「下がってろ」 ソロは私の方に一瞥もくれず、襲いかかってくる魔物の方へ鋭い目を向け、持っていた銅の剣を振り上げた。魔物を斬る、というよりは叩き上げ、なんとも表現し難い音が辺りに響き渡る。 「ピギィッ!」 情けない断末魔をあげたかと思えば、青い魔物が一匹、あっという間に蒸発した。私は思わず息を呑む。――ソロが、こんなに強くなっていたなんて。 「ピキ――ッ!」 もう一匹の青い魔物が、怒ったようにソロに襲いかかった。今度はソロの剣も間に合わず、魔物に体当たりされる。両手で軽々と持てそうなぷるぷるした体にしては、威力は思ったより強いらしい。ソロは一瞬痛そうに顔を歪めた。 「……この野郎」 しかし、ソロの瞳から光は失われない。むしろ、その目は憎悪に燃えている。 「おりゃあッ!」 そしてソロはまた、力の限り剣を振り下ろした。 もう一匹の魔物は、断末魔をあげる暇もなかった。そいつは身体中がばらばらになり、そこら中に飛び散った。 辺りにはソロと私しかいなくなり、暫く静寂が場を支配する。 私は――何も出来なかった。ただ呆然と、ソロが戦っているのを見ていただけ。ただ自分の身がかわいくって、戦おうとせず、盾で身を守っていただけ。 「……行くぞ、ナマエ」 ソロは剣を鞘に収めると、振り返らずに歩き始めてしまった。私は待って、と言って慌てて着いていく。ふと足元を見ると、魔物が薬草を落としていっていたのがわかった。少し迷ったが、ソロがどんどん歩いていってしまうので、持っていくことにした。 「ごめんね、ソロ。なんにもできなくて。私も、強くなるから。私も戦えるようになるから」 「……別に、ナマエは戦わなくてもいい」 ソロはそう言った後、口を固く結んでしまったことがわかった。ソロがこのトーンで言葉を発したら、暫く口を開かなくなることは、ずっと彼と一緒にいたから知っている。だから私は何も言わなかった。ただ、自分の中だけで誓う――アストロン以外にも呪文を覚えよう、剣の練習もしよう、力をつけようと。修行をしていたソロに負けずに、私も強くなろう、と。 ふと私はソロの後ろ姿を見て、彼の緑色の髪の毛が暗くなっていることに気がついた。空を見上げると、さっきまであんなに青かったのに、今は灰色に覆われていた。 無言で歩いていると、故郷のことを思い出してしまう。見慣れない景色がこの上なく眩しいのに、純粋に楽しむことができない。――村の人たちが死ななかったら。ソロと、シンシアと、私とで、三人で旅に出ることができたなら。この旅は、心の底から楽しめるものだったのだろうか。たとえ悪の元凶を倒す、という目的があったとしても――三人で旅に出ることができたなら、この上なく楽しかっただろう。未知の世界への探究心に動かされ、長旅を楽しんだのだろう。 だけど――私は、復讐心で動く。きっとソロもそうなのだろう。そこまで考えたところで、ソロがどんどん先に進んでしまうのは、私に怒っているのではないかもしれない、と思い始めた。――私と同じで、ソロは故郷のことを思い出しているのかもしれない。ソロはもしかして、泣いているのかもしれない―― 「……着いたぞ」 下を向きながら少しぼうっとして歩いていたので、ソロが突然そう言ったのを聞き、思わずビクッ、と大袈裟に反応してしまった。 「……ここが、ブランカね」 見慣れない大きな建物に、正直言って唖然としてしまう。こんなに大きな建物、物語の中にしかないと思っていた。村のどんな建物も、こんなに大きいものはなかった。 「……街に、入るか」 ソロも少し呆然としていたようだが、すぐに気を取り直してソロは進んだ。私もすぐに、ソロの後に続くことにした。 街に入るとすぐに、旅人と思わしき四人組が、街の外に出ていくのとすれ違った。先頭の男が聞く。 「やあ、僕達は魔物達を倒すために旅をしているんだ。君も僕達の仲間に加わらないか?」 え? と呆気にとられて聞き返した。そんな、ある種のナンパみたいに同行者を勧誘するものだろうか。 「いいえ。こいつは俺の連れなので、断ります」 ソロが、特に表情を変えずに、だがそれでいてきっぱりと断った。相手の男は特に気分を害した風でもなく、けろりと告げる。 「そうか……。じゃあまた会おう!」 そして先頭の男は、どんどん歩き進めた。そして後ろにいる人たちは私たちに対して言う。 「世界を救うはずの勇者が、魔物達に殺されたそうだ。しかし心配するな。――世界は我々が救ってみせる」 「そうよ、私たちに怖いものなんてないわ」 ソロが、辛そうな顔をしたのが、おそらく私だけにわかった。私も、ズキンと心が痛んだのを感じる――村の皆は、死んだ。シンシアは、勇者として殺された――私も心が張り裂けるほど辛いのに、『勇者ソロ』は自分の為に死んだシンシアのことを聞いて、どう思うのだろうか。自分の為に村人たちが戦ったことを思うと、どう思うのだろうか――一生、私にわかることはない。 そして、四人組は外の世界へ飛び出していった。この人たちに着いていくとえろう儲かりまっせ、と一番後ろにいた男が下卑た声で独り言を言っていることに、何故だかやけに腹が立った。 「…………。すぐ近くに宿屋がある。とりあえず宿をとって休むか」 「……そうだね」 ソロは、旅人たちを何の気なしに見送った後、まだ明るい時間だというのに私に対してそう言った。けれど、私ももう休みたかったので、即座に同意する。 今日はいろいろなことがあった。今まで生きてきて、全く受けたことのなかったような衝撃を受け続けた。疲れてしまった心の整理をしたかった。私たちはもう、すぐに眠ってしまいたかった。 「いらっしゃいませ。旅人の宿にようこそ。一晩6Gですがお泊まりになりますか?」 私たちは、何も考えずに承諾した。寝室に案内され、別々の部屋に通される。 ソロが部屋に入っていくのを見送った後、私も宛てがわれた部屋に入った。そして、ベッドにダイブする。柔らかい布団が、どうしようもなく心地よかった。 でも、当然と言うべきか――私は、眠ることができなかった。それは勿論、枕が合わないということではなかった。