「すごい……」 気がついたら、初めて見た外の世界に感嘆していた。さっきまで周りには木しかなくって、森を通るのも一苦労だったのだが、やっと通り抜けることができた。そして今、私たちは山の頂上にいる。 初めて、私たちはずっと、こんな山奥に住んでいたことを知った。地上が、遥か遠くにある。 「ソロ、見て……。地上が、あんな遠くにあるよ……。草木の緑と、空の青さが、とても綺麗。落ちたらすぐ死んでしまいそうだけれど」 世界はこんなに広かったんだ、と独りで感心する。私たちはずっと、山奥の小さな村しか知らなかった。 「気をつけろよ、ナマエ」 全く無防備に見える私に、ソロは警戒して言った。緑の髪が、自然の中に溶け込んでいる。そんなソロはさっきからずっと、辺りをキョロキョロと警戒していた。 「落ちたらまず助からないだろうな。慎重に山を降りよう。ナマエ、突然魔物が出てきたら危ないぞ。なるべくそっちには近づくな」 「……そうだね」 ソロの顔には、自然を楽しもう、なんて意識は全く見えなかった。彼の険しい顔を見て、私は現実に引き戻される。 ――でもやっぱり、シンシアとも、この景色を見たかったな。 こっそりそう思ったが、決して口に出すことはできなかった。 そのまま山を降りていくと、流石に疲れてくる。 「……なあ、山を降りたあと、オレたちはどこに向かえばいいんだ?」 「……うーん、そう言えば……聞いたことがあるよ。山のふもとには、ブランカってお城があるって。そこでとりあえず宿をとればいいんじゃないかな」 ソロは少し考えた素振りを見せたあと、やがて小さく頷いた。返事はされなかった。 山を降りきると、また森があった。 「……まだ、ブランカには着かないのかな」 私が言っても、ソロは無言でどんどん歩き続けてしまう。もしかしたら彼は、私に対して怒っているのかもしれない。――それも当然か。もしかしたら私とソロがあの時戦えれば、村を救えたかもしれないと考えているのかも。それでも、まだ早すぎた。ソロも私も、まだ弱いのだ―― 「ソロッ!」 私が大声を出し呼び止めると、流石になんだ、と振り向いた。その顔には歩き疲れたと言うよりは、悩み疲れたと書いてあった。 「あそこに、家があるよ……木こりの家かな? 少し寄っていかない?」 ソロの眉根が寄る。 「……俺たちはブランカに向かっているんだろう? ナマエ、こんな辺ぴな家に何があるって言うんだよ」 「こういう家にこそ、何か知っている人がいるかもしれないでしょ? いろんな人から話を聞くのは、大事だと思う」 口に出しては言わなかったけれど、私は単に歩き疲れた足を休めたいだけだった。 ソロがそれを察しているかはわからない。だけど、彼は来た道を少し引き返し、家へと向かっていった。 「……」 家に近づくなり、ソロは黙って家の近くにある墓に目を向ける。墓の周りには、花が沢山植えられていた。 「……ソロ……?」 「行こう、ナマエ」 ソロは、急に踵を返して、家の中に入った。もしかしたら、彼が考えていたことは同じかもしれない――村の皆の、お墓も作れないで私たちは旅に出てしまった、いつか皆のお墓を作ってあげよう――と。 墓の近くの花畑の中に、小さな木の実が落ちていた。確か、これは命の木の実。体力を高める木の実だ。こっそりくすねて、ソロの元に向かった。 「ごめんください」 ドアをノックし、声をかけて暫く待つと、犬の吠える鳴き声が聞こえてきた。そして、乱暴に扉が開かれる。 「なんだおめえら? 旅のもんかい? ここは木こりの家だ」 年をとった男が中から出てきた。いかにも、気難しそうな老人である。村にはこんな人はいなかったので、直感的に苦手だな、と思った。 「にしてもおめえら、しけたつらしてるな。オレはよう、陰気くさいガキはでえ嫌いなんだよ!」 陰気くさい、と言われてカチンとくる。