春の、うららかな日のことだった。 日差しが暖かく、天気もいい。 本当はちょっと散歩をするだけのつもりだった。だけど、あんまり心地が良いものだから――私は花畑で、少し昼寝をすることにした。 魔物が出る森で居眠りなんて、少し、いやかなり不用心。それは自覚していたが、このときの私は、どうしようもなく眠かったのだ。 睡眠欲には勝てない。全部、春が悪い。 無責任なことを思いながら、花の良い香りと太陽の日差しに包まれて――私はまさに、眠りに落ちようとしていた。 そんな時。 「ピキー!」 少年のような、高い鳴き声が聞こえてきて、私は慌てて目を覚ました。それはもちろん、人間のものではなかった。 ――本当に魔物が出るとは。 寝ぼけた頭で、内心舌打ちをする。確かに、こんな森のなかで寝る私が悪かったとは思うけど――もう少し寝かせてくれたっていいじゃない! 声がしたほうに目を向けると――青い生き物が居た。小さく、ぷるぷるとした体。スライムだ。 「なんだ、スライムか……」 スライムならこんなに慌てなくても良かったかな、と私は目をこする。 でも、スライム相手とはいえ、油断は禁物だ。相手は魔物だ――半分しか起きていない状態で、私は木の棒に手を伸ばそうとした。 「ピキッ! ピキ、ピキッ」 するとスライムが、急に鳴き出した。スライムが、こんな風に鳴くのは見たことがなかった。この様子は、慌てている、と形容しても良いだろう。 「え、どうしたの」 急な動きに、戸惑った。このスライムは、一体何をしたいのだろう。急に、わからなくなった。 だから、スライムの様子を見ることにした。だがこのスライムに、攻撃しよう、という意思は見られない。 「ピキ、ピキー」 私が木の棒を置くと、スライムは少し落ち着いたようだった。だが依然、スライムは攻撃する素振りはない。 逃げもしないが、攻撃もしない――こんな様子の魔物は今まで見たことがなくて、私は少し、戸惑った。 こんなスライムを見て――昔何かの本で読んだ、スライムの生態について思い出した。――『ぼく、わるいスライムじゃないよ』としゃべるスライムがいるらしい――確かに、そう書いてあった。 それを思い出して、一か八か、聞いてみることにした。このスライムに人間の言葉が通じるかどうか、わからないけれど。 「まさか、自分は悪いスライムじゃない、って言いたいの」 「ピキー!」 言葉が通じた。頷くような素振りを見せたのだ。おそらく、肯定しているのだろう。 「…………」 私は、どう反応していいのかわからなくて、無言だった。戸惑うしかなかったのだ。人間に友好的な魔物の存在は知っていたが、実際に目にしたのは初めてだったから。 すると、当のスライムが、私の方に駆け寄ってきた。 そして、攻撃するでも何をするでもなく、私にすり寄ってきた。 「えっと……」 どうしたのか、と考えて――ふと、思ったことを口に出した。 「なつかれちゃった?」 「ピキー」 スライムは、穏やかに鳴いた。どうやら、ご満悦のようだ。 「……なんだ、結構かわいいじゃない」 今まで、ただの敵だとしか思っていなかったけど――ここで初めて、スライムって可愛い顔をしているんだな、と気がついた。 そう思うと、なんだか愛おしく感じて――思わず、そっと、スライムに手を伸ばしてしまった。 だがスライムは、抵抗する風には見えない。だから思い切って、そっと触ってみた。 「あはは、ぷるぷるだ」 スライムは思ったよりも、ぷる、と弾力があった。それが面白くって、何回も触ってしまう。ぷる、ぷる、と何度も、小刻みに揺れた。当のスライムも、悪い気はしていないらしい。 ただの魔物だと、ずっと思っていたけれど――スライムって、こうしてみると結構かわいいし、一緒にいて面白いな、と思った。 このスライムは、私に対して敵意を抱いていないらしく、安心しきったように見える。 そんな様子を見て、私もようやく、この子に対しての敵意がなくなった。私自身もやっと、安心できたのだ。 こうやって安心すると――さっきまで忘れていた眠気が、また強烈に襲いかかってきた。 だから私は、このスライムに向かって、そっと言った。 「ねえ。一緒に、お昼寝しない?」 「ピキ」 するとスライムは、目を閉じた。スライムも寝るんだなと、今更ながらぼんやり思った。 暖かな日差しと、花の香りに囲まれ、側には可愛いスライムが一匹。 たまにはこんな日も悪くないかな、と思いながら、私もまた、眠りに落ちていった。
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