれたのだろう。 ――またね。これは、沙明には酷な別れの言葉かもしれない。 だけど、本当に心からこう思ったのだ。 もしかしたら、この宇宙の沙明とも……また、出会えるのではないかって。 次のループが始まり、『銀の鍵』の情報を確認する。 沙明の特記事項は、得られていなかった。それも当然だろう。前のループでは、私が沙明のことを知ったのではなく、『あの宇宙の沙明』が、私のことを知ったのだから。 だけど。それでも私は、沙明のことを、少しだけ知ることができた気がする。そうも思った。 そして。今も、グノーシアとして宇宙を彷徨っている、私のことを知りたいと思ってくれた、私がループしていることを知っている、『あの宇宙の沙明』の唇の感触を思い出して――私は少しだけ、泣いていた。
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