「……寝れない」 ベッドに横になり、目を瞑ってみても苦しいだけだった。まだ明るい時間とはいえ、疲労が相当身体中に溜まっている。本当はしっかり休んでしまいたい。 なのに、目を瞑り続けてゆっくり休むことすらできない。今日は寝よう、休もうと思えば思うほど、目が冴えていった。 幸せだった頃の山奥の村の光景と、かつて山奥の村だった、今では廃墟となった光景。そして村人が、養父が、幼馴染が血を流し死んでいる凄惨な光景。初めて出た外の世界と、魔物、大きな建物。私に話しかけてくる、全く知らない人たち。それらが、目を瞑ると代わる代わる目の裏にちらついて、どうすればいいのか分からなくなってしまう。 「……起きよう」 頭を振り、そっと起き上がった。目を開くと見えるのは、見慣れた自室ではなく、見慣れない、知らない街の宿屋の部屋。もうあの家には戻れないんだな、とふと思ってしまい、少しだけ泣いてしまった。 涙を拭い、部屋からそっと外へ出る。ふとソロがいる部屋の方を伺ってみたが、そこに人の気配は感じられなかった。ソロも、眠れなくて外に出たのだろうか? 折角だから、と街に出て情報収集をしてみることにした。何か、これからの指針が得られるかもしれない。私たちはこれからどうすべきか、全くわからないのだから。 「あれ? ソロだ」 宿屋の二階から降りてくると、少し遠くに、少し長い緑髪を持った人間の後ろ姿が見えた。ソロだ。何をしているのかな、と走って彼の元へ寄る。 「何してるの?」 「……ああ、ナマエか」 ソロはそう言って、目の前の店に向けて指を指した。どうやら、武器屋の品物を眺めていたらしい。 「武器かあ。何か買いたいものでもあった?」 「いや……。金が足りない。聖なるナイフあたりを買っておけばもう少し強くなれるかと思ったんだが」 私は、陳列されていた聖なるナイフを眺めた。ただのナイフとは違って聖なる力が宿っているため、ソロが持つ銅の剣よりも威力が高いらしい。その分値段も、銅の剣の2倍の200Gと高かった。それでも重さはないため、私にも装備できそうである。 「ソロ、とりあえずは銅の剣でも大丈夫じゃない? さっきの魔物も一撃で倒せてたしさ。というか、ソロがお金持ってたよね。今いくらあるの?」 私が聞くと、ソロは少し考えた素振りを見せた。そして、ゆっくりと頭で反芻したかのように呟く。 「元々持ってた3Gに、木こりから少し貰った50G、あと魔物が落として行った4Gで57Gだな。でも宿を取ったから、今使えるのは51Gだ」 「……木こりのおじいさんからお金貰ってたの? いつの間に……」 ソロの答えに顔を顰めていると、彼はどうってことないことのように答えた。 「50Gを持っていたまま出ていったけど何も言われなかったんだよ。確かに見られていたけど特に咎められなかった」 「そうだったんだ。それより、私も武器欲しいな。今は高いから買えないけど、そのナイフ欲しい」 私が話を変えると、今度はソロの方が顔を顰めた。そして、眉根を寄せながら私の方を見つめてくる。 「……ナマエは戦わなくても良いって言ったろ」 わかっている。ソロが私のことを特別大切と思ったからこう言ったわけでもなく、特段私のことを心配しているわけでもないことを。ソロはただ、これ以上何かを失いたくないだけだ。 それを知っていても、私はこう答えた。こう答えるしかなかった。 「心配してくれてるの? 大丈夫、私は簡単に死んだりしないよ。強くなって、私はソロを守らなきゃいけないんだから」 ソロは目を逸らして、少し言いにくそうに呟いた。それは照れくさそうにも見えたけれど、どちらかというと拒絶のように思われた。 「……別に……、村のみんなに俺を守るよう言われたからといって、もうその必要はないだろ、ナマエ。違うか? 今度は俺がナマエを守る番だ」 ソロは、頑なに『守る側』に回ろうとする。『守られる側』はもう嫌なのだろう。――だからといって、私も『守られる側』に回るのは嫌だ。だから私は、彼にこう告げた。 「……じゃあ、せめて一緒に戦わせてよ。何もしないで見てるだけなんて、嫌」 「…………。……今度、金が増えたら考えてやるよ。今はとりあえず怪我だけはしないように、その盾で身を守ってろ」 ソロは暫く言い淀んだと思ったら、ただそれだけ呟いた。これ以上言い合っても堂々巡りになるだけだと思った私は、もう何も言わなかった。 「ねえ、そういえば防具はどうなの? 隣に防具屋もあるけれど」 そうだな、とソロは腕を組んで少し考えた。そして、防具屋に陳列された防具を一瞥して言う。 「今の俺たちに買えるものは特にないな。