村の皆を失ったばかりの私たちに、そんなことを言っちゃうの? まあ、この老人はそんなこと知らないんだろうけどさ。 「あの……」 「てめえらみたいなガキはさっさと山をおりやがれ! 南東にお城があるからよ!」 ソロが何かを言いかけたが、男は遮った。南東に、お城。――間違いなく、ブランカだ。 「……じゃあ行こうか、ソロ。ありがとう、ございました」 「そうだな、ナマエ」 私たちはそう言って踵を返そうとした。そこで、彼の飼い犬が、私たちのところに飛び込んでくる。 「わあっ!?」 びっくりして思わずのけぞった。そんな私を見て、老人は言う。 「ちょっと待った! 何だ、おめえらの格好は!? それじゃ旅は出来ねえぞ! 犬にすら負けちまうぞ」 犬にすら負けるって、流石にそんなことはないと思う。私はこの老人が段々嫌いになっている気がしたが、確かにこの装備は貧弱すぎる。私は、武器すら装備していない。 「あっちの部屋の壺とタンスの中にいろいろ入っているから、持って行きやがれ! おめえらみたいなガキは上がっていきな!」 そう言われて、少し驚愕する。見ると、ソロも同じみたいだ。きっと、考えていることは同じ――この人、意外にいい人なのかも? 「お邪魔します……」 おっかなびっくり家の中に入ってみると、中は質素だった。いかにも、物語なんかで登場する『木こりの家』って感じだ。 犬が私の後ろに着いてくる。どうやら懐かれてしまったらしい。 「これは……」 早速ソロはいろいろ物色していたらしいが、あるものを手に取っていた。それは、皮の鎧。これがあるだけで、かなり敵からのダメージを防げるだろう。 「ちょっとソロ、そんなもの貰っていいの?」 私は聞いて、木こりの男を一瞥した。男はケッ、と吐き捨てて、椅子に座り込んでこちらを見ていた。どうやら、勝手にしろ、ということらしい。態度は悪いが、そこそこいい人みたいだ。嫌いになりかけてごめんなさい、と心の中でそっと謝る。 「用は済んだか? さっさと出て行きやがれ」 「あ、ありがとうございます!」 まだ皮の鎧を装備していなかったが、私たちは急いで礼を言って外へ出た。わん、と犬の鳴き声に見送られて、私たちはまた、広い広い世界のことを見渡した。 ――結構、いい人だったな。今度、ソロが良いって言ったら……もう一度、会いに来てもいいかもしれない。 ソロは歩き始める前に、皮の鎧を身につけながらこう言った。 「……これは俺が装備するよ、ナマエ。代わりに、ナマエはこの盾を持っていてくれ」 「え? でも……」 盾を受け取り、少し困惑して彼を見る。 「大丈夫、俺がこの剣で魔物を倒す。身を守るのには、鎧があれば充分だ。魔物が出ても、ナマエは下がっていてくれ。ナマエを、殺させなんかしない。決して」 ソロは覚悟を決めたかのように呟いた。 それは、私自身のことが大切だから決して死なせない――と言うよりは、私を村の人たちの二の舞にしない、という意味合いが込められているように思われた。 「…………ソロ」 私は複雑な気持ちを込めて、なんとか彼の名を絞り出す。次になんと言おうか迷っていると、ソロは歩き出してしまった。私はまた、慌てて着いていく。 「!」 「!」 すると、ガサ、ガサガサ、と、急に草が動き出した。何もないはずの草むらが、急に動き出すなんて不自然だ。この動きは――まさか。 「ソロ、魔物が出たよ! 戦わなきゃ!」 今まで、魔物とは遭遇してこなかったから油断していた。だけど――これは、生死を分ける戦いだ。気を引き締めて戦わなくてはならない! そしてソロは、仇を見る目で魔物を見ていた。その眼光は鋭すぎて、私の方が怯んでしまうくらいだった。 だけど、敵は構わず襲ってくる。ぷるぷるした青色の体に、つぶらな瞳をつけた、一見可愛らしくすらある魔物たち。それでも彼らは確かに私たちを殺そうと、殺意を隠そうともせず、勢いよく襲いかかってきたのだった。