9.盗人猛々しい

「ここはブランカ王のお部屋である。王は身分を関係なしに誰とでもお会いになるが、決して王に粗相の無いように」  二階に上がってきた私にそう告げる兵士の声が、ただでさえ張り詰めている私をさらに緊張させる。深呼吸を二回して、玉座に座る王へ向かい、ゆっくり歩き始めた。 「よくぞ来た! 勇者を目指す者よ!」  わあ、と感嘆しそうになるのをなんとか堪えた。貫禄と威厳のある風貌に、黒々とした髭、そして頭に乗っている金色の冠。ブランカ王は、まさに『王様』というイメージを絵に描いたような人だった。ここまでイメージ通りだと、なんだか感心すらしてしまう。 「そなたもまた世界を救うため旅をしているのであろう! そなた、名はなんと申す?」 「……ナマエと申します」  私が乾いた口を開いてそう言うと、ブランカ王は頷いた。一つ一つの仕草が風格というものを漂わせていて、流石一つの街を統治してる人なのだな、と思わず唾を飲み込んでしまう。 「ほほう、良い名前じゃな。ではナマエ、そなたがするべき事を教えてしんぜよう! 地獄の帝王が蘇るのを何としてでも止めるのだ! そなたのような若い娘には辛いことかも知れぬが、気を付けて行くのじゃぞ、ナマエよ!」 「……あ、ありがとうございます」  これで話は終わりか。とりあえず一礼して、王様の前から身を引く。そして、彼が告げたことを考えた。――地獄の帝王が蘇るの阻止する。それが、『勇者』に課せられた使命? 後で、ソロにも伝えなくては……。 「ねえ、ナマエさん。知ってる?」 「!?」  そこまで考えていたところで、もう一つの玉座の主――ブランカの姫が、私に話しかけた。王様と謁見する時の緊張感から開放されたばかりだから油断していたため、思わず跳ね上がってしまう。 「えっ……と、何をですか?」 「噂ではエンドールの姫とボンモールの王子が結婚するとか。おうやらましいわ」  そう言ってふう、とため息をつくブランカのお姫様。勇者を探す姉妹がいる『エンドール』の姫と、今初めて聞いたボンモールという名の国の王子が結婚する。一応覚えておこう、と頭に刻み込んだところで――ふと、少し前のことを思い出した。ズキ、と胸が痛む。  あの時、カエルに変身したシンシア。自らを『実は私はある国の姫でした』なんて言って私たちをからかったシンシア。その時、村の近くにお姫様なんていただろうか、ブランカにお姫様なんていたっけ、なんて思った私。――ブランカにお姫様はいた。けれどこのお姫様は、決してシンシアではない。  そんなことを考えていると、なんだか少しだけ切なくなってしまった。そして私は、一礼してこの場を立ち去ろうとする。 「…………?」  そう思ったのだが、玉座の奥の方に下へ降りる階段が見えた。こちらだけではなく、向こうの方にも階段があるなんて。――少しの好奇心で、そっとそちらに向かうことにした。大臣が私の方を見ていたが、特に咎められる訳でもない。王様に挨拶をした後なら、別に向こう側に行っても構わないのだろう。少しだけ期待しながら階段を駆け下りた。何か面白いことがあるかもしれないし、もしかしたら重要な手がかりがあるのかもしれない。  下の部屋にあったのは、花が咲き誇る庭と、そこに佇む女性だけだった。やや拍子抜けしつつも、少し勇気を出して彼女に話しかけてみようとする。  だが、先に彼女から話しかけられた。その笑顔は、何故だか今にも消えてしまいそうなほどに儚く感じたのだった。 「むかしむかし、北の山奥に天女が舞い下りたそうです。そして木こりの若者と恋に落ち二人の間には可愛い赤ちゃんが生まれたとか」 「……えっと……、それで?」  突然そんなことを話し出す彼女に、私は困惑を隠すことができない。そんな私を見ても、彼女は儚い印象を崩すことなしに、ふわりと笑った。 「え? その赤ちゃん? ふふ、こんなのおとぎ話に決まってますわ」  ――北の山奥の木こりと、天女が恋に落ちた……。  彼女の言ったことが少しだけ気になったが、はあ、どうもなんて曖昧なことを言って、そのまま立ち去ってしまった。結局、有益な情報はあまり得られなかったようだ。  彼女が言ったことはなんだったのだろう、と首を傾げつつも、そろそろ城を出ることにする。女性はただ、微笑みながらそんな私をじっと見つめていた。  城を出て、辺りを見回すが、これといって目立つ人がいるわけでも、面白い店があるわけでもない。『エンドール』についてなどの情報収集はソロに任せて、私はもう宿屋に行って寝てしまおうか。  そう考えていたのだが、ふとある民家が目に付いた。そこから、お爺さんが散歩にでも出かけるのか、家から出てくる。鍵をかけている様子もないし、だからといって中に他に誰かがいる様子もない。 「……不用心だなあ」  そう言いながら、何故か私はその家に近づいていった。