それに、今の段階ではとりあえずこの防具でいいと思う」 「まあ、確かにね。ソロは木こりのおじいさんから貰った鎧があるし、私にはおじいさんから貰った盾があるし」 「ああ。ナマエの頭は留守になるかもしれないけどな。盾でしっかり守っとけよ」 わかってる、と笑ったけど、私の心中はどことなく暗かった。 本当のことを言えば私は、ソロが持っているシンシアのはねぼうしを、被ることができる。女物だから、ソロに装備できなくても、私には装備できるはずだった。 私は今、何も頭に被っていない。それを装備すればきっと、それなりに守備力は上がるはずである。 しかし、お互いそのことは口に出さずに、この場を去ることにした。私としては、シンシアの形見を、防具として使用することで、これ以上傷つけたくなかった。 でも、そのことがソロの思うところかどうかは、結局わからなかった。ソロが私にはねぼうしを装備させようとしない理由は、いくら幼馴染であるといっても、他人である私にはわからない。私は結局、ソロじゃないのだから。 「ねえ。……王様に謁見しに行ってみない?」 これは少しの好奇心だった。こんな大きな街の、あんな大きな建物に住んでいる主がどんな人なのか、純粋に気になる。それはソロも考えていたようで、思ったより乗り気で首を縦に振ってくれた。 「ああ。……行ってみるか」 ソロと私は、少し緊張して城の中へと入っていった。私たちの村の二倍はあろうかというこの街と城を支配している人がいるなんて、正直想像もついていない。お城の中の見慣れない光景が、とにかく衝撃的だった。 城に入ると、右の方から歌声が聞こえてきた。思わずソロと顔を見合わせて、歌声が聞こえる方向へとふらふら吸い寄せられてしまう。 「クルリン、クルリン、ランランラン…………」 そこでは、かわいらしい踊り子たちが二人で舞っていた。その見たこともないような情熱的な踊りに、私たちは思わず唖然としてしまう。 ぽーっと見ていた私たちに気づいたのか、踊り子のひとりがこちらへ話しかけてくる。その笑顔は、眩しく輝いていた。 「あら、かわいらしい子たち。私たちの踊りを見てくれてありがとう! 私たちの踊り、素敵でしょ? エンドールで大人気の踊り子の踊り方を真似てみたのよ」 そう言って、踊り子たちはまた優雅に踊り始める。世の中にはこんなものがあるんだなあ、と変に感慨深く思ってしまった。世の中には、私たちの知らないことが沢山ある。きっとこれからも、私たちは知らないことに沢山出会うのだろう。 「そうそう、その踊り子には、妹がいてね。二人で勇者を探して旅をしている、……って言ってたわ。あなた達も、一度あの踊り子の踊りを見てみると良いわよ」 妙に納得していたところで、その踊り子から何気なく重大なことを告げられた。私の思考が一瞬停止し、思わずソロの顔を見上げる。ソロも、私と同じ瞬間に私の方を見ていた。 「……ソロ、どうする? ――エンドールってところに、『勇者』を探している踊り子と、その妹だって。この街の次に、行ってみる?」 私が小声で耳打ちすると、ソロは腕を組み、首を上の方に向けた。 「……これだけで、行き先を決めるのはまだ早いな。俺は少し、街の人に話を聞いてくる。エンドールのことも、他のことも。ナマエ、悪いけどひとりで王様のところに行ってくれ」 え、ちょっと、という制止の声も届かず、ソロはあっという間に走り去ってしまった。城の中は静粛に、走るな、と兵士に叱られていた。 ひとり取り残されて唖然とする。――ソロがこんな急に動くなんて、思っていなかった。 「あらあら、フラれちゃったのかしら?」 踊り子のひとりがそう冷やかす言葉も、ほとんど聞かずに私はその場を後にした。私は、ほぼ何も考えていなかった。私が置いていかれて何を感じたのかも、踊り子にからかわれて何を思ったのかも、私にはわからなかった。 結局私は、ひとりで王様に謁見することになった。兵士が王様はこの上におわします、なんて言うのもほとんど聞き流してしまう。 だって、こんな広い城をひとりで治めているような人間に、私はたったひとりで会いに行くのだ。好奇心もあるが、緊張するに決まっているだろう。さっきはソロがいたからなんとかなったけれど、ひとりだと変に意識して、緊張してしまう。心臓の鼓動が耳に届き、それをなんとか落ち着かせようとして深呼吸した。それでも、鼓動が収まることはなかった。 結果的には、ひとりで王様に謁見して良かったのかもしれない。なんだか変な話だけれど、今思うと、あの時ソロと行動を別にして良かった、と心から思ってしまうのだった。