終わらない終わり

「レムナンが、バグ……だったんだ」 「そう、です。これで……全部。終わり、なんです。世界も、僕も、あなたも、全部……」  そう、今日が来た時点で既におしまいだったのだ。微笑むレムナンを、私は呆然としながら見つめていた。  ――最終日になって、珍しくククルシカの嘘に気が付けた。だからレムナンを庇って味方につけて、ククルシカを疑いにかけた。レムナンも、私を信じ、ククルシカに投票してくれた。  だから、人間の勝利を導けたと思っていたのに、……バグが残っていたとは、想定外だった。  今日の議論開始時点で残っていた乗員は、人間ひとり、グノーシアひとり、バグひとり。グノーシアを冷凍させても、バグを冷凍させても。人間の勝利は、議論の始めの時点で既にありえなかったわけだ。なんて茶番だろう。 「ナマエ、さんが……。残ってくれて、嬉しい、です……」  気弱ながら、穏やかな表情で私を見つめるレムナン。いつも怯えている彼が、何の不安もなく微笑めることが、バグのときくらいであるのが悲しい。 「僕と、一緒に。消えて、くれますよね?」  このループのレムナンが私に好意的であることには、薄々気が付いていた。何の理由もなく彼に嫌われるループも多かったが、最近になって、私のことを積極的に庇ってくれるループが、増えてきたように思う。  ……そう。好きだと伝えて、彼が応えてくれたループから。その事実のことは、見ないふりをしていたのに。 「……私に、拒否権はないんでしょ」 「そう、ですよ? ナマエ、さんは……僕と一緒に、消えるん、です。宇宙ごと、全部……」  このレムナンは、私と気持ちが通じ合ったあの宇宙のレムナンではない。  それでも彼は、心底嬉しそうにしてくれている。穏やかな気持ちで、私と共に迎える宇宙の終焉を、見つめようとしている。  あの時の続きではないかと。そう錯覚したくなる。 「……私を消すための、バグ」  ラキオがそう言っていた。この世界の歪みを修正するために、バグという存在が生まれてしまったのだと。  バグには、誰もがなり得るけど。でも、この宇宙の私を消すためだけのバグは、このレムナンだけだ。 「世界を巻き込んだ心中って感じで、ちょっと素敵かもね」  私は諦めたように呟いた。それでも少し、嬉しかった。  私が好きなレムナンが、私を消すためだけの存在として、そこに立っている。 「ナマエ、さん……?」  レムナンは不思議そうに首を傾げる。私の言っている意味は分からないだろう。それでも私は、レムナンのことを肯定した。  私を消すための、バグであるレムナンを。 「いいよ、消して。宇宙ごと、私を」 「……はい」  プロポーズみたいだな、と場違いにもそう思った。  景色が、宇宙が、壊れていく。崩れかけた世界の中で、幸せそうに微笑むレムナン。  消えていく世界と彼と自分のことを感じながら。私はそっと、涙を零した。 「ごめんね、レムナン」  本当に、本当に、  ……レムナンと共に、世界ごと、消えてしまえれば良かったのに。  は、と目を覚ました。いつもの個室。世界は……崩れていない。今のところは。  そして。また、いつも通りのループが始まった。  そう、心中でも何でもない。だって私は、宇宙を壊されたところで、次の宇宙に行くだけなのだから。あの宇宙が消えても、あの宇宙のレムナンが消えても。私が消えることはない。  そして。今回の私は――たった一人の、グノーシアだった。 『鍵』を手に取り、状況設定を確認する。今回はやや少人数のループだ。全部で八人。グノーシアは私だけ、エンジニアとAC主義者だけ存在して、他の役職はなし。完全に『銀の鍵』に任せた設定だが、やや変則的に感じる。 「私だけが、グノーシア……か」  それこそ矛盾している。第一犠牲者の『私』を消したのはグノーシアのはずなのに、グノーシアによって『私』が消えたからこそ今の私が存在できるはずなのに、私だけがグノーシアなんて。  それなのに、この宇宙にバグはいない。夕里子は私が歪んでいるとよく言うが、歪んでいるのはこの宇宙そのものではないかと、そう思う。 「……それでも、やるべきことをやらないと」  ベッドから立ち上がり、伸びをする。そして、個室から飛び出した。  いつものループを始めるために。