途中でお爺さんとすれ違う。  私に注目している人は、誰もいない。それを確認した私は躊躇なく、誰もいない他人の部屋に上がり込んだ。何故こんなことをしてしまったのか、この時の私にはわからなかった。ただ、今思うと――生まれついての才能か、それか本能的なものが、私に働きかけていたのかもしれない。  その家はとても小さかった。お爺さんの一人暮らしだったとしても、小さすぎではないだろうか? そんな部屋を見回して、どこに何が隠されているのかをある程度推測する。  そして私は、おもむろに部屋にあった壺の中を覗き込んだ。 「……20G」  この程度か。これでは新しい武器も買えないな……と思いながら、もう一つの壺も調べてみる。最初はなにも入っていない、と落胆したが、よく見回してみるとナイフが入っていた。 「……! これ……」  それは、日中、欲しがっていたけれど、買えなかった聖なるナイフだった。これで、私もある程度は戦力になれるのだろうか?  そっとそれらを抱えて、辺りを警戒しながらこの家を飛び出す。誰も、私のことを不審がってる様子はない。ほっと胸をなで下ろす。  今度こそ宿屋へと戻った。誰も私の盗みに気づいた様子はなかったし、誰も私を咎めなかった。私は部屋に入るなり、すぐにベッドに倒れ込む。今日は食事をまともに取っていないが、別に空腹は感じていない。もう寝てしまってもいいだろう。  ――不思議と、盗みをしたことに対しての罪悪感は起こらなかった。ただ、ソロと別行動してよかったな、ソロになんて言い訳しようかなあ、なんて考えるだけ。そして、自分がある程度戦力になれるだろうことに対して、嬉しく思うだけ。  こんなことを考えてしまうなんて、私は少しおかしくなってしまったのだろうか? 今日起こった多くの出来事に対して混乱し、ショックを受けているから、そのストレスを解消するために手癖が悪くなってしまったのだろうか? ……それとも、村の人たちは全員と知り合いだったから何か盗もうなんて考えなかっただけで、私は元来こんな人間だったのだろうか……?  宿屋のベッドでぼんやり考えてみるも答えは出ず、途中で思考を放棄してしまう。ソロにこのナイフのことをどう説明しようか、なんて思いながら。  今度こそ疲れが溜まりきっていたのか、意識はすぐに眠りの底へと落ちていった。  それでも、どうしても眠りは浅くなってしまうようだ。そう、夜中に一度、目を覚ましてしまったのだ。 「……一回夜風にあたってこようかな」  村にいた時、悪夢を見て起きてしまった時にも、私は夜の散歩に行って気を晴らすことがあった。  知らない街で夜出歩くのは、正直少し怖いし、あまり褒められたことではないだろう。それでも、このままだったら再び寝れる気がしなかった。聖なるナイフ、皮の盾をしっかりと手に持つ。最低限の警戒をして、私はもう一度外に飛び出した。  外に出るとすぐに、私は手に持ったナイフを隠す羽目になった。何故なら、私がナイフと20Gを盗んだ家のお爺さんが宿屋のすぐ近くで散歩をしていたからだ。ぎょっ、として思わず足を止める。  そんな挙動不審な私の様子に気づいていたかどうかはわからないが、お爺さんは私の方を向いて話しかけてきた。 「夜の散歩は気持ちがいいわい。なあ、あんたもそう思うじゃろう? こうして月を見ておると、昔の事を思い出すのう」 「……? 昔のことって、なんですか?」  本当は適当に流して、この場を去るのが正解だったのかもしれない。だけど私は、お爺さんが話しかけた言葉にどこか引っかかったため、思わず質問してしまった。  お爺さんは昔を懐かしむ素振りを見せて、感慨深げに頷いた。そして言う。 「その昔北の森の中に木こりの親子が住んでおった。木こりの息子は、森の中で美しい娘と出会って結婚までしたのじゃが……。木こりの息子はある日雷に打たれて死んでしまったのじゃ。息子は死んだが、親父の方は今も一人で木こりをしておるそうじゃ」 「…………」  私は、口を開くことが出来なかった。そして同時に、昼間に女性が言っていたおとぎ話のことを考えてしまう。――もしかして、木こりのお爺さん? あのお墓は、木こりのお爺さんの息子さんだったのかな。  私はこの話を、ふうん、と心に留めておくくらいにした。実際この話が思ってたより重要であるなんて、この時の私にわかるはずもなかった。 「そうそう、わしはいつも夜の散歩をして、池に映る月を眺めるのが好きなんじゃ。お嬢さん、もし眠れないのならご一緒せんか? あそこの池に映る月は、とても綺麗なんじゃよ」 「えっと……。……結構です」  私は丁重に断った。お爺さんは私がナイフとお金を盗んだ人だとは気づいていないし、もしかしたら誰かに盗まれたことすら気づいていないかもしれない。