いつか、ループから抜け出す日を願って。  メインコンソール室に辿り着き、見回す。……レムナンが、いた。ループが始まる度に、つい彼の姿を探してしまう。前回のループの終焉のことを思うと、今回は特に気になってしまっていた。  とはいえ、このレムナンの方が私に好意的とも限らない。ひとまずは目線を逸らし、メインコンソール室に全員集まるまで黙って待ち続けていた。 「こりゃまた皆サンお揃いで。あー分かってますって。グノーシアがアレでアレなんだろ? OKOK、始めようぜ」  一番最後に沙明が遅刻してきて、とりあえず全員揃った。 「じゃあ、始めようか。敵を――見つけだすんだ」  セツの号令に従って、いつも通りの議論が始まった――  そして、ループ初日の、最初の議論が終わった。  そう、何事もなく。いつも通りひとりコールドスリープされた。そして今回のループではバグも守護天使もいないから、空間転移のとき、いつも通りひとり消えるだろう。私が選んだ人が、消えるだろう。 「あの……ナマエ、さん。少し、いい、ですか?」 「レムナン。……どうかした?」  廊下を特に宛もなく歩いていたら、レムナンに声をかけられた。その姿に動揺しそうになるも、何でもない風を装って応答する。 「あの、僕……。相談……させて欲しいん、です。……気付いて、しまったんです。セツさん、が……嘘を、言っているって。だから、僕、は……。どうしたら……良いん、でしょうか」 「……セツが?」  この時点で分かったことがある。  セツ、もしくはレムナンがAC主義者であることだ。そしてそれ以外は、全員が人間陣営で、私の敵。  だってこのループで嘘をつくことがあるのは、グノーシアとAC主義者だけだから。  だってこのループのグノーシアは、私だけだから。 「そっか、分かった。なら……明日は、セツを注目して見てみるよ」  レムナンの密告を、とりあえず信じてみることにする。守護天使がいないこのループでは、なかなかエンジニアは出てこられないだろう。エンジニアを騙らないAC主義者は、普通の人間とそこまで変わらない。それでもAC主義者は、可能なら私の味方につけておきたい。 「セツがAC主義者か……グノーシアかもしれないからね」  これは嘘だ。セツがAC主義者かもしれないという疑いは本当だが、グノーシアは私なのだから。  レムナンと別れ、空間転移が始まる。  今日の襲撃相手は沙明にした。沙明はコールドスリープに持ち込むのもやや難しいが、土下座をしてコールドスリープを回避することがある。一人しかグノーシアがいないこの状況では、できるだけ人間をコールドスリープする機会を逃したくはない。  ついでに、彼がエンジニアであればもっといい。彼を消してから個室に戻り、空間転移が終わるのを待った。 「――提案。一人ずつ、自分は人間だ、と言ってみてくれないか?」  次の日の議論。セツが、皆にこう提案した。 「そうだね、私は人間だよ」  ポーカーフェイスを貫く。ループを繰り返すうちに、随分嘘も上手くなった。  ……しかし、「人間だと言え」と言い出すセツがAC主義者だとは、あまり思えなかった。演技の下手なコメットやしげみちがグノーシアだった場合、グノーシアを追い込むことになりかねないから。  そして。レムナンは「人間だと言え」の宣言を止めさせることもなかったが、彼は自分が人間だとは言わなかった。  ……レムナンは、AC主義者なのだろう。ループを重ねた印象で、私はそう判断した。  それなら話は早い。レムナンを味方につけて、他の人間たちをコールドスリープに追い込むことにしよう。 「ねえ、セツ。思ったんだけど……『人間だと言え』って、自分だけは『私は人間だ』と言う必要はないよね。人に言わせて疑心暗鬼を煽りながら、自分だけは人間とは言わないなんて」  もっともらしい疑いを言い、セツに疑いの目を向ける。密告してきたレムナンの一票が確実に入るから、セツをコールドスリープに追い込むのが一番手っ取り早い。 「ナマエが言うならそうかもしれんな」と、しげみちもセツを疑い始めた。 「そう、私が邪魔なんだね」  セツは淡々と否定する。だがその瞳には、私への疑いがあった。  ……セツにはこれで、私がグノーシアだとバレてしまったかもしれない。他のループでも、私が人間だったときは、セツにこんな疑いをかけたことはないから。 