だが、これ以上お爺さんと過ごしたら彼が気づくのも時間の問題だろう。断った私をじっと見て、お爺さんは少しだけ寂しそうに笑った。そんなお爺さんを見ても、悪いことをしたな、なんて感覚は起こらなかった。  周辺を少しだけ歩き回ったあと、再び宿屋に戻る。夜風に当たったところで眠くなったわけではないが、気分転換にはなったかもしれない。 「……あ、この木の実……」  ベッドに寝転がり、今度こそ寝よう、と思ったが、命の木の実が転がっているのが目に入る。木こりの家の、お墓の近くに落ちていたものだ。少し汚れていたので、少し汚れを払う。 「私も、強くならなくちゃ」  そう言って、木の実を口に放り込んだ。癖のある味が口いっぱいに広がる。これで体力が上がったのかはよくわからなかったが、そのまま寝ることにした。確かに、体力が伸びたような気がした。  そして、夜が明けた。朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。  私は結局、充分に眠れることはできなかったのだと思う。欠伸をしながら、食事をとるために階段を降りた。 「おはようソロ。昨日、何かいい情報は手に入った?」  朝ごはんをソロと共に食べるけれど、喉に上手く通らない。ソロも同じらしく、いつもよりかなり少ない量しか食べてないのに、すぐに食べるのをやめてしまった。昨日は昼も夜も、ロクに食べていないというのに。 「そうだなあ……。なんとかっていう男が洞窟を掘ったから、西のエンドールに辿り着きやすくなった、って言っている人はいたな。それ以外には、あまりめぼしい話は聞けなかったが。逆に言うと俺らはエンドールに行ってみるしかないんじゃないか。……そういえばナマエこそ、王様からは何を聞いたんだ?」  もしかしたらソロは、私よりも眠れなかったのかもしれない。目の下にはクマができているし、話している途中でも欠伸が出ている。 「……地獄の帝王が蘇るのを防げ、それが『勇者』たる者の使命……とかなんとか言ってたよ。地獄の帝王がなんなのかは教えてくれなかったけど。……デスピサロとやらと、地獄の帝王に何か関係があるのかな? ……よくわかんないけど」  木こりと天女の話をするべきかどうか、私は迷った。迷った末に、やめることにした。ソロがそれを知ったところで、何が起こるわけでもなければ何かできるわけでもない。この時の何も知らない私は、結局ソロに何も言わなかった。  朝食を食べ終え、出発の準備をした所で、ソロはふと私に尋ねる。 「……なあナマエ。そのナイフ、どうしたんだ? 俺らにはそんなものを買う金はないはずだが」 「……拾ったんだよ。少し汚れた古いナイフだったし、もしかしたら捨てた人がいたのかもしれないね。でも古くなっても『聖なる』ナイフであることには変わりないから……しっかり洗ったら綺麗になったし、まだ使えそう」  昨日の夜から考えていた言い訳をつらつら述べた。実際、このナイフは少しだけ古くなっている。他は嘘だらけだけれど。ソロは怪訝そうな顔をしていたが、やがてため息を吐いた。 「……そうか。それより、行く先は西の『エンドール』ってことでいいな」 「そうだね」  私たちはすっくと立ち上がる。ブランカ城とその城下町を見回した。  この街には一日しか滞在しなかった。暫くこの街には来ないかもしれないし、もしかしたら永遠に足を踏み入れることはないかもしれない。そう思うと、特に思い入れがあるわけでもないが、なんだか名残惜しく感じてしまった。けどその感情の中には、次の街へ進む期待の感情が少しだけ混じっていた。 「……行くぞ。準備はいいか、ナマエ」 「大丈夫」  私は、しっかりと頷いた。  今度こそ私は、魔物と戦う覚悟も、ソロと共に戦って守り守られることへの覚悟も、復讐する覚悟も――そして、未知なる大きな悪へ挑むことへの覚悟もできている。  そんな私をちらと伺った後、ソロは一歩を踏み出した。そして私はソロの後ろではなく、彼の隣で共に歩くことを選択した。草木の緑がいっぱいに広がり、清々しい風が吹いてくる。  ソロに守られるだけでも、ソロを守るだけでもない。私は、ソロと共に戦うのだ。  ソロが私のそんな思いを見抜いていたかどうかはわからない。けれど、気づいていたとしても気づいていなかったとしてもどっちでもいいや、と私は空気を吸い込んだ。  少しだけ、懐かしい匂いがした気がした。

ソロナマエ
職業勇者旅人?
強さHP:25/25
MP:5/5
HP:21/21
MP:8/8
攻撃力:19
守備力:17
攻撃力:17
守備力:10
装備品E銅の剣
E皮の鎧
E皮の帽子
E聖なるナイフ
E布の服
E皮の盾
道具はねぼうし
薬草
布の服他
薬草
毒消し草
呪文ニフラムアストロン
レベルLv.1Lv.1

所持金:71G