「ねえレムナン、私と協力しない? ……二人で、生き残ろう」  だが、セツに疑いは追求させない。話を逸らすように、私はレムナンに協力を持ちかけた。  レムナンがAC主義者の可能性が高い故の戦略と。少しの私情で。 「そんな、僕なんて……! あ……あのっ! ナマエさん。ぼ、僕も……。ナマエさんを、信じてみようと……思います」  彼が、私がグノーシアと気が付いたかどうかは定かではない。それでも受け入れてくれたのだから、それでいいとしよう。  私としげみちとレムナンの三票が入ってセツが冷凍され、現在五人。次の空間転移でひとり消えて、明日の議論は四人。明日の話し合いで誰かを眠らせて、そのまま空間転移でひとり消せば、二人になってグノーシアが勝利する。  そして最終日の議論。しげみちがエンジニアは名乗り出るよう呼びかけたが、誰も出てこなかった。正直ほっとした――ここで本物のエンジニアが出てきてしまったら、もしかしたら私が勝つのは少々難しかったかもしれない。  そして。私は、レムナンと一緒に、しげみちをコールドスリープに追い込んだ。  しげみちは「人間だと言え」宣言で人間だと言わなかったレムナンのことを疑い、残りのコメットは私が嘘をついたことに気が付いていたようで、コメットとしげみちの票は合わなかった。  これで、残り三人。私にできることは、ほとんど終了した。 「……さて」  最後の空間転移。バグも守護天使もいないため、既に私の勝利確定。AC主義者は残してあげたいから、コメットを先に消そう。  AC主義者のレムナンが、私に消されたいのか否かは――明日。本人に直接聞くことにしよう。  空間転移が終わり、時間が動き出す。  ロビーに向かうと、そこにレムナンがいた。 「おめでとう、レムナン。AC主義者だよね? ……私が、グノーシアだよ」  俯いている彼に、そっと声をかける。彼はぼんやりと顔を上げたが、その瞳は確かに輝いていた。 「ああ、これで……終わり、なんですよね」  心底安心したような表情を見て、私もほっとする。レムナンがAC主義者じゃない可能性もゼロではなかったから、その様子を見て安心した。彼は、確かにAC主義者であると。 「うん。で、どうする? このまま消える?」  このレムナンが、何故AC主義者になったのかまでは知らない。だが、彼の過去を考えれば、なんとなく想像はつく。ならば消えてしまいたいのだろうと、そう推測する。 「……僕を、消す、ための。グノーシア……」 「……そうだよ。私はもう、あなた以外を消すことはないから」  レムナンも消して、私もこの宇宙からループして消える。心中みたいで――そうじゃない。 「僕を、消してください。そして……僕を、ナマエさんの、ものに。して、ください……」  穏やかな懇願に、私は、そっと頷いた。 「……いいよ。レムナンはもう、苦しむことはないよ」  プロポーズみたいだな、と。  場違いにも、そう思った。  私が彼に指先で触れると、めくり上がり、膨れ上がり。そしてレムナンは消えた。  消える直前まで、彼はずっと。穏やかに微笑んでいた。  そして私はひとり残される。ループまでの時間はそう遠くないとはいえ、酷く孤独に感じた。  本当に、本当に、  ……いつまでも繰り返されるループを、早く終わりにしないと。  今ならセツの気持ちがよく分かる。誰もが救われる形でループを終えたい。その中には、私もレムナンもいる。レムナンのことは好きでも、彼の望みを叶えてあげたくても。いつまでもこんなこと、していたくなかった。  グノーシア汚染者のいない宇宙に行きたい。でもその宇宙に行ってしまうと、致命的なエラーを起こして、世界を崩壊させてしまう。 「次の宇宙に……すぐ、行くからね。レムナン」  何度も消してきたレムナン。置いていってしまったレムナン。  レムナンと一緒に消えてしまいたい。でもそれが許されないのなら、……レムナンと一緒に生きていきたい。ループの終わった、平和な宇宙で。  いつの日かそれが許されることを願って、私は、次の宇宙へ旅立つ。  良い旅を、と。『銀の鍵』が、そう嗤った